影は声を喰らう――沈黙の街に潜むもう一つの敵

その夜、私たちは広場の片隅にいた。

レンジの放送はまだ途切れ途切れで、届いているかどうかも分からない。

それでも諦めずに呼びかけ続ける彼の姿に、私も胸を支えられていた。


けれど――闇の底では、別のものが動いていた。



「……聞こえるか?」

レンジが放送を終えた直後、ノイズが耳をすませた。

廃墟に似つかわしくないざわめきが、石壁に反響していた。


「声……? いや、これは……」

ノイズが身構える。


私にはすぐに分かった。

あれは声ではない。

声の“残りかす”をかき集めて形にした、冷たい響きだった。


やがて、闇から黒い影がにじみ出てきた。

人の形に似てはいるが、顔も輪郭もなく、ただ耳の奥をざらつかせるノイズの塊。


「でたな……“声喰らい”だ!」

ノイズが叫ぶ。



影は放送機材へとじりじり近づいてきた。

まるで音そのものを食らうように、空気が削がれていく。

声導管が悲鳴を上げ、レンジの声が記録された回路が不安定に揺れた。


「やめろ!」レンジが飛び出し、声を張り上げる。

その声に影は反応し、一瞬ひるんだ。

けれどすぐに、逆に彼の声を吸い込もうと迫ってきた。


私は喉を押さえた。

呪いが震え、声が勝手に漏れ出す。

その瞬間、影がこちらへ振り向いた。


「しまっ――!」


影は私の声を喰らおうと襲いかかる。

黒い腕が伸び、声そのものを絡め取るように喉を締めつけた。

息が詰まり、意識がかすむ。



「放せえええっ!」

マルが雷をまとって飛び込み、影に拳を叩き込んだ。

火花が散り、影はよろめく。


「こいつ……残響に寄生してやがる!」ノイズが叫ぶ。

「人の声が残した残響を食い物にして、姿を保ってるんだ!」


シグナはすぐに術式を展開し、符を投げ放った。

淡い光が影を切り裂き、一瞬だけ形を崩す。


ユキも震える声で詠唱を重ねた。

「消えろ……! 声を奪うな!」


みんなの声と力が重なり、影は悲鳴のようなノイズを響かせて崩れ落ちた。

残されたのは、ひりつく沈黙だけ。



私は膝をつき、喉を押さえたまま息を荒げた。

影が去っても、呪いはまだ胸に絡みついている。


レンジが駆け寄り、私の肩を支えた。

「……大丈夫?」


私はかすかにうなずいた。

けれど頭の奥では、恐怖の声が響いていた。


――沈黙だけじゃない。

偽物の声だけでもない。

声そのものを喰らう影までが、街に潜んでいる。


敵は思った以上に多い。

それでも、立ち止まるわけにはいかない。


「声を……届けなきゃ」

自分に言い聞かせるように呟くと、レンジが力強く頷いた。


「奪う奴らがいるなら、取り返すまでだ。俺たちの声で」


沈黙の街に、確かに響いた。

小さな誓いの声が――。

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