影は声を喰らう――沈黙の街に潜むもう一つの敵
その夜、私たちは広場の片隅にいた。
レンジの放送はまだ途切れ途切れで、届いているかどうかも分からない。
それでも諦めずに呼びかけ続ける彼の姿に、私も胸を支えられていた。
けれど――闇の底では、別のものが動いていた。
◆
「……聞こえるか?」
レンジが放送を終えた直後、ノイズが耳をすませた。
廃墟に似つかわしくないざわめきが、石壁に反響していた。
「声……? いや、これは……」
ノイズが身構える。
私にはすぐに分かった。
あれは声ではない。
声の“残りかす”をかき集めて形にした、冷たい響きだった。
やがて、闇から黒い影がにじみ出てきた。
人の形に似てはいるが、顔も輪郭もなく、ただ耳の奥をざらつかせるノイズの塊。
「でたな……“声喰らい”だ!」
ノイズが叫ぶ。
◆
影は放送機材へとじりじり近づいてきた。
まるで音そのものを食らうように、空気が削がれていく。
声導管が悲鳴を上げ、レンジの声が記録された回路が不安定に揺れた。
「やめろ!」レンジが飛び出し、声を張り上げる。
その声に影は反応し、一瞬ひるんだ。
けれどすぐに、逆に彼の声を吸い込もうと迫ってきた。
私は喉を押さえた。
呪いが震え、声が勝手に漏れ出す。
その瞬間、影がこちらへ振り向いた。
「しまっ――!」
影は私の声を喰らおうと襲いかかる。
黒い腕が伸び、声そのものを絡め取るように喉を締めつけた。
息が詰まり、意識がかすむ。
◆
「放せえええっ!」
マルが雷をまとって飛び込み、影に拳を叩き込んだ。
火花が散り、影はよろめく。
「こいつ……残響に寄生してやがる!」ノイズが叫ぶ。
「人の声が残した残響を食い物にして、姿を保ってるんだ!」
シグナはすぐに術式を展開し、符を投げ放った。
淡い光が影を切り裂き、一瞬だけ形を崩す。
ユキも震える声で詠唱を重ねた。
「消えろ……! 声を奪うな!」
みんなの声と力が重なり、影は悲鳴のようなノイズを響かせて崩れ落ちた。
残されたのは、ひりつく沈黙だけ。
◆
私は膝をつき、喉を押さえたまま息を荒げた。
影が去っても、呪いはまだ胸に絡みついている。
レンジが駆け寄り、私の肩を支えた。
「……大丈夫?」
私はかすかにうなずいた。
けれど頭の奥では、恐怖の声が響いていた。
――沈黙だけじゃない。
偽物の声だけでもない。
声そのものを喰らう影までが、街に潜んでいる。
敵は思った以上に多い。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
「声を……届けなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟くと、レンジが力強く頷いた。
「奪う奴らがいるなら、取り返すまでだ。俺たちの声で」
沈黙の街に、確かに響いた。
小さな誓いの声が――。
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