沈黙の街に、小さな放送が生まれた

夕暮れの広場に、古びた声導管の灯がともった。

レンジは魔力車輪を必死に回し、壊れた回路を繋ぎ直していた。

私はその隣で、震える指を胸に当てて座っていた。


「もう一度だ。今度は……届いてくれ」


レンジが呟き、送信の符を叩いた。

ノイズ混じりのざらついた響きが、街へと流れ出していく。


『……誰か、聞こえている人がいたら、返事をください』


その声はまだ弱々しかった。

けれど沈黙だけに支配されていた街にとっては、雷鳴にも似た響きだった。



私は喉を押さえた。

放送の声に共鳴して、胸の奥で呪いがざわめく。

私も声を出したい。けれど、出せば必ず歪んでしまう。

それが怖くて、唇を噛みしめた。


「……無理しなくてもいい」

レンジが小さく言った。

「君は、黙っているんじゃなくて、必死に声と戦ってるんだ。俺にはそれが分かる」


その言葉に、胸が熱くなった。

“分かってくれる人”がいる。

それだけで、涙がにじんだ。



ノイズが強まり、回路が火花を散らした。

レンジは慌てて魔力車輪を止め、煙を振り払う。

「……くそっ、やっぱり安定しない」


私は思わず、彼の腕を掴んでいた。

伝えたい言葉があった。

「やめないで」――そう声に出したかった。

けれど喉がひきつり、代わりに低い唸りが漏れてしまう。


「……っ」

私は絶望して俯いた。


だがレンジは優しく微笑み、私の手を握り返した。

「ありがとう。君がそう思ってくれてるって、ちゃんと伝わった」



その時だった。

広場の端で、小さな影が動いた。

壊れた建物の隙間から、誰かが顔をのぞかせていた。

私たちの放送に気づいたのだろう。

だが目が合うと、その人影はすぐに逃げ去った。


「……今の、見た?」

レンジが驚きに目を輝かせる。

「やっぱり届いてるんだ。返事はなくても、誰かが確かに耳を傾けてた」


私の胸が震えた。

声は奪われるものだと思っていた。

でも、届けることもできるのだ。



沈黙の街に、小さな放送が生まれた。

それはまだノイズにまみれ、か細く、不安定なものだった。

けれど確かに、人と人を結ぶ“糸”が張られた瞬間だった。


私は胸の奥で小さく誓った。

――もう一度、声を取り戻す。

偽物でも、奪われたものでもない。

自分の、本当の声を。


レンジが隣で呟いた。

「ここから始めよう。必ず広げてみせる」


その言葉は、沈黙を少しだけ揺らした。

私たち二人の声が重なり、未来へと響き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る