第3話

 ラスは読書家だけれども、

 人間の言葉が話せるわけじゃない。

 カタシェのたどたどしい言葉を、

 一音一音真似して、繋げて、繰り返し、

 魔女の求める言葉に仕上げるのだ。

 これはとても骨が折れる作業だった。

 イントネーションとかみたいな概念は、

 ラスの頭にはさすがにない。

 数週間の奮闘の末に得られた言葉は、

 「ありが」だけに等しかった。


 つまりカタシェは今、

 「ありが」や「魔女」しか喋れない。


 しかし、言語習得の魔法を得た彼女は、

 その偉大なる一歩で気が大きくなって、

 いざ無計画に近くの村へと乗り込んだ。

 別に村人と仲が悪いわけではない。

 口がきけないから避けていただけだ。

 魔女の家は少し離れた森の奥にある。


 彼女が村に入るときのワクワクは、

 誰も彼もに無視される現状への絶望に、

 すぐに塗り替えられてしまうのだった。

 みんな忙しそうに動き回っていて、

 話しかけるなというオーラが出ている。

 行動を止めたら死ぬんじゃないかと、

 そんなことを思いついてしまうほどだ。


 でも、どの人間を見ても、

 休みなく、疲れ知らずかというほどに、

 絶えず何かしらの言葉を口にしている。


 誰でもいい。とにかく誰でもいいから、

 とりあえず瓶を口に突っ込みさえすれば

 カタシェは言葉をゲットできる。


「ばーかばーか!死ね!」

「ばかって言ったほうがばかだよー!」

「殺すぞ!」


 何やら口喧嘩をしている男の子たちに

 すさささっと近づいて、その口に

 言語瓶を突っ込んでやった。


 彼らは驚いていたけれど、

 謎の少女に対する怒りや不快感よりも、

 唐突に得体のしれないものを

 口に突っ込まれたことの恐怖が勝った。

 彼らは怯んで何もできなかった。


 黒い靄はまもなく充填された。

 唖然とした少年たちの口から瓶を抜き、

 一切の躊躇を見せずにそれを飲んだ。

 飲むなり地面に倒れて絶叫し、

 のたうち回って周囲の注目を集めた。


 立ち上がったカタシェは

 けろっとした表情をしていて、

 新しい言葉をくれた少年らに対し、

 精一杯の感謝の気持ちを込めて、

 「ばーかばーか!死ねー!殺すぞー!ばかって言ったほうがばかだよー!」

 と、これ以上ない澄み切った笑顔で、

 彼らの手を握りながらそう言った。

 そして彼女は満足して村を去った。

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