×が少し残る

「自分の安心のために、親友の死を利用するな!」


 勇者は最後にそう言って、俺に背を向けた。

 利用してるんじゃない。俺は真実をみんなに教えようとしただけだ。


「すみません、ビールを2杯、お願いします」


 あれ...?

 ついクセでやってしまったな。

 俺一人なのに2人分頼んでしまった。


「ルークさん。僕が悪かった。感情任せに君を殴ってしまった。でも、親友の死には真剣に向き合ってほしい」


「はい...その、悪いのは多分僕なので、謝らないでください」


「うん...じゃあ、また明日、この酒場に来るよ」


「...はい」


 勇者は、ワルモノなんかじゃなかった。

 わざわざ一人の冒険者のために、ここまでした。

 土下座して本気で謝り、俺のためを思って怒った。

 悪人で...あって欲しかった...


「なあスミス...俺は...ずっと勘違いをしてただけなんじゃないかなぁ...」


 返事は来ない。

 まあ、当然のことだが...


「あれ?涙が...」


 勇者から死んだ事を聞いたときは、涙なんて出なかったのに。

 なんで今、急に...


 その晩、俺は席を立つことができなかった。





「もう朝か。結局一晩中過ごしたちゃったな...」


 スミスを陰謀だなんて、"自分の心に反してる"


「ルークさん。今日もここにいるんだ。ごめんね昨日は殴っちゃっ...」


「ごめんなさい!俺は...スミスが死んだという事実を

を直視できなかった。弱くて幼かった...」


「冷静になれたなら良いって。それより、僕結構強く殴っちゃったし、大丈夫だった?せめて何かさせてくれ...」


「じゃあ、ちょっと恥ずかしい秘密でも教えてもらおうかな」


 それを聞くと、勇者は少し驚いた顔をした。


「なんだか...今の君は、スミスに似てるね」


「...そうですか...」


「それにしても、×××だなんて飛躍した発想、よく思いついたね」


「ああ、それは...」


 あいつだ!仮面の男!

 アイツは俺と同じなのか?それとも、俺を陰謀論で遊んでいるのか?

 だがいずれにせよ、ヤツは親友の死を侮辱した。


「ごめんなさい勇者様。やらなければならない事を思い出しました」


「え、あちょっ......その目、何かを決心した目だね。いってらっしゃい」


 俺は一回だけ頷き、酒場を出て、走って彼の倉庫に向かった。

 剣は...自分のを使おう。一応あそこは治安が悪いし、アイツ、魔力がかなり多い。

 実はあのあと、勇者からスミスの剣を2本もらったのだ。


「クソ、アイツに会わなきゃいけない気がする...」


 なぜだろう...

 運命と呼ぶべきだろうか。そこに理由があるかもしれないし、ないかもしれない。

 でも、モヤモヤが残ってる。

 今まで頭を埋め尽くしていた、×が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る