【百合短編】シュガーレス・ビターハロウィン

爽多空岐

シュガーレス・ビターハロウィン

 なにもすることがない時は気まぐれに小躍りして無理やり気分を高める。適当に腕と足をうきうきさせたらなんとなくハワイの気分になってくる。

 暇だー暇だーと呻き声を上げても虚しく。天井の隅に逃げ込んだ声の余韻を目で追って、また小躍りをする。テレビ買おうかな。でもスマホがあれば困らない現代だし要らなくないか。私にはどうすることもできないような事件の報道ニュースばかりだし、幸福度をこれ以上下げたくはない。小躍りしていた方が楽しいや。私にはアナログが似合っている気がする。いっそのことスマホも無くしてしまおうかな。

 ──そんな暇なことを考えながら小躍りをしている時のことだった。


「どっかーーーーーーーーーーーーん!」


 見知らぬ女の奇声がアパートの窓を叩き割るように夜の町に響いた。

 私はどん引きしつつも好奇心旺盛な性格なので野次馬になるためにスマホをポケットに入れ、音を立てないように玄関のドアを開けて右と左に視線を向けた。しばらく待ったけれどアパートの住人は私以外だれも出てこない様子である。逆に気味が悪い。

 そう思いながらも私の足は止まらずに廊下から錆びた鉄骨階段へと移動する。夜空には御伽話に出てくるみたいなまん丸の月が浮かんでいて、外も心なしか明るかった。アパートの花壇に咲くピンク色のコスモスが『イッテラッシャイ』と私に言うように風に揺れていた。私は心の中で『行ってきます』を言い、アパートの裏側へ小走りで回り込むとヘンテコな格好をした女が立っていた。

 その女は、魔女っぽい漆黒のワンピースを纏い、魔女っぽい帽子を被り、魔女っぽい箒を両手で握りしめてアパートの裏の地面を掃いていた。


「何やってんすか」


 勇気を出して女に話しかけてみると箒で地面を掃く手を止めて「はい! うきうきチョコレートあげる!」とポケットからチョコを出し、手のひらに乗せてみせた。そのチョコは角砂糖のように真っ白なホワイトチョコだった。包装紙に包まれておらず、剥き出しで少し溶けている。それなりの不快感はあるけれど私は甘いものが大好きなので、まあいいかと口の中に放り込んでみた。ん、味はどこにでもあるような普通のチョコだ。


「あっれー??? うきうきしてこない?」

「はい」

「えー、おっかしいなー。魔力込めたのに……」

「ひい」


 私は今すぐここから逃げないといけないと思った。話しかけてはいけない人に私は話しかけてしまったのだ。とりあえず近くのコンビニに避難しようかと背中を女の反対側に向けたところで腕を掴まれた。心臓がひゃっとなった。


「ねえねえ、あなた、魔女を呼んだでしょ? 私は魔女なの。初めまして」

「魔女? あ、どうも……」


 適当に話を合わせないと殺されてしまうと判断した私は口角を無理やり上げて自称魔女に微笑みかけた。


「私まだ晩御飯食べてないんだよねー。ハンバーガーが食べてみたいなー」

「わかりました。奢りますから私の目の前から消えてください」

「ひどーい! 私のこと呼んだくせにー。ま、奢ってくれるから許してあげる!」


 魔女のような格好の女と町を歩く。上着は着ずに半袖のTシャツのままで出てきたから、風が冷たく感じる。スマホの灯りをたよりにしてなんとか目的地に辿り着く。


「ん? あれれ? なんだかハンバーガー屋さんに見えない建物なんだけれど?」

「どうぞ中へ」

「ちょっと! ここ交番じゃん!」


 しまったバレてしまった。まあ良いや。私だけでも入ってみよう。ガラッと扉を開けてみる。お巡りさんは不在だった。ちくしょう。


「私は不審者じゃないよ! 信じてよ!」

「じゃあ魔法使ってよ」

「わかった。ここは狭いからもう少し広いところに行くよ!」


 女が私を手招きして小走りする。非常にめんどくさいことに巻き込まれているような気がしてならないけれど暇だから着いて行くことにした。女は帽子を押さえながら走っている。サイズが合っていないようだ。別にどうでも良いのだけれど。

 女の背中を追いかけていたら小学校の校庭に到着した。不法侵入だけれど責任は全部この女が取ってくれるだろう。


「ここなら披露できるよ……。私の使い魔を召喚したら信じてくれる?」

「もちろん。できたら拍手してあげるよ」

「ふっふっふっ。私の使い魔はとっても大きいんだよ……。小学校くらい大きいんだからね……」


 箒を地面に置いて女が両手で三角を作る。魔法の杖は持っていないようだ。使い魔よりも箒で空を飛ぶところが見たかったけれど集中しているようなので口を噤む。


「ふんっ!」


 女が両手を前に突き出す。……何も見えない。やっぱりこの女は魔女じゃないや。さっさと家に帰って警察に通報しよう。


「どう? すごいでしょ?」

「私には何も見えません」

「嘘⁉︎ 使い魔って人間には見えないの⁉︎」


 どうやら女には使い魔が見えているらしい。想像力豊かな女性は好きだけれどわざとらしいのはあまり好きではない。「さようなら」と女に告げて校庭を後にしようとしたら体が宙に浮いた。おおっと。あーれー。

 母猫に首を掴まれた子猫のようにされるがままに体が猛スピードで移動する。どんどん高くなって、住宅の灯りが小さな星の粒のように見える。どうやら私は雲の上まで来てしまったみたいだ。寒い。鼻が赤くなってトナカイになりそうだ。

 

「待って待ってどこに連れて行く気⁉︎ こら! 止まってよ!」


 女が箒に乗って私の元へやってきた。私の上の方に向かって何か叫んでいる。すっげー本物の魔女じゃん。ぶるぶると身を震わせながら手を合わせると自動的に拍手ができた。


「疑ってすみませんでした」

「信じてくれて嬉しいけれどそれどころじゃないの! うきうきチョコレートには副作用があって長時間空の中に居ると背中に翼が生えるの!」

「へー」

「あなた何でそんなに冷静でいられるの⁉︎」


 何で。

 私はどうしてこんなに冷静なのか。ずっと私は冷静だった。体が宙に浮いたとき全然怖くなかった。怖くないのは体験したことがあるから……。

 あー、思い出した。思い出してしまった。醜くて邪悪な私の正体を。


 私の歯が鋭く尖る。黒い翼がTシャツを突き破る。人間の血が、欲しくなる。

 ──私の正体は吸血鬼だった。


「血、ちょうだい」


 女の白い首が、指が、美味しそうに月明かりに照らされている。本能が疼いて女に釘付けになる。欲しくて堪らなくなって爪で自分の腕を引っ掻く。


「……あなた、吸血鬼だったの? だから私の使い魔が反応したんだ……」

「血吸わないとさあ、生きていけないんだよ。せっかく人間に化けて生きてたのに、戻っちゃったじゃん。ねえ、早く血をちょうだい」

「……ごめんなさい。見つけたら『駆除』しないといけない決まりだから……血はあげられない」

「だよねー。くっ……あんたの使い魔強いね。逃げ出そうとしても全然離してくれない」


 魔女の使い魔は巨大な黒猫だった。このまま私はこの黒猫に食べられてしまうのかな。猫の胃のなかで消えるのかな。そう思うと、生きたくて堪らなくなってくる。私の存在を誰かに認めてほしくなってくる。


 私、私、私はどこまでも私で。歪んでいるのが私で、結局は変わりきれなくて、どこまでも私は私のままだった。

 私はごっこ遊びをしていただけの化け物だったのだ。それでも私の心臓は動くことをやめない。私は死ぬ寸前まで化け物のままでありたいらしい。


「一緒に死んでくれるならさー。駆除されても良いよ」

「良いよ、一緒に死んであげる」

「は?」


 冗談のつもりで言ったのに女は即決で返事をして、箒から身を放り出して私に抱きついた。そして、私を捕まえていた使い魔を元の世界に送還してしまった。

 この女はやはり狂っていた。うきうきチョコレートの食べ過ぎで頭がイカれたのだろうか。

 体が真下に向かって落ちてゆく。助かるためには飛ばないといけない。でも、血を吸わないと私の翼は使い物にならなかった。

 咄嗟に私は女の首に噛みついた。


「まっっっず⁉︎」


 墨汁のようなあり得ないえぐみが私の口内に広がる。こんなに美味しくない血は初めてだ。ファストフードしか食べてこなかったのかこの女は?


「ごめんなさい。私は魔女だから私の血液には魔力が流れ込んでいるの。だから、あなたにとっては毒になるね」

「はははっ! そういうことか! 最悪っ!」


 大地がどんどん近づいている。どこに落ちるかわからないけれど、このまま落ちたら吸血鬼の私でも確実に死んでしまうだろう。


「私ね、落ちこぼれの魔女なの。あなたと同じ駆除対象。魔女に追放される予定の魔女。だから人間界に逃げて来た。あなたに呼ばれたからじゃないの」

「なんだ。私の小躍りは関係なかったのか」

「小躍り? あなたってお茶目なんだね」

「うん。人間と仲良くするための処世術さ」


 落ちこぼれの魔女か。何をやらかしたかわからないけれど魔女も駆除されることあるんだ。へー。


「あーあ。あなたに共感しちゃった。私も人間と仲良くなりたかったなぁ……。『浮き浮きチョコレート』はもう要らないや」


 女はポケットのチョコを全部空中にばら撒いた。……食べたら翼が生えて助かったかもしれないのに、バカな女だ。


「どうせ死ぬなら、あんたの毒がいい。まずくても私が責任を持って吸い尽くしてあげる」

「魔力を吸い尽くしてくれたら私は人間になれるよ。あなたのおかげで人間になれる」

「私は化け物のままなんだけど」

「あなたはそのままが一番綺麗だよ。その牙、素敵」


 女の指が私の牙を撫でる。ナイフのように鋭い牙にわざと指を突き立てる。痛いくせに、笑っている。その笑顔に心臓が躍るように跳ねた。


「……やっぱりまずい」

「美味しくなあれって魔法かけてあげようか?」

「冥土ジョークやめてよ。最後の言葉はそれで良いの?」

「あなたのことが好き。私と同じ落ちこぼれだから」

「変な告白。でも、嬉しいよ」


 本能に赴くまま、私は女の首にもう一度歯を立てた。痺れるような苦い味が私の感覚を麻痺させる。

 それでも私は、女の血を吸い続ける。寒さを忘れるくらいに温かくてまずかった。

 

 人間に生まれ変わってブラックコーヒーを飲んだら、この時のことを思い出すかもしれないと黒い海を見て思った。


 


 





 


 





































 




















 

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【百合短編】シュガーレス・ビターハロウィン 爽多空岐 @sodakuki

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