第4話


 森合ナナカはあっという間にファミレスで人気者になった。

 愛想がよく、勤勉で、可愛い見た目をしているからだ。


「納得いかない」


 イライラしながら言うと、土屋は前の席から私の机の上に両肘を乗せた。


「また森合ナナカのことを考えて悶々としていたんですか?」

「恋する乙女みたいに言わないでよ」


 バイト先でのことを話す。


「なるほど、居場所を奪われてイライラしているわけですね。心中お察しします」

「奪われてはないよ」

「気づかぬは本人ばかりということですか。悲しいですね」

「まだ大丈夫だって」


 ……たぶん。

 数ヵ月後には森合勢力が拡大し、私が下の立場に追いやられている可能性は十分あった。


「森合ナナカの悪口は控えた方がいいですよ。もっと居場所がなくなりますから」

「悪口なんて言ってない。ただ、塩対応しているだけだから」

「そういうところですよ」


 最近キッチンスタッフの田中さんから厳しすぎじゃないかとお叱りを受けたばかりだった。彼は森合に気があるらしく、何度か森合を遊びに誘っていた。

 そういうときの森合は困った顔をいつも浮かべているので、私が間に入り、「この子、こう見えて人見知りなんですよ」とフォローしていた。


 別に森合が可哀想だから助けているわけじゃない。私は彼のような、職場の人間と過度な付き合いを持とうとする人間が嫌いなだけだ。

 森合に目を向けると、いつものように友達に囲まれていた。教室のその一角だけが輝いて見える。


「今日は森合の歓迎会があるんだよ。正直あんま行きたくないけどね」

「行かなきゃいいじゃないですか」

「先輩がセッティングしたものだから、参加しないといけないんだよ」

「変なところで真面目ですよね。クラス会には参加しなかったくせに」

「あんたも参加してないでしょ」


 全員強制参加のノリがあった時、私と土屋だけはその会に参加しなかった。

 どうせ変に気を遣われ、あとから行ったことを後悔するのだ。だったら最初から参加しない方がいいと考えた。

 ちなみに土屋は読みかけの漫画があるから、と言って断っていた。


「今夜ゲームしようよ。ストレス発散したい」

「いいですよ。協力してたくさんキルしてやりましょう」


 私と土屋が友達になれた理由はゲームの趣味が合うからだった。今はどちらも最新のFPSにはまっている。


「嫌な任務をさっさと終わらせてくるよ」

「せいぜい職場の人間から嫌われないように頑張ってください」


 私は鞄を手に席を立ち、森合グループに近づいた。

 陽キャ連中に声を掛けるのは苦手だった。面倒なノリに巻き込まれることがあるからだ。

 私はあえて不機嫌な雰囲気を作ってから口を開いた。


「森合、そろそろ行くよ」


 森合は私をまじまじと見つめた。目を見開き、口を半開きにしている。


「なにその顔……?」

「あ、教室で優子ちゃんに声を掛けられるの初めてだったからつい……」


 前髪をいじりながら恥ずかしそうに言う。

 あざといな――バイト先ならそう言って切り捨てるところだが、教室ではこちらが下の立場だ。あまり強い言葉は使えなかった。


「二人って一緒のバ先なんだよね?」


 制服を着崩したギャルに声を掛けられる。名前は確か、内田と言ったか。


「仲良さそうで羨ましいな~!」

「全然仲良くないから」


 思わず否定してしまった。


「え、そうなん? うちには仲良さそうに見えたけど?」

「目腐ってるんじゃないかな」

「あはは! 毒舌だ! こわー!」


 声が大きいせいで注目を集めていた。


「早くしてよ」


 私が促すと、森合は慌てた様子で鞄を持った。

 教室を出て行く直前、「あの二人ってなんかいいよね」「わかる」という会話が聞こえてきた。何がいいんだ、と戻って詰め寄りたくなるが、私は教室から離れることを優先した。


「なんかごめんね……」


 森合が殊勝な態度で言う。


「それは何に対しての謝罪?」

「うっちゃんって誰にでもグイグイ行くから、気を悪くしたかもしれないと思って」

「別に内田には怒ってない。グイグイ来られるのには最近慣れたし」

「え、そうなの?」


 森合が小首を傾げ、私は嘆息した。


「私がムカついているのは森合だけだよ。だから安心していい」

「え、何もしてないのに⁉」

「そういうリアクションもムカつく」

「なんでそんなに嫌うの~」


 外に出ると、五月の風に髪を煽られた。森合はスカートを押さえている。


「一度帰宅する?」

「うーん、このまま行こうかなって思ってたけど」

「なら行こうか」


 森合は校門を出るまで、いろいろな生徒に声を掛けられていた。


「たくさん知り合いを作って面倒くさくならない?」


 校門を出たところで訊くと、森合は驚いた顔をした。


「優子ちゃんがわたしに興味を持ってくれている……! 今日は大雪が降るかもしれないね! あーあ、傘持ってくるんだったなぁ!」

「敵を知ることは大事だから」

「わたし、優子ちゃんの敵だったんだ……」

「で、敵はどうして知り合いをたくさん作るの?」

「そっちの方が楽しいからだよ!」


 森合は元気よく答えた。


「わからないな……。そんなにたくさんの友達なんていらないと思うけど」

「そういう優子ちゃんだって、みぃちゃんと仲いいよね?」

「土屋は気を遣わなくていいから」

「なるほどねー。それなら、わたしにも気を遣わなくていいんだよ?」

「わかった。もっと雑に扱うね」

「優子ちゃんって絶対捻くれてるよね……」


 多少の自覚はあるので反論しなかった。

 でも、と森合は続けた。


「優子ちゃんって優しくもあるよね」

「は? 優しくないから。何言ってるの? 馬鹿?」

「嫌いなはずのわたしに仕事を教えてくれたり、キッチンスタッフの田中さんから助けてくれたりしてるよね? あれは優しさだと思うなぁ」

「仕事を教えているのはそういう立場になったからで、田中さんの話を潰しているのは彼の行動が見ていて不快だからだよ。全部自分のためだから勘違いしないで」

「自己満足ってこと?」


 自己満足か。いい言葉だ。

 私が頷くと、森合は考え込むような間を作った。


「……確かに自己満足っていうのは、優子ちゃんにピッタリな言葉だね。素敵だと思うな」

「褒めてくれてありがとう」

「皮肉じゃなくて、本当にいいと思って言ってるんだからね!」


 森合はむすっとした顔を浮かべた後、笑みを浮かべた。


「優子ちゃんは自分がしたいことを、他人の評価なんか気にせずしているわけだ。それが結果として、弱い立場の人の助けになっている――そりゃあ、強火ファンも多くなるわけよね。納得だ」

「私にファンなんているわけないでしょ」

「そうかもね」


 にこにこと微笑む森合を横目に、私は舌打ちした。

 やはりこいつとは一生わかりあえないと思う。

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優しいあの子のウラの顔 円藤飛鳥 @endou0

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