第2話



「面倒くさいな、エンカウント率の高い敵キャラかよ……」


 体育館の隅で私が言うと、眠たげな顔の土屋が反応した。


「森合ナナカのことですか?」


 私は黙って頷いた。

 教室で会話したあの日以来、私は何度か森合に声を掛けられていた。


「別に声を掛けてくるのはいいんだよ。そんなのは森合の自由だからね。でも、私の好きな話題ばかりを選んでくるのが気に食わない」


 昨日は好きなゲームの話題を振られ、不覚にも語ってしまった。


「どこが気に食わないんですか?」

「私の好きなものについて詳しいことがだよ。いったいどこから情報を仕入れてるんだろう?」

「ああ、それなら土屋が教えときましたよ」

「……は?」

「ガムを貰ったので」


 私の個人情報の価値、ガムと同等なのか……。


「それだっておかしな話でしょ」


 私は気を取り直して言った。


「情報を収集してまで私と仲良くしようとする?」


 友達のほとんどいないカースト底辺に好かれたところでメリットなんて一つもないはずだ。

 自分で言っていて悲しくなるけど。


「そういう人格なんでしょう。土屋には理解できませんが、みんなと仲良くしたがる人間は一定数います。そこに理屈なんてないんですよ」


 土屋の言いたいことはわかる。

 しかし、腑に落ちる感覚はなかった。

 私は森合ナナカの優しさには何かウラがあると思っている。


「いっそのこと、仲良くすればいいじゃないですか。案外友達になれるかもしれませんよ?」

「絶対嫌」


 その時、コートの方から声が上がった。そろそろ交代してほしいとのことだ。

 しかし、誰もコート内に入ろうとしなかった。

 なんだか嫌な空気だ。


 声を上げたショートボブのクラスメイトが、気まずそうに視線を彷徨わせている。

 あの子は別に嫌われているわけじゃない。ただ、試合をしているのがトップカーストの女子ばかりなので、みんな尻込みしているのだろう。

 コート内にいた森合が見かねて、その子に近づこうとしている。


「変わるよ」


 私が宣言すると、ショートボブの子は驚いた顔をした。


「え……あ、ありがとう」


 照れくさそうに言われ、私はむすっと答えた。


「別に。運動したくなっただけだから」


 コート内に入ると相手チームにいた森合が、不敵な笑みを見せた。


「お手並み拝見だね」


 私はバレーボールを受け取り、一度バウンドさせてからジャンプサーブを打った。

 いい手応えだ。

 ボールは相手コートに鋭く刺さった。場がちょっと沸く。

 女子の体育は空気を読んで楽しくやるのが基本らしい。そう当時の友達から教えられたが、私は本気でプレーをした。相手チームに森合がいたからだ。

 体育の試合とはいえ、嫌いな女に負けるのはイヤだった。

 最初は「おおっ」と盛り上がっていたギャラリーも次第に静まっていく。視界の端で土屋が「やれやれ」みたいな顔をしていた。


「強いね、優子ちゃん。バレー部だったの?」

「中学時代はバスケ部だったね。コーチから嫌われて補欠にさせられてたけど」


 森合のスパイクをブロックした後、私たちはネット越しに会話をした。


「じゃあ、こっちもそろそろ本気出しちゃおうかな」


 森合は笑顔でボールを受け取ると、先ほどまでとは違う強烈なジャンプサーブを打った。正確なコントロールだった。コートの隅をボールが抉っていく。

 私はイライラした。

 やはり先ほどまでのプレイは本気じゃなかったらしい。


 その後、私と森合は激しい攻防戦を繰り広げたが、時間になり決着はつかなかった。つい本気になりすぎてチームメイトに鋭い指示を出してしまったので、きっとこれでまた嫌われてしまっただろう。好感度ゲージを可視化したら、たぶん私はクラス内でぶっちぎりの最下位になると思う。土屋は変人のくせに案外嫌われていないので、真ん中あたりになるだろうか。

 授業が終わって廊下を歩いていると、森合に声を掛けられた。


「いい試合だったね。久しぶりに本気で動いちゃったよ!」


 運動後なのにいい匂いを漂わせていた。そんなところにも腹が立つ。


「優子ちゃんがあれだけ動けるなんて知らなかった。みんな『凄かった、格好よかった』って言ってるよ。わたしも少し見惚れちゃったな~」

「……どうして最初手を抜いたの?」


 鋭い視線を向けると、森合は少し困った表情を浮かべた。


「試合と言っても大会とかではないからね。運動が苦手な子もいるだろうし、本気でやりすぎちゃうとそういう子たちが参加しづらくなっちゃうでしょ?」

「でも結局、私が入る前から苦手な子たちは誰一人参加してなかったよね」

「う、そこを突かれると痛いなぁ……。今度はちゃんとそういう空気を作るようにするね!」


 ポジティブな返答だった。

 やはりどうにも気に食わない。

 私は覚悟を決めて口を開いた。


「はっきり言うけど、私はやっぱり森合があんまり好きじゃないんだ。だから、いろいろと気を遣ってくるのはやめてほしい」


 先ほどの体育で森合が本気を出したのは、浮きかけていた私を助けるためだった。それくらいのことはわかる。

 遠くから女子たちの笑い声が響いた。

 森合が険しい顔をする。


「どうして……? わたし、嫌われるようなことしたかな?」

「たぶん、私が捻くれているだけだと思う」


 世の中には私のような人間も珍しくはないのだ。陽性の森合にはわからないだろうが。

 私は森合から視線を逸らした。やはり面と向かって言うのはきつかった。だが、言わないと余計な摩擦を起こし続けることになると思ったのだ。それは互いにとって有益ではないだろう。

 流石にこれで気づいただろう。この世の中には、決して仲良くできない人間もいるということを――。


「そっか、そうなんだね」


 森合は溜息交じりに言った。


「優子ちゃんは人の優しさが怖いんだね。だから素直に受け取れないんだ」

「は?」


 私は眉を顰め、森合を睨んだ。


「決めたよ、優子ちゃん! わたし、優子ちゃんの凍った心を溶かしてあげるね!」

「凍ってないけど」

「わたしに任せてよ! もう大丈夫だから!」

「あんたは大丈夫じゃなさそうだけどね」


 一人で勝手に盛り上がってから、「またね!」と廊下を歩いて行った。

 なんなんだ、あの女……。


「モテモテですね」


 土屋が影から出てきて、うおっ、と私は声を上げた。


「ひょっとして、ずっと後ろにいたの?」

「存在を消すのは得意なんですよ」


 土屋は半目をこちらに向けた。


「優子の狙いはばっちりでしたね。運動神経を見せつけ、クラスメイトの一部を惚れさせることに成功しました」

「んなことで惚れられても……」


 そんな女子小学生みたいな情緒のやつがいるとは思えなかった。


「ま、優子は厄介な信者とアンチを常に抱えてますからね。今は信者優勢という感じでしょうか」

「私みたいなのに信者なんてつくわけないでしょ」


 土屋は溜息をつき、肩を竦めた。ムカつく動作だな……。


「最近会話していることが多いので、森合ナナカとのカップリングを推す声もありますよ」

「キモ……。無理だから本当やめて」


 冗談だろうが本気で受け付けなかった。

 先ほどの会話ではっきりしたことがある。


「私は森合のことが嫌いだよ。それが変わることはないから」


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