第1話 いつもの日常のほころび

 朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を淡く照らしていた。

 坂本蒼は、ゆっくりと上半身を起こす。


「……起きた瞬間に眠たいのは、ひとつの才能なのでは?」


 寝ぼけたままの頭のまま、蒼は洗面台へと向かった。鏡には、やけに主張が強い寝癖があいさつをしている。


「お前だけ元気じゃん……」


 静かなツッコミを入れつつ、無理やり押さえ込む。言うことを聞かない髪の毛に、"今日も通常運転"を確認するような気分になる。


 家を出ると、朝の空気は少しひんやりしていた。

 通学路はいつも通りだけど──今日は、違う。


 

 道端に止まり、冷たい光沢を放っている。

 窓は黒塗り。

 誰が乗っているか分からない。


(いや……朝からこの存在感、どういうつもり?)


 蒼が思わず心の中でツッコんだその時、


「おーい! 蒼!」


 息を切らしながら、結人が走ってきた。


「なんかあった? そんな急いで」


「ん、いや……あれ。 見たろ?」


 結人は車両に視線を向ける。


「最近、こういうの増えてるってさ。親が"ちゃんと学校行け"ってうるさくてさ……」


「いや逆じゃね?むしろ"外出すんな"って言われそうなのに。」


「ほんとそれ。」


 二人で苦笑した。

 でも、その空気もどこかぎこちない。


「……でさ、蒼」


「ん?」


「今日、放課後。駅前の広場には、行かない方がいい。」


「広場?」


 結人は少しだけ目を逸らす。


「……デモ、あるって噂」


「へぇ……?」


 蒼は興味半分で返した。

 けど結人は、真剣な表情を崩さない。


「ほんと、行くなよ。マジで。俺、なんか嫌な……予感すんだって」


「お前がそんな言うの珍しいな」


「……俺だって最近怖いよ? 最近いろいろ、変だし」


 その"変"が指している何かを。

 結人は説明しなかった。


(……なんだろう。言わないってことは、言えない理由がある?)


 蒼にはまだ分からない。

 ただ、胸のどこがきゅっと締まるような感覚だけが残っていた。


 ──授業中


 教室の空気は、いつもより重かった。


 教室の黒板の字を書きながら、唐突に言った。


「皆さんも知ってると思いますが、最近は"反政府活動"が増えています。デマに流されず、正しい情報を取りましょう。」


 半分くらいの生徒が顔をあげる。


 蒼は心の中で呟いた。


(いやいや、数学の授業中に言うことじゃないだろ……)


 黒板に書かれた方程式より、教師の声の方が頭に残った。


 おまけに休み時間、スマホを見るとニュースアプリには似たような見出しばかり。


「反政府活動拡大」

「政府、監視体制を一時的に強化」


(……おいおい、ニュースまで総出で不穏じゃん)


 心の中ではツッコむけど、胸のざわつきは消えない。


 ──放課後


 帰り道は、空が薄橙色に染まり始まっていた。


 校門を出た瞬間──


 ざわ……ざわ……

 空気が震えるような、人のざわつきが耳に入った。


「……これまさか」


 駅前の広場へ続く道に、人が集まっている。

 遠くにプラカードが見える。

 声も聞こえる。


 その時、結人の忠告が頭をかすめた。


(……帰れって言われたけど……あれ見たら、流石に気になるだろ)


 気づけば足は広場の方向へ。

 広場の手前で立ち止まると、そこには──


 があった。


「自由を守れ!」

「監視反対!」


 声が重なり合い、空気が震える。

 人々は真剣な目で、その奥にある感情がビリビリ骨まで伝わってくる。


 対して、向かい側には無言で立つ黒服の警備隊。

 何もしていないのに、ただそこにいるだけで威圧感がある。


(こんな近くでやってたのかよ……)


 緊張と好奇心で、胸の鼓動が少し速くなる。


 そのとき、


「君、そこ……長くいると"記録"されるよ」


 すぐ横に立っていた青年が、ヒソっと蒼へ言った。


「……え?」


「監視の目が強い。巻き込まれたくなければ、下がった方がいい」


 青年はそれだけ言って、人の波に消えていった。


 記録?

 誰に?

 何が?


(……なんだよ、記録って)


 不安が喉につっかえそうになった時──

 ポケットのスマホが震えた。


【結人︰どこ。お前マジで帰れ。今すぐ。】


 蒼は画面を思わず二度見してしまった。


(うわ……なんだこの必死さ)


 普段ふざけてばかりの結人から、初めてみるくらいの"焦り"。


 胸の中で何かが動き始める。


 不安。

 好奇心。

 警戒。

 そして──説明出来ない予感


 今日、蒼の世界は静かに歪み始めた。

 それがこの先、どんな未来に繋がるのか。

 まだ誰も知らなかった。





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SPARC たけ林 @takerin512

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