第13話「運命の番の誓い」

 過去との決別を果たした僕の心は、冬の晴れ空のように澄み渡っていた。

 隣国との戦も、王国の勝利という形で終結を迎え、カイゼルも正式に辺境伯としての務めに復帰した。

 城には、以前にも増して穏やかで、温かい空気が流れていた。


 そんなある日のこと。

 僕は、自分の体に起きた異変に気づいた。

 体が、妙に熱い。体の芯から、蕩けるような熱がこみ上げてきて、足元がおぼつかない。そして、自分でも意識しないうちに、甘い香りのフェロモンが溢れ出しているのが分かった。

『まさか……』

 それは、オメガに周期的に訪れる、発情期(ヒート)の兆候だった。

 これまで、実家では薬で無理やり抑えつけられていたため、僕は本格的なヒートを経験したことがなかった。こんなにも、抗いがたい本能の波に襲われるものだとは。


「リヒト、どうした。顔が赤いぞ」

 異変に気づいたカイゼルが、心配そうに僕の額に手を当てる。

 その瞬間、彼の逞しいアルファのフェロモンを間近に感じて、僕の体はびくりと大きく跳ねた。

「……っ、カイゼル、離れて……!」

 意識が、朦朧とする。

 カイゼルに、みっともない姿を見せたくない。本能に支配された、獣のような自分を。

 僕が後ずさるのを、カイゼルは力強い腕で捕まえた。


「……ヒートか」

 彼の低い声が、僕の耳元で響く。

 彼の瞳が、熱を帯びた色に変わるのが分かった。彼もまた、僕のフェロモンに煽られているのだ。

「大丈夫だ、リヒト。俺を、信じろ」

 カイゼルはそう言うと、僕を軽々と抱き上げ、寝室へと運んだ。


 ベッドに優しく降ろされ、僕はシーツを強く握りしめた。

 怖い。

 けれど、それ以上に、カイゼルに触れてほしいという、抗いがたい欲求が全身を駆け巡っていた。

 カイゼルは、そんな僕の葛藤を見抜いたように、僕の髪を優しく撫でた。


「お前が、本当に望むのなら、俺は、お前を番として迎えたい。だが、お前が嫌だというのなら、ヒートが終わるまで、俺は決して指一本触れないと誓う」

 彼は、僕の意思を尊重しようとしてくれている。

 こんな、理性が飛びそうな状況でさえも。

 その誠実さが、たまらなく愛おしかった。


 僕は、潤んだ瞳でカイゼルを見上げた。

 そして、震える腕を伸ばし、彼の首にそっと回す。

「……望んでいます」

 かすれた声で、僕は告げた。

「あなたに、抱かれたい。私の、初めての人になってほしい。……私の、番になってください、カイゼル」


 僕の言葉が、最後の引き金になった。

 カイゼルは、獣のような低い唸り声を上げると、僕の唇を激しく奪った。

「……後悔、するなよ」

 彼の銀色の瞳が、欲望の色に深く染まっている。

 その瞳に映る自分もまた、同じように彼を求めているのが分かった。

 僕たちは、もう、お互いなしではいられないのだ。


 カイゼルは、僕の服をゆっくりと、しかし確かな手つきで剥がしていく。

 晒された肌に、彼の冷たい指先が触れるたび、甘い痺れが走った。

 やがて、僕の首筋に、彼の熱い唇が寄せられる。

 うなじに番の証を刻む。


「……愛している、リヒト」


 熱い吐息と共に、彼の牙が、僕の柔らかい皮膚に、ゆっくりと沈んでいく。

 痛みよりも、強い快感が全身を貫いた。

 同時に、カイゼルの命そのものが、僕の中に流れ込んでくるような、不思議な感覚に襲われる。

 魂が、一つに溶け合っていく。

 ああ、これこそが。

 僕たちが、本当の意味で、番になった瞬間。


「……カイゼル」

 彼の名前を呼ぶと、カイゼルは僕の項から顔を上げ、満足そうに微笑んだ。

 その顔は、僕が今まで見た中で、一番幸せそうだった。


 その夜、僕たちは何度も体を重ね、お互いを求め合った。

 それは、ただ欲望を満たすだけの行為ではなかった。

 言葉にしなくても、お互いの愛情が、肌を通して伝わってくる。

 僕たちは、心も、体も、魂も、全てが結ばれた、唯一無二の番になったのだ。

 夜が明ける頃、疲れ果ててカイゼルの腕の中で眠りにつく間際、僕は思った。


 運命なんて、信じていなかった。

 愛されることなんて、諦めていた。

 でも、今なら分かる。

 僕の運命は、この人に出会うためにあったのだと。

 絶望の果てに追いやられた辺境の地は、僕にとって、かけがえのない楽園になった。

 そして、氷のように冷たいと噂された人は、誰よりも温かい愛で、僕の全てを溶かしてくれた。


 これからも、僕たちはこの北の地で、共に生きていく。

 喜びも、悲しみも、全てを分かち合いながら。

 この腕の中にある温もりこそが、僕の真実。

 僕の、永遠の愛の誓い。

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