第12話「愚か者たちの末路」

 カイゼルが帰還したことで、ヴォルフガング領は平穏を取り戻した。

 王命に背いて帰還したカイゼルには、王家から厳しい叱責の使者が送られてきたが、彼が不在の間に僕たちが城を狙った奇襲を退けたという事実が、結果的に彼の行動の正しさを証明することになった。

 戦況も、カイゼルが育て上げた北の精鋭部隊の活躍により、王国側に有利に傾きつつあるという。

 全てが、良い方向へと向かっているように見えた。


 そんな中、王都から一通の手紙が届いた。

 差出人は、アッシュフェルト子爵家……僕の実家からだった。

 手紙を読んだカイゼルは、苦々しい顔で僕にそれを手渡した。


『拝啓、リヒト。お前が辺境伯様のご寵愛を受け、立派に務めを果たしていると聞き、父として誇らしい限りだ。ついては、近々、お前の異母弟であるリアムを、そちらへ送ることにした。不出来な弟だが、お前のそばで、何か手伝いをさせてやってはくれまいか……』


 手紙の内容は、僕を気遣うふりをした、厚かましい要求だった。

「……リアムを?」

 なぜ、今更。

 カイゼルが、ゲルトさんから取り寄せた別の報告書を僕に見せてくれた。


「ヴァレンシュタイン公爵家が、取り潰しになったそうだ」

「え……!?」

 報告書によると、エドガーが僕に固執し、辺境で問題を起こしたことが王の耳に入ったらしい。それに加え、かねてからの彼の素行の悪さ、そして、今回の戦争におけるヴァレンシュタイン家の非協力的な態度が重なり、ついに王の逆鱗に触れたのだという。

 爵位は剥奪され、領地は没収。エドガーは、北の修道院へ幽閉されることになったそうだ。


「そして、その煽りを受けて、お前の実家も窮地に陥っている」

 ヴァレンシュタイン家という、大きな後ろ盾を失ったアッシュフェルト家。

 リアムも、当然のようにエドガーから捨てられた。甘い汁を吸うことしか考えていなかった彼らは、自分たちの力だけでは何もできない、ただの落ちぶれた貴族になり果てたのだ。


「なるほど……それで、今度は私に擦り寄ってきた、というわけですか」

 全てを察して、僕は乾いた笑いを浮かべた。

 僕を出来損ないと罵り、厄介払いのように辺境へ追い出した家族が、僕が辺境伯の番として権力を持つと知るや、手のひらを返して媚びへつらってくる。

 あまりにも、身勝手で、愚かしい。


「どうする、リヒト。会うか?」

 カイゼルの問いに、僕は静かに首を振った。

「いいえ。会う必要はありません」

 僕の心は、もう何の揺らぎも感じていなかった。彼らは、僕にとって、もはや赤の他人と同じだった。


 ***


 数日後、予告通り、リアムが乗った馬車が城の前に到着した。

 僕は、彼を城の中には入れず、城門の前で応対した。カイゼルも、僕の隣に寄り添ってくれている。


 久しぶりに会ったリアムは、すっかりやつれていた。

 高価な服も、宝石も身につけていない彼は、ただのか弱い、怯えた若者にしか見えなかった。

「……お兄様」

 か細い声で、リアムが僕を呼ぶ。

「助けてください。私たちは、もう、どうすることもできないのです。エドガー様にも捨てられ、家にはもうお金もありません……!」

 彼は、僕の足元に泣きすがろうとした。

 僕は、一歩下がってそれを避ける。


「リアム」

 僕は、静かに、しかしはっきりと告げた。

「あなたは、私にしたことを覚えていますか?」

「え……」

「あなたは、私の全てを奪いました。私がどれだけ絶望していたか、考えたことがありますか?」

 僕の問いに、リアムは言葉を詰まらせる。彼は、他人の痛みなど、考えたこともなかったのだろう。


「私は、あなたたちを許すつもりはありません。ですが、恨んでもいません。あなたたちはもう、私の人生には関係のない人たちだからです」

 僕は、懐から小さな革袋を取り出し、リアムの足元に投げた。中から、数枚の金貨がこぼれ落ちる。

「これは、手切れ金です。これを持って、どこか遠い場所で、自分たちの力だけで生きていきなさい。二度と、私たちの前に現れないでください」


 リアムは、足元の金貨と僕の顔を、信じられないという目で見比べていた。

 やがて、彼はわっと泣き崩れた。それが、後悔の涙なのか、それとも、更なる施しを得られなかったことへの絶望の涙なのか、僕には分からなかった。

 僕たちは、泣きじゃくるリアムに背を向け、城の中へと戻った。


「……よかったのか?」

 僕の隣を歩きながら、カイゼルが尋ねた。

「金貨など、くれてやる必要はなかった」

「いいえ、これでいいんです」

 僕は、晴れやかな気持ちで答えた。

「あれは、私の過去との、完全な決別です。あのお金で、私は、アッシュフェルト家との縁を、完全に買ったのです」


 もう、僕を縛るものは何もない。

 家族も、過去も、全てを清算した。

 今の僕には、カイゼルと、この辺境の地で生きる人々という、新しい家族がいる。守るべきものが、ある。


 愚かな者たちの末路は、自業自得だ。

 彼らがこれからどんな人生を歩むのか、僕が知る必要はない。

 僕は、ただ前を向いて、僕の愛する人たちと共に、未来を歩いていくだけだ。

 カイゼルが、僕の手を強く握ってくれる。

 その温かさが、僕の決意を、さらに確かなものにしてくれた。

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