第10話「対峙、そして決別」

 エドガーが去った後、城は厳戒態勢が敷かれた。

 ゲルトさんは、エドガーが力ずくで何かを仕掛けてくる可能性を考え、見張りの騎士を増やし、城門を固く閉ざした。

 僕は、そんな城の様子に不安を感じながらも、カイゼルの代理として、毅然と振る舞うことを心掛けた。

『私がうろたえてはいけない。皆を不安にさせてしまう』

 そう自分に言い聞かせ、日々の務めをこなした。


 数日後、エドガーは再び城の前に現れた。

 今度は、彼自身の私兵を何人か引き連れている。明らかに、威嚇が目的だった。


「リヒトを出せ! 話がある!」


 城門の前で、エドガーが叫んでいると報告が入る。

 ゲルトさんは、「相手にする必要はありません」と言ったが、僕は首を横に振った。

「いえ、行きます。ここで逃げていては、いつまでも終わりません。私が、決着をつけます」

 僕の決意の固い目を見て、ゲルトさんは何も言わず、ただ静かに頷いた。


 騎士たちに守られながら、僕は城壁の上からエドガーを見下ろした。

「エドガー様。これ以上、このような野蛮な真似はおやめください。ヴォルフガング領の安寧を乱すというのなら、たとえ公爵家の方であろうと、見過ごすわけにはいきません」

 僕の凛とした声は、冬の冷たい空気の中、よく響いた。

 城壁の下で、エドガーが僕を見上げ、顔を歪める。


「リヒト! なぜ分からないんだ! 私が、君をこんな場所から救い出してやると言っているんだぞ!」

「救い出す、ですって?」

 僕は、思わず鼻で笑ってしまった。

「お言葉ですが、エドガー様。私を不幸のどん底に突き落としたのは、あなたではありませんか。私から婚約者としての地位も、家族も、居場所も、全てを奪ったのは」


 僕の言葉に、エドガーはぐっと息を詰まらせる。

「あれは……リアムにそそのかされただけだ! 私の本心ではなかった!」

「言い訳は、もう聞き飽きました」

 僕は、冷たく言い放つ。

「あなたが私を捨てたことも、リアム様を選んだことも、もうどうでもいいのです。過去のことですから。ですが、今の私の幸せを、あなたに壊される筋合いは、一切ありません」


 僕の言葉が、彼のプライドをひどく傷つけたのだろう。エドガーの顔が、怒りで赤く染まった。

「……っ、そこまで言うか! 私の愛を、無碍にするというのか!」

「愛? それは愛などではありません。ただの、あなたの自己満足と独占欲です。手に入らないものが惜しくなっただけの、子供の我儘です」


 僕が、かつて天上の人のように見上げていた相手に、こんな言葉を投げつける日が来るなんて。

 自分でも、驚くほど冷静だった。

 カイゼルが、僕に自信と、自分の足で立つ強さを与えてくれたのだ。


「もう、お帰りください。そして、二度と私たちの前に現れないでください。これが、最後の警告です」


 僕はそう言って、エドガーに背を向けた。

 これ以上、話すことは何もない。

 僕の中で、過去との決別は、今、この瞬間に果たされたのだ。


「……待て、リヒト! 行くな!」


 エドガーの悲痛な叫びが、背後から聞こえる。

 その声に、ほんの少しだけ胸が痛んだのは、かつて彼を慕っていた頃の、淡い感傷の名残だろうか。

 だが、僕は振り返らなかった。

 僕の未来は、もう彼のいる方向にはない。


 ***


 城の中に戻ると、ゲルトさんや騎士たちが、僕を称えるような目で見つめていた。

「見事でございました、リヒト様」

「ありがとうございます。皆さんがいてくれたおかげです」

 僕は、彼らに深く頭を下げた。


 その夜、僕はカイゼルに手紙を書いた。

 エドガーが来たことを、ありのままに綴った。そして、自分が彼とどう対峙し、どう決別したのかも。

『私は、もう大丈夫です。あなたの番として、恥ずかしからぬよう、この城を守ります』

 手紙の最後に、そう書き加えた。


 この手紙が、彼に届くのはいつになるだろう。

 王都では、戦の準備が進んでいると聞く。彼の身を案じると、胸が張り裂けそうになる。

 けれど、僕も戦っている。

 この場所で、僕の戦いを。


 窓の外では、雪がしんしんと降り積もっていた。

 厳しい冬は、まだ始まったばかり。

 でも、僕の心は、不思議なほど晴れやかだった。

 過去のしがらみを断ち切り、僕は、本当の意味で自由になったのだ。

 早く、会いたい。

 カイゼルに会って、この気持ちを伝えたい。

 あなたのおかげで、私は強くなれたのだと。

 遠い空の下、愛しい人の無事を祈りながら、僕は静かに夜が更けるのを待っていた。

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