第二話 二廻目二


 一日中扱き使われた梗華は、毎日毎日疲労困憊だった。手はあかぎれ、仙花の言う通りにできなければ容赦なく叩かれる。それ故身体は痣だらけだった。食事も満足に与えられず動き続けているせいで、夜には足がふらつくこともしばしばだ。


 白い布の上から、そっと自身の瞳に触れる。


 どうしてこんな目を持って生まれてきてしまったのだろう。この目は本当に人のものなのだろうか。それとも自分は妖なのだろうか。

 きっといっそ妖であったのなら、その身を容赦なく滅してもらえただろうにと、そんなことさえ思う。


(私は、何のために生きているのだろう……?)


 能力もなく呪われた右目を持って生まれてしまった梗華には、誰かの役に立てるような力はない。


 

 満月の夜。

 庭先で何か動物の鳴き声がしたような気がして、梗華は導かれるように外へ出た。


 音の方を恐る恐る覗いてみると、そこには縄に足を引っ掛けた狐の姿があった。どうやら畑を荒らす動物を捕獲しようと仕掛けた罠に、はまってしまったようだった。

 梗華は狐の脚に絡まる縄を優しく解いてやった。

 狐は梗華を見つめるとさっと森の中へと走って行った。



 次の日の夜。また何か木々を掻き分けるような葉音が聞こえ、気が付くと目の前に狐がいた。

 狐は梗華を警戒することなく、しなやかな足取りで隣にやってきた。月の光で透き通るほどに輝く金色の毛を恐る恐る撫でてみる。


「温かい……」


 梗華は生まれてこの方、ほとんど人に触れたことがない。家族や使用人から呪われた子だと蔑すまれ呪いがうつるとまで言われていた。学び舎に通ったことすらなくこの屋敷以外の世界は知らない。


「外の世界はどう? やはり人と妖の争いは絶えないのかしら……」


 実際に妖を見たり感じたりすることのできない梗華では、屋敷の外のことは全く分からない。

 しかし仙花の力は見たことがあったし、時折傷を負って帰宅することもある。闘いがあることは明白だった。


「人と妖は、どうして争うのかしら。共存することは難しいことなの?」


 狐は梗華の言葉に耳を澄ませるかのように、身動きせず月を見上げていた。



 それからも狐は、度々梗華の前に現れるようになった。

 梗華にとっては、初めての話し相手だった。



 狐が梗華の前に姿を現し続けてから何日か経った頃だった。

狐との秘密の逢瀬が、姉の仙花に見つかってしまったのは。


「梗華、何をしているの?」

「姉様……」


 そこには仙花が梗華を睨みつけるように立っていた。


 仙花は梗華を無視するように狐の元へとやってくるとその身体を思い切り蹴り飛ばした。狐は大きな木にその身を打ち付け力なく倒れる。

 苦しそうに呻く狐を梗華は優しく抱き上げる。それを仙花がごみでも見るような目で見下ろしている。


「梗華、その狐を渡しなさい」

「どうして……」

「口答えする気!?」


 叫ぶと仙花は、狐を庇う梗華ごと蹴りつける。


「このっ! 無能で! 愚図で! 呪われた分際でっ! 私に楯突こうなんてっ!!」


 仙花は何かに取り憑かれたように、罵倒しながら梗華を蹴り続ける。


「あんたのせいでっ! あんたのせいでっっ!!」

「…………っ!!」


 梗華は必死に狐を庇い続ける。


 すると狐がするりと梗華の腕から飛び出し、仙花に飛び付き勢いよくその腕に噛みついた。

 ぎゃあああ!! と仙花の悲鳴が夜の虚空にこだまする。


 狐は一歩下がると、勢いをつけその尻尾を大きく仙花へと振るった。仙花はそのまま大きく吹き飛ばされ、後ろにあった池の石へと頭を強く打ち付けた。

 見たこともないくらいに色鮮やかな血が、池の水を染めていく。


「姉様……っ!!」


 梗華が慌てて駆け寄るも、仙花は白目を剥いて荒い呼吸を繰り返していた。何かぶつぶつと呟いているが、何を言っているのか梗華には聞き取れなかった。



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廻る世界と金色の契り 四条 葵 @aoi-shijou0505

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