廻る世界と金色の契り
四条 葵
第一話 二廻目
竹に囲まれた紫陽花の花が、青や桃色にその花びらを染めている。
その中心に一人の少女が立っていた。
しとしとと、霧雨のような雫が肩を濡らす。
けれど、そんなことには気にも留めず、少女は目の前の男性を見つめていた。
光の加減で真っ白に見えるほどに透き通った金色の髪、金色に輝く瞳。すらっと背が高く、この世の者とは思えないほどの美貌。
その男性が少女に向けて静かに手を差し伸べる。
何か言葉を発するのだが、少女には何を言っているのかよく聞き取れなかった。
少女が聞き返そうと口を開くと、世界は歪んで、そうして闇に呑まれていく。
*
「夢……」
何度も見たことのある夢だった。
男性が梗華に手を伸ばし、それがまるで救いであるかのように感じる夢。
しかし結局、梗華はその手を掴むことができずに目を覚ます。
そんな夢を、もう何度も見ていた。
「救いなんて、この世界にあるはずがないのに……」
逃げたくてもそれができない。現状を変えたくても、自分にそんな力はない。
梗華には、諦める以外の選択肢がなかった。
「梗華」
襖の外から、冷やかな女の声が聞こえてくる。
「起きているのなら、私の部屋に来て」
それだけ言うと、冷たい声は梗華の部屋の前から遠ざかっていく。
「はい……お姉様……」
梗華は手早く右目が隠れるように白い布を巻きつけた。
そうして自身の身支度も早々に、双子の姉である
古来より人と
人々は妖を恐れ嫌悪し、人の営みによって山を追われた妖もまた人を憎んでいた。
代々妖を祓うことのできる特殊な力を持って生まれるこの
姉の仙花は幼い頃からその頭角を現し、妖を祓う力は日を増して強くなっていく。
一方で妹の梗華は、なんの力にも目覚めなかったどころか、右目は深紅に染まり、呪われた子、忌み子として、世間に触れることのないようその姿を秘匿とされていた。
両親である廉太郎と松子は、当然出来のいい姉である仙花を可愛がった。貴宝院家の歴史に残る天才だと、仙花に目一杯の愛を注いだ。
『呪われた汚らわしい子供だ』
禍々しい紅い目を持って生まれた梗華は、両親に見捨てられ、使用人よりも酷い扱いを受けることとなった。
梗華にとって仙花はとても尊敬できる姉であったが、仙花が梗華に優しくすることは当然なかった。
幼少の頃から、やれ貴宝院家の恥だ、やれ不出来な妹だと罵倒され続け、蔑まれ続けた。
十六になった今も、梗華が何かの力に目覚める気配はなく、深紅の瞳もまた変わらず彼女の右目にあった。
毎朝早くに呼び出されては、召使いのようにこき使われている日々もずっと変わらない。
「今日は飛び切り綺麗にしてくれるかしら?」
仙花に言われ、梗華は彼女の艶やかで綺麗な黒髪を束ねていく。
「さっさとしてくれる? 無能はとことん無能ね。もっと手際よく出来ないの?」
「も、申し訳ございません……」
「気持ち悪い顔。早く妖にでも喰われてしまえばいいのに」
ぼそりと仙花が呟いた言葉は、もちろん梗華の耳にも届いていた。
「着物、用意しておいてちょうだい」
「はい……」
冷たい言葉を投げつけて、仙花は自室を出て行く。
梗華は小さく息をつき、その長い睫毛を伏せた。
仙花が自分を虐げるのはこの呪われた深紅の瞳と無能力のせいなのだろうと思うも、彼女が梗華を見る目は、いつも何か復讐心のようなものがちらついて見えた。
絶対に許さない、そう言われているような気さえした。
(姉様のものなんて、何一つ取ったことなんてないというのに……)
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