彼氏様(予定)の言うとおり
冬
彼氏様(予定)の言うとおり
「ほんと、役に立たねぇよな」
ため息をつきながら言ってソファから立ち上がり、彼はこちらを一瞥もせずに部屋から出て行った。大きな音を立てて閉じられた扉を前に、私は掃除機を片手に立ちつくしていた。
うーん。これが倦怠期というやつか。人生初の倦怠期、なかなかの扱いをされるものである。
三か月ほど前に向こうから告白してきて付き合い、好きだ好きだと毎日のように言われていたのに気づけばこの有様だ。いくら感情が永遠に続くものではないとはいえ、流石に手のひら返しが早すぎやしないだろうか。
まあいいか。そんなことよりも私は掃除がしたかったのだ。掃除をしたいので一旦ソファからどいてほしいと言ったところ、冒頭のセリフを吐かれたというわけである。
さて、ソファを占領していた人間がいなくなったところで掃除を始めよう。床やソファに点々と落ちている私のものじゃない服を拾って、彼が使っているクローゼットの中に突っ込んだ。
散らばった服が片付いたところで、掃除機をかける。ソファの近くをかけていると、掃除機からカラカラという異音が聞こえた。ソファの影に落ちていた金属製らしい何かを吸い込んだようだが、まあ気にしないことにする。こんなとこに落とす方が悪いだろう。覚えていたら後で掃除機の中のごみから回収しておこう。覚えていたらね。
掃除機をかけ終わり、使ったままの食器や食べ終えたお菓子の袋などが散乱しているテーブルに取り掛かる。食器や袋など、手でつかめる程度に大きいものはすべて掴んで、これまたクローゼットの引き出しの中に突っ込んだ。こまごましたものは布巾で集めて布巾ごとごみ箱に捨てた。
よし、これで私が出張の間に汚されていたものはだいたいキレイになった。出張から帰っていきなり掃除。本来そんなに丁寧な暮らしはしていないので、すでに体はクタクタだ。
ちょっと休憩。冷蔵庫を開けるが、私が買っていたものもすべて食べつくされていて何もない。作り置きのお茶すら飲みつくされ、ほんの少しの飲み残しが入ったままの容器が冷蔵庫内に放置されていた。……これはいつの飲み残しなんだろう。古そうな気配がして怖くなったため、後で容器を漂白しようと流しに置く。
――買い物に行こう。今日食べるものすらない。
そう思い、自分の部屋から買い物用のカバンを引っ張り出してきたところでインターホンが鳴った。
*
「気は済んだか?」
この寒空の下、なぜか玄関にいるこの男はもちろん彼氏ではない。
気は済んだかというのは多分彼氏のことを言っているのだろうが、それより、
「……ソウマ。何でいるの?」
「酷い態度だなあ? 食う物もないだろうと持ってきてやったのに」
こいつは私の家に監視カメラでも仕掛けているのだろうか。でも食べ物を持ってきてくれたのは助かった。結構中身の詰まっているレジ袋を受け取る。
「それはありがとう。出張から帰ったら家から食品が一つもなくなってて困ってたから助かったよ。食べたなら買い足しておいてくれればいいんだけどねー。難しいみたいで」
なんだか愚痴のようになってしまった。というか、食べ物を持ってきてくれている時点で、ソウマにとってはすべて既知の情報だったかもしれない。レジ袋の上の方に入れられたプリンに気を取られて、あまり考えずに喋ってしまった。
「そんなもん、俺と付き合えば全部解決だろ」
おっと。なんか急に会話の風向きが変わったな。
「でも今は付き合ってる人いるから、……ってこの前も言ったよね?」
「ああ、そのことなら心配ない。もうすぐお前が振られるからな」
ソウマは楽しそうに笑った。
「??? そうなの? なんで?」
「直にわかる」
それだけ言って、結局何も教えてくれないままソウマは帰っていった。こうして私は二日分くらいの食料と謎を手に入れた。
部屋に戻り、レジ袋からプリンだけを抜き取って、それ以外を冷蔵庫に突っ込む。そしてソファに寄っかかりながらプリンをすくって口に運んだ。
――へぇ、私振られるのか。全然知らなかった。
これといった感慨もなく、さっきプリンをくれたありがたい男の言葉を思い返す。
まあ関係は冷え切っているので、別れる理由を考えようと思えばいくらでも考えつきそうではあるが、いまいちピンとくるものはない。本当に、なんで振られるんだろう。振られる前に予想を立てておきたい。そしてあわよくば正解したい。なぞなぞ感覚である。ちょっと楽しみになってきた。
*
翌日。
彼氏は朝方帰ってきてたらしい。私は休みなので昼頃起きたが、その時にはもう彼氏は定位置のソファにいた。私が起きて冷蔵庫を確認したときには、ソウマが持ってきてくれていたものをまとめて入れていた袋は空になっていた。あーやってしまった。隠しておくのを忘れてた……つまり昨日に引き続き、またこの家には食べられるものが一つもなくなったということである。
そして私は起き抜けだがおなかが空いた。困ったな……買いに行くしかないか。いや、せっかく支度をして外に出るのだから、どこかで食べてくるか。うん、そうしよう。
外に出られる程度の服に着替え、支度を済ませる。玄関で靴を履いていると、彼氏が部屋から出てきた。
「俺ラーメンね。あとファミチキ」
私がコンビニに行くと思ったらしい。
「私コンビニ行かないよ。どっかで食べてくるから。というか冷蔵庫に入れてた私のやつ食べたでしょ?」
「あー、あれは朝食った。俺の昼飯ないんだけど」
「ええ知らないよ。自分で何とかしなよ」
「は? なんでそーなんの? ……ほんとにお前って何もしないよな。もう別れる?」
なんと。まさか昨日の今日で別れ話になるとは思わなかった。まだなんで振られるかの予想立ててないのに。こんなことなら昨日のうちに考えておけばよかった。とはいえ、話が始まってしまった以上は仕方がない。答え合わせをしようか。
「なんで?」
そう問うと彼はあからさまに面倒そうな顔をした。あ、別れるのを渋っていると思ったのかな? 別にそういうわけではないんだけどなあ。聞き方を間違ったらしい。
「私の質問に全部答えてくれたらちゃんと別れてあげるから」
そう続けると、微妙な顔をされた。なんで。そして舌打ちを一つすると、これまた面倒そうに答えた。
「……別のやつと付き合うから。お前愛想もねえくせに、家事もろくにしねえじゃん。それって何のために付き合ってんのかわかんねえだろ。これからのこととか考えても、もっとかわいくて愛想よくてちゃんといろいろできる奴と付き合った方がいいだろ」
ふーん。次がもういるのか。ソウマはそれを知ってたっぽいな。……というか、まさか、
「最近知り合った人?」
そう聞くと、あからさまに警戒している反応をされた。探りを入れてると思われたか。別にきにしてないんだけどなあ。そんなことよりすごく気になるから早く答えてほしい。
「別に分かれることに不満はないし、どうもしないよ。その人に興味もないし……それよりさ、その人と知り合ったのって三か月前くらいだったりする?」
「……は? 何で知ってんだよ。知り合いじゃないよな」
なるほど。最初からすべてソウマの手のひらの上だったらしい。私も彼も、そしてきっと、彼が次に付き合う女の子も。
「あはははっ! すごいなあ。本当にすごい。……うん。聞きたいことはもう全部聞いたから、約束通り別れようか」
ソウマは本当にすごいなあ。やることが巧妙かつ大胆で、本当に面白い。全然気づかなかった。
さて、これから昼食を食べに行くついでに、次の部屋探しでもするか。外は晴天。多少歩くのもいい散歩になるだろう。
「あーそうだ。この部屋の契約、今月末までだからそれまでに荷物片しておいてねー」
この部屋の契約終了日は今、私が決めた。
「は!? 急になんなんだよ! 何考えて「今日別れるのにここに居座る気だったの? そっちが何考えてんのだよ。そんなんじゃ次の子に早くも振られちゃうよ~」
笑いながらそういうと、なぜか傷ついたような顔をされた。本当に何で?? 太々しいのは別にいつものことだが、今日のこの人は何を考えているのかいつにもましてよくわからない。
そういえば、別れるとか言ってるのに、荷物が減ってる様子全くなかったな。だから振られるとか全く思わなかったんだけど。こいつ、まさか本当に別れた後も居座るつもりだったのか? 太々しいとかの限度を超えて、いくらなんでも非常識すぎるだろう。でもこの人ならありえなくはないか。
とにかく、居座らせるつもりはない。今日中に次の部屋の目途を立ててさっさと引っ越してしまおう。
玄関のドアを開けて外に出ると、まぶしい日差しが差し込んだ。いい天気、そしてあったかい。ランチ兼部屋探しにはちょうどいい。彼氏(いや、もう元彼か)を放置したままドアを閉める。帰ってくるときにはいなくなってるといいなあ。
*
ランチ、どこで食べようか。そろそろ空腹が限界なので、正直もうどこでもいいからさっさと食べたいが、昼過ぎのこの時間はどこも混んでいる。困った。歩き疲れて公園のベンチに座ると、時間を置かず目の前に大きな影が現れて日差しを遮った。
「俺の言うとおりだっただろう?」
「……何でいるの?」
「それはどうでもいいだろ」
どうでもよくはないと思う。ソウマは相変わらず胡散臭い笑みでニコニコと笑っている。本当にどこにでも現れるなあ。
「さて、振られて傷心中のお前にいい提案だ」
「別に傷心はしてないかなぁ」
「やかましい。黙って聞かんかい」
まあ、いくら私でも続きは聞かずとも想像がつくが。でも、
「いいけど、私お昼食べてないからお腹空いてるんだよね。どっかで食べながらでもいい?」
「この俺の有難い話を後回しにするとはいい度胸だなあ????」
怒ったソウマに頭を鷲掴まれた。頭蓋骨割れそう。
まったく、三か月かけて人の彼氏に対して女の子をけしかける程度に気が長いくせに、こういうところで短気なんだからよくわからないやつだ。
あ、そういえば昨日の掃除機のごみ、漁るの忘れたな。当然、とっくにすべてゴミに出した。
もう手遅れだ。
彼氏様(予定)の言うとおり 冬 @fuyu_wa_samui
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