おかげさまで、『佐藤瑠璃はクラスのアイドルではない。』無事完結いたしました。
佐藤瑠璃はクラスのアイドルではない。
https://kakuyomu.jp/works/822139846662371444
裏話というほどのものはありませんが、せっかくですのでちょっと書いてるときに考えていたことなどを話していきます。
カクヨム10テーマ小説コンテストの募集要項、モブな僕らの青春部門にある文、
『「キラキラした青春を送っていない、さえないモブキャラの僕(私)」を描く、現代社会が舞台の青春小説を募集します。』
とありましたが、「モブキャラ」ってなかなか定義しづらいですよね。
そもそも主人公を「モブキャラ」にしたら、それはモブでは無くないか……?的な。
まあ、要はかわいそうなくらい凡庸ってことだろう、と勝手に解釈して、
しまいこんでいたプロットを引っ張り出してきたのですが。
「凡庸」って、他人と比較するから発生するものですよね。
凡庸じゃない人間、つまり何かしら高みにいる人間や、その逆で、地の底に住まうような人間がいるから、「凡庸」が生まれてくる。
「主人公」とか「ヒロイン」とか「ライバル」とか、なにかしらラベルがついた人たちがいるから、「モブ」がうまれる。
誰かのことを、光り輝くものを持っている人間だと認識した瞬間に、
「人と人」は「主人公とモブ」になるんじゃないかな、
なんてことを考えて書いていました。
そして往々にして、そういう考え方をしてるのって「モブ」側の人間だけなんですよね。
輝いてる人たちはそんなこと気にしてなかったり、そもそもそんな発想すら持っていなかったり。
まあ一言で言うと、よくあるやつです。
本作の主人公の阿久津や、作者である私のような卑屈な人間にはあるあるです。
キラキラした青春を送れなかったモブな私が、「お前にも苦い青春をくれてやる」と阿久津に八つ当たりした結果の産物です。
最悪ですね。
そんなことを考えたり、書けなくなってのたうち回ったり、途中で投げ出したり、戻ってきてパソコンの前で頭を抱えて唸ったりして何とか完成しました。
その甲斐もあってか、評価もそうですが、コメントをたくさんいただけてとても嬉しいです。
本当にいつもありがとうございます。
さて、いい加減長ったらしいのでこのくらいで終わりにしておきます。