心霊特集・「恐怖!呪いのカーナビ!!」

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心霊特集・「恐怖!呪いのカーナビ!!」

1.


取材対象者:樋川ひかわ 友彦ともひこ ⽒(仮名)

取材⽇時:2025.11.5 AM10:48

取材場所:樋川氏居住のアパート

取材趣旨:取材対象者の⾞のカーナビに関する⼼霊現象について確認。

(次回記事更新時に⼼霊特集として掲載予定)



すいません、お茶しか無くて。


いや、構いません、今⽇は特に予定もありませんから。こちらこそ、こんな話を⼈に聞いていただける機会なんかあまりないですからね、少しは気が楽になるというか――


ええ、電話でお話した件です。

⾞の――カーナビの件で。



樋川さんは県北の駅から3kmほど離れたアパートで⼀⼈暮らしをしている。


社会⼈になって2年⽬だというが、部屋の中は今時の若者らしく無駄なものが無い、シンプルな空間だ。

そう伝えると、樋川さんは苦笑いしつつ答えてくれた。


いやあ、シンプルじゃないんです、趣味の⽅に⾦がかかるんで、他がおざなりになってるだけですよ。ええ、⾞です。若者の⾞離れって⾔われますけど――少なくとも私はそうじゃないですね。


樋川さんは⾼校を卒業すると、すぐに⾞の免許を取得した。⼤学在学中は中古の軽⾃動⾞で我慢していたが、バイト代はいつか購⼊する⾞代として少しずつ貯⾦していたという。


そして社会⼈1年⽬の冬、遂に念願の⾞を購⼊することになった。


前から欲しかったSUVです、はい、カラーリングも暗めの⾚で、気に⼊りました。ワンオーナーで、なにより⾛⾏距離が短かったんですよ、5万キロ弱でしたからね。型も古くないし、少しだけ⾜が出ましたが――なんとか購⼊できました。


そういえば、アパートの駐⾞場に停めてあったダークレッドのSUVは綺麗に⼿⼊れされていた。丁寧に乗っているのだろう、⾞体には傷⼀つ無くつややかに光っていたのを思い出す。


その⾞の、カーナビの事なんです、お話ししたいのは――樋川さんは、少しだけ表情を曇らせた。


2.


最初にそれに気づいたのは、ある⽇の通勤途中のことでした。


たまに、通勤途中でコンビニに寄るんです、ちょっと疲れてるな、って時に、エナジードリンクを買うんで。で、その⽇もいつものコンビニに⾏ったら――売り切れだったんですよ。

あんまりそんな事ってないからですね、その⽇は諦めようかと思ったんですが。


いや、いつもの通勤ルートとは違いますが、会社と同じ⽅向にいくらでもコンビニはあるんです。だからそっちで買えばいいかって。で、普段曲がらない交差点で右折して。


県道をしばらく⾛った時でした。

カーナビから、アラームが鳴ったんです。


そうです、それまであんまりカーナビ気にしてなかったんですよ。その頃はまだ近くしか⾛ってなかったですし、ナビならスマホ⾒ればいいですからね。地点登録されてる箇所があるなんて、全然気づいてませんでした。


ただまあ、その時は特に気にしませんでした、なんでこんな所登録してんだろって思ったかもしれませんが、それこそ前のオーナーの事情ですからね、判らなくて当然です。


話がおかしくなったのは、同僚と話してたときです。なんでその話になったのかは覚えて無いですが、アラームの話をしたんです、そうです、その、県道で鳴ったってことを。


そしたら同僚が、妙な事を⾔って。


おまえも気をつけろよ、あそこはひき逃げ事件があった所だからって――


え?ああ、同僚が⾔ったのはそう⾔う意味じゃないです、安全運転しろよって意味で。


ええ、ひき逃げで亡くなった⽅の霊が、その場所を通る⾞のカーナビを鳴らしてるっていうの

は、まあ怪談染みてますけどね、霊がわざわざナビに地点登録してるわけですから少し笑えるというか。


その同僚が⾔うには、犯⼈はもう捕まったらしいです。取引先の知り合いの⽅が近所に住まわれてて、⾃宅から犯⼈が警察に連⾏されるところも⾒たって話でした。


はい、被害者の霊が出てくるまでもなく、監視カメラと⽬撃情報ですぐに捕まったそうです。それはそれでいいんですが――



ここまでの話を聞くに――幾つかの解釈は可能だと思った。


単なる偶然か、前のオーナーがひき逃げの被害者と知り合いで、祈念のために登録したか、

あるいは単なる安全意識からか――

理由は定かではないが、そこを地点登録する動機はいくらでも想像できる。


まあ、むりやり⼼霊関係の話に引っ張ることもできなくはないか――


そんな私の考えは――この後徐々に変更を余儀なくされることになる。


3.


いずれにしろ不必要な内容なんで、登録データを消そうと思って。ええ、ナビのメニュー画⾯から地点登録の管理情報に⾶びました。


そしたら――50件もあったんです、地点登録情報が。


はい、割と多いなって。

購入する時、前のオーナーさんは初⽼の⼥性の⽅って聞いてましたから、なおさらそう思ったのかもしれません。

いや、初⽼の⼥性がSUVに乗ってること⾃体は逆に格好良いと思ったんですけど、そんなに登録するところがあったんだ、って。


で、一番最初に登録されてた地点がさっき話した県道だったんですけど。


同じ⽇に、もう1件登録されてたんです。


はい、登録⽇が出るんですよ、メニュー画⾯に。で、その2つ⽬の登録地点を⾒たときに――何かいやだなって。


同僚から聞いた話に出てきた、捕まったっていうひき逃げ犯の⾃宅――


そこと近いな、って思ったんです。



なんとなく気になった樋川さんは、その住所を調べてみたという。結果は、やはりひき逃げ事件の犯⼈の⾃宅で間違いなかった。


つまり樋川さんの⾞の前のオーナーは――


ひき逃げ事件が起こった場所と、その犯⼈の⾃宅の場所、その2箇所を同じ⽇に登録していたことになる。


その時、たくさんある地点登録情報の事を思い出して――

背筋が冷えた気がしました、と樋川さんは暗い⾯持ちで呟いた。



他の登録箇所も、同じでした。ええ、1⽇に 2箇所ずつ登録されてたんです。登録の時期こそバラバラでしたが、2箇所で1セットなのは同じでした。


これがそのリストです、写真に撮ったものを書き写したものですが――


はい、最初に登録されている長森おさもり又平町またひらまち624番、それが例の県道の辺りです。その次の長森市倉永町くらながちょう日秀ひびり7623、それが犯⼈の住所でした。


その次に登録されてたのは零和4年3⽉18⽇です、登録地点は神倉かみくら羽狭はざま水切町みじきりまち11−2、はい、ええ、調べたら――今は空き地になってました。放⽕で全焼したそうです、そうです、登録⽇の3⽉18⽇に。


ネットで当時の報道内容を調べたら、放火犯は羽狭市水切町に在住の無職の男でした。


で、その⽇の2番⽬に登録された地点の住所は神倉県羽狭市水切町度会わたら21−8です。ええ、はい、地図で調べたら古いアパートでした。⼀致しているのは町名までですが、そこがおそらく放火犯の――


背筋を伸ばした樋川さんは、手にしたリストを差し出しながら言った。


⼀つお願いがあります。


私⼀⼈では、リストの住所で――ナビに登録された場所で何があったのかを調べる事が出来ません。時間的にも余裕が無くて。それに、2番⽬に登録された住所が、何かの事件の犯⼈の住所かどうかなんて判りません。


その住所にどんな家があるのか、はストリートビューでも調べられますが、そこの住⼈が何かの犯罪にかかわってたかどうかなんてなおさら――


それでお願いです、このリストに登録されている場所で何があったのか、調べてもらえませんか。考えたくはありませんが――同じ⽇に登録された1番⽬の場所で何かしらの事件が起こっているとしたら――


――2番⽬に登録されているのは、その事件の「犯⼈」の住所ということか。


⼿渡されたリストは数枚の紙だが――私の⼿の中で重さを増したような気がした。


4.


調査の結果を簡潔に記載すると――


少なくともリストにあった「1番⽬の住所」では何かしらの事件が発⽣していた。


事件の規模は様々で、ひき逃げ、接触事故からの逃走、路上強盗、傷害、そして――殺⼈事件も1件あった。


発⽣箇所は複数の県にまたがっており、最も遠い距離は県2つを隔てた海沿いの⼩さな町だった。そこで起こったのは――交差点での当て逃げだったという。


事件の重⼤性と、登録地点までの距離とに関連はなさそうであった。樋川さんの⾞の前オーナーは、可能な限りの範囲で事件の⾜跡を追い、そしてカーナビに登録していたのだろう。


もちろん、2番⽬に登録されていた住所の全てが犯⼈の住所と特定できたわけではない。


報道記録では住所の詳細までは記載されていないし、軽微な事件となるとそもそも報道されてさえいない。聞き込みで判ったのも事件発⽣の事実だけで――犯⼈の住所となると⾃然と住民の⼝も重くなる。

知り合いの警察関係者にそれとなく聞いてみたが――守秘義務もあって具体的に教えてもらうことは出来なかった。ただ――否定もされなかったことを考えると――


⼗中⼋九、「1番⽬の登録地点と2番⽬の登録地点」は、「事件の発⽣現場と、その事件の犯人の住所」と考えてよさそうだった。


問題の本質は――なぜそんなことをしていたのか、なのだが。


5.


取材対象者:樋川 友彦 ⽒(仮名)

取材⽇時:2025.12.6 PM1:48

取材場所:樋川氏居住のアパート

取材趣旨:取材対象者の⾞のカーナビに残された記録についての追加取材


◼️


やっぱり――そうでしたか。ああいや、⼤丈夫です、私も何となくそうだろうな、とは思ってましたから。ははは、覚悟ってほどじゃないですけどね。


それで、私の⽅でも調べてみたんです、ほかにカーナビに残ってる情報が無いかなって。


そしたら盲点でした、あの、「⾃宅に戻る」ってボタンがあったんです、はい、ナビの基本画⾯にあるもんですから逆に気づかなくて。

タップしたら出てきた住所は――ここでした。これ、ここが前のオーナーの住所だと思います。


日南川ひながわ月割つきわ毛塚もうづか9856――ええ、ここから2駅ほど離れた場所にあるマンションでした。購⼊するときに、前のオーナーさんの事を少し聞いたって話しましたよね、あの時、引っ越すことになったから⾞を売却された、ということを聞いた覚えがあります。そう、おそらくもうこのマンションには――住まわれてはいないでしょう。


それで、割と近いとこに住んでらっしゃったんだなあとか思って、で、ふと――


ここから――前のオーナーのご自宅から、最初にアラームが鳴った県道までどれくらい離れてるんだろって思ったんです。


ナビに⽬的地を⼊⼒すると、電⼦⾳声が教えてくれるでしょ、⽬的地までの距離と到着予想時刻を。推奨ルートと最短ルートは同じでした、ええ、16.9km、35分くらいの距離でした。

――はい、ほんとに何気なくだったんです、現場から犯⼈の住所までどれくらいの距離なんだろって。そこから⾃宅に帰ったとして、どれくらいの距離をこの登録作業のために走ったんだろって。


はい、はい、2番⽬の登録地点、つまり犯⼈の住所ですね、ひき逃げを起こした現場からそこまでの距離が1.9kmでした。

そこから⾃宅までにかかった時間は39分、距離は20.2kmでした。推奨ルートも最短ルートも、北回りか南回りかの違いで距離に⼤差はありません。


合計すると――⾃宅から事件現場まで16.9km、そこから犯⼈の住所までが1.9km、さらにそこから⾃宅まで20.2kmですから――ちょうど39km。


最初のきっかけになったひき逃げ事件の地点登録に、39kmの距離を要したわけです。

それで――それで私、あることを思いついて――


――樋川さんの表情が、少しだけこわばったように⾒えた。


次の⽇付の登録地点、これについても⼊⼒してみました。⾃宅から現場までは23.4km、犯⼈の住所までは5.2kmでした。そこから⾃宅までの距離は18.4km。


ええ、どれも最短ルートです、あとはもう、⾃分の思いつきが間違ってる事を願いながらルート検索を続けました。


最後のほうは――あの、「距離は何キロメートルです」っていう電⼦⾳声を聞くのが怖くなったくらいで。

はい、暗算は苦⼿なんで、スマホを電卓代わりに距離を合計していきました。


あれは――あの時の気持ちを、祈るような気持ち、って⾔うんですかね――


樋川さんの祈りは通じなかった。


全部の登録地点へ⾏って⾃宅に戻る経路の合計距離は――49,853km。


そうです、前のオーナーは新⾞で購⼊してますから、納⾞や売却時にかかった距離が数⼗キロはあったと仮定しても――


私があの車を購入した時の走行距離とほぼ同じでした。


はい、ええそうです、前のオーナーは、購⼊した⾞を、あの⾞を、



使



樋川さんの顔には、はっきりと恐怖の感情が浮かんでいた。


6.


カーナビの記録から、樋川さんの推測が正しいことは確実と言える。


前のオーナーの⼥性は、あの⾞を事件の記録を取るためだけに使っていたということだ。


何のためにそんな事をしていたのかは不明だが――


いや。


私は、そんなことよりももっと異常な事に気づいた。


顔を上げると、樋川さんと⽬が合った。

瞳に、怯えの⾊が混じっている。おそらく私も同じ⽬をしているのだろう。


お気づきになりました?


そうです、何のためにそんなことをしたのか、理由は分かりません。でも、何か理由があったんだろうと解釈することはできます。⼈知れない理由がおありだったのだ、と理解することはできます。


でも、不可能なんです、この⾛⾏距離で――最短距離で全ての現場を回ることができるはずがない。


いつ、どこで事件が起こるか、





私の気づいたことに、樋川さんも気づいていたようだ。


そう、そうでなければ、車に残っていた走行距離でルートを回ることは出来ないはずだ。


前もって事件の起こる場所へ⾏き、そこで事が起こるのを待つ。事件が起きたら、そのまま犯⼈の住む場所へと直⾏し、そのまま⾃宅へ帰る――そういう動きをしない限り、このナビの⾛⾏記録と前オーナーの⾏動は⼀致しないのだ。


もちろん、全て偶然であったと解釈できなくもない。外出先で偶然50件の事件に遭遇し場所を登録、そのまま逃⾛する犯⼈を追跡して、居所も登録して⾃宅へ帰るということも――


だが、それも無理だと気づく。調査の結果では、事故を起こした犯⼈がまっすぐ帰宅せず交際相⼿の家に向かった例もあるのだ。

前のオーナーは――


犯⼈よりも先にその⾃宅へ着いている。


これは――どう解釈すればいいのか。


ひき逃げに遭った被害者の怨念が呪いとなり、事故現場を通る⾞のカーナビを鳴らしている――そうであってくれた⽅が、余程すっきりする。解釈が出来る。

なのにこれは――


実は私、まだ⾔ってないことがあるんです。


暗い顔で私の調査記録を表⽰したタブレットを⾒つめながら、樋川さんはそう⾔った。


7.


最初にお会いしたとき、リストをお渡ししましたよね、はい、ナビに登録されていた場所のリストです、50件の地点が記載されてたと思うんですけど――


実はあと2件あったんです、ナビの登録地点。


ええ、画⾯の切り替えがもう⼀画⾯分あったんですね、最後の2件は――1年ほど前、私があの⾞を購⼊する少し前に登録されてました。

ええ、登録後すぐに売却されて、それを私が購⼊したのだと思います。


ええ、はい、⾏ってみました。日南川県月割市果南寺かなでら137−1、ここから5kmほど離れた県道215号沿いでした、そしたら――ありました。


はい、ひき逃げ事件の⽬撃情報を募る看板と――花束が。


ええ、看板に書いてあった事故の⽇付は、ナビに地点登録をした⽇でした、同じです、他の登録地点となにもかも。

違うのは――この事件が未解決だということだけです。


では――犯⼈は。

登録されている52件⽬の場所は――


座り直した樋川さんは、少しだけ前のめりになる。


俺――、俺、どうしたらいいんですかねえ――


恐怖と不安がない交ぜになったような顔でそう⾔いつのる樋川さんに、私は何と⾔えばよいか分からなかった。


カーナビの地点登録という情報だけで、警察が動いてくれるとは思えない。

どんな説明をすれば理解してもらえるかも分からない。


なにより――


俺、俺こわいんです、あのカーナビもですけど、これを、この事を警察に知らせたら――

ひき逃げのことを通報したら――





樋川さんは――今にも泣き出しそうな顔でそう⾔った。


8.


荒川日日新聞(2025.12.11 付け・地⽅⾯より抜粋)


零和6年9⽉14⽇に日南川県の県道215号線で発⽣したひき逃げ事件について、日南川県警は月割市在住の⾃称会社員・○○○○容疑者(三五)を救護義務違反などの疑いで逮捕した。


同県警によると、匿名の⽬撃情報を元に捜査を進めた結果、○○容疑者の特定・逮捕に至ったという。

なお、県警は「捜査に⽀障がある」として容疑者の認否を明らかにしていない。




(了)

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