第6話 鉄血の噂
――帝国軍、旗艦〈ハーケン〉艦橋。
星の光が、巨大なブリッジの天井をかすめる。
規則正しく並んだ艦橋クルーたちの動きは、一つの機械のようだった。
「報告。第七辺境防衛線、資源ステーション群で不審なセンサー反応」
オペレーターの声が響く。
「詳細を」
低く落ち着いた声が返る。
声の主は、艦橋中央に立つ男――ヴォルフガング=シュタウフェン。
銀髪に近い淡い金髪を短く刈り込み、深く落ち着いた青の瞳。
軍服は飾り気がなく、勲章も最低限だが、その佇まいだけで周囲を圧倒していた。
「小型艦多数の接近を確認。識別信号は未登録――おそらく自由圏の私掠艦と思われます」
「資源ステーションの防衛部隊は?」
「現地の報告によれば、対応中とのこと。ただし――」
オペレーターが言い淀む。
「ただし?」
「敵の戦術パターンに“規則性”が見られます。
無秩序な略奪というより、ステーション防衛ラインを意図的に崩す動きです」
「……ふむ」
シュタウフェンは顎に手を当てた。
自由圏の私掠艦は、たいてい烏合の衆だ。
だが、時折“頭の回る奴”が全体の指揮を執ると、途端に厄介な敵になる。
「第七防衛線の現地指揮官は?」
「バルター・ヘルツ少将です」
「連絡を回せ。状況報告と今後の対処案を送るように」
「はっ」
伝令が走る。
シュタウフェンは、天井越しに映る星々を見上げた。
十年前、アルメシアで“実験”が行われたときも、この艦のブリッジから惑星を眺めていた。
燃え上がる青。
崩れていく大気。
叫び声は何も聞こえず、ただデータだけが淡々と更新されていった。
「提督」
隣に立っていた副官が、小声で話しかけてきた。
「最近、第七防衛線付近の自由圏活動が活発化しているのは事実です。
必要とあらば、本艦隊も――」
「まだ動かない」
シュタウフェンは首を振った。
「今、我々が動けば、自由圏は“帝国が焦っている”と勘違いする。
それは避けたい」
「しかし、ヘルツ少将は……」
「ヘルツは、こういう“ちょっかい”を好機と見る男だ」
わずかに口元が歪む。
「連中の尻尾を掴み、自分の武勲に変えようとするだろう。
その程度の裁量は与えてある」
「……は。では、しばらく静観を?」
「ああ。よほどの異常がない限り、このままだ」
副官は深く頭を下げた。
シュタウフェンはふと、己の胸の奥に、微かなざわめきを感じた。
十年前、アルメシアの少年がどこかへ運び出されたという報告。
コロナ・アーク実験の唯一の生存者。
あのとき、報告書に載っていた名前を、彼は今でも覚えている。
――アレク・ラザレフ。
だが、彼は首を振り、その思考を打ち消した。
戦場に“亡霊”を持ち込むのは愚か者のすることだ。
必要なのは、数字と、戦力差と、敵の思考パターンのみ。
「我々の目の前に現れるのが誰であれ――」
シュタウフェンは、静かに呟いた。
「戦場に立つ者として測るだけだ」
次の更新予定
星海のラザレフ — 報復の航路にて Nebura_K @kkkhh
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