スキル選択と始まりの街

 暗い。


 だが、意識ははっきりとしていた。


 目を閉じているわけでも、眠っているわけでもない。

 ただ、視界だけが奪われている。


 かすかに音が聞こえる。

 とぎれとぎれで曲がわからないが、どこか懐かしい。


 ふと、なにかが手の中にあることに気づいた。


 ――この右手の形は、弓だ。

 幼少期に何度も注意された弓の持ち方はさすがに覚えている。


 ただ、この左手の感覚はレベックを持った時とは違う。


『――適合を確認しました』


 不意に、声が聞こえた。


 チュートリアルの音声とは少し違う。

 無機質だが、どこか懐かしい響きだ。


『ユニークイベントを開始します』


 次の瞬間、俺はチュートリアルの空間に戻っていた。



『次にスキルを選択してください』


 何事もなかったかのように淡々としたチュートリアル音声とともに、視界の中央に三つの空欄が表示された。


 ――初期取得可能スキル:3


 1つのウィンドウに、ずらりとスキルが並んでいる。

 武器スキルや魔法スキルも並んでいるが、演奏するときに両手がふさがる都合上、選ばない方がいいだろう。


 俺は少し考え、1つ目を選ぶ。


 《回避》


 スキルの説明文には「敵の攻撃を避けやすくなる」とだけ書かれている。

 接近戦に弱いからという理由もあるが、相手の攻撃が遠くまで届くこともあるだろう。そのときに攻撃に当たって、演奏中断なんて一番あってはならないことだ。


 2つ目。


 《口笛》


 スキルの説明文は「音によって敵の注意を引くことができる」となっているが、音に関係するスキルだから演奏家に関係しそうじゃないか。


 まあ、ほんとは面白半分だけどな。


 そして最後の1枠はしばらく考えた。


 ――《召喚術》


 モンスターや精霊を一時的に呼び出す――と説明にはある。

 ソロプレイヤーにとってはありがたいスキルなのだろう。


 俺はしばらく悩んでから、それを選んだ。


 選択を確定すると、3つのスキル枠が静かに光る。


『スキル設定を完了しました』


 続けて、別のウィンドウが表示された。


『キャラクターネームを設定してください』


 名前。


 ほんの少し考えてから、入力欄に文字を打ち込んだ。


 ――クレセント。


「これでいい」


『確認しました』


 次の瞬間、足元の白い床にひびが入る。


 光が割れ、世界が落ちていく感覚。


 浮遊感も、重力も、一瞬で消えた。


 視界が再び開いたとき、俺は石畳の上に立っていた。


 空は高く、淡い青。

 古い街並みが視界いっぱいに広がっている。


 次の瞬間、音が押し寄せてきた。


 人の声。

 足音。

 金属がぶつかる音。

 どこかで鳴る魔法の炸裂音。


 ――うるさい。


 石畳の広場には、数え切れないほどのプレイヤーがあふれていた。

 鎧姿の剣士、派手なローブをまとった魔法使い、弓を構えたまま周囲を見回す者。


 それぞれが、思い思いに動いている。


『始まりの街〈アンダンテ〉に到着しました』


 機械的な音声が、喧騒にかき消されそうになりながら響いた。


 どうやら、スポーン地点らしい。

 人が多いのも無理はない。


「うわ、マジ人多すぎ」

「第2陣、想像以上だな」


 周りの会話も現実と同じように聞こえてくる。


 俺は人の流れに押されるように、少しずつ広場の端へ移動した。

 レベックを背負っているせいか、何度か視線を向けられる。


「……楽器?」

「吟遊詩人か?」


 小さな声が、背後から聞こえた。


 聞こえないふりをして、歩き続ける。


 人混みを抜けた先は、少しだけ空気が軽くなった。

 露店が並び、NPCらしき人物が声を張り上げている。


 その脇を通り過ぎようとしたとき、耳に引っかかる会話があった。


「演奏家、やばくね?」

「操作難しすぎる」


 若い男の声だ。


「音外したら普通に効果弱まるし」

「敵の攻撃来てるのに演奏止めたら効果無くなるしな」


 もう1人が、ため息混じりに続ける。


「条件満たしたらスキルゲットできるみたいだけど、俺が選んだスキルの条件簡単だったんだよな。難しいスキル選んどけばなあ」


 文句は、すぐに別の話題に流れていった。


 俺は足を止めることなく、その場を離れる。


 街の中央から離れるにつれ、人の数は少しずつ減っていった。

 喧騒も、背後に遠ざかっていく。


 やがて、街の外れに近づく。


 石畳はところどころ欠け、建物も古くなっていた。

 誰も来ない裏通り、といった雰囲気だ。


 その先に、それはあった。


 高い天井を持つ、古い建物。

 尖った屋根と、色あせたステンドグラス。


 ――教会?なのだろうか。


 周囲には、他のプレイヤーは1人もいない。

 不自然なほど人の気配すら感じられなかった。


 さっきまであれほど騒がしかったのに、ここだけが妙に静かだった。


 風は吹いているはずなのに、音がない。

 街の喧騒も、もう聞こえなかった。


 俺は、自然とその建物の前に立っていた。


 なぜここまで来たのか、理由ははっきりしない。

 ただ、足が向いた。


 ――中に、何かがある。


 根拠はない。

 だが、そう思った。


 俺は、ゆっくりと扉に手をかけた。

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血乱れの狂奏曲 ヴィラ・トイフェル @villa_teufel

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