ようこそ、≪Infinite Ravel Online≫へ

 表示されていたタイトルが消え、視界が暗くなる。

 先ほどまで鳴っていた音楽も消え、完全な静寂だった。


 その静寂の中、不意に音が聞こえた気がした。


 かすかな弦の振動音。


「……」


 次の瞬間、視界が開く。


 真っ白の空間。足元はどこまでも平坦で、壁や天井はないようにみえる。

 同時に、機械的な音声が響いた。


『ようこそ、≪Infinite Ravel Online≫へ』


 おそらくチュートリアルのAIの声だ。


『これより、キャラクターの初期設定を開始します』


 その声と同時に目の前にウィンドウが開く。

 ウィンドウには自分そっくりのキャラクターが表示されている。


 自分そっくりのキャラクターを使うのはプライバシー的にどうかと思うので少しいじることにした。


「これでよし」


 髪の毛を白にするだけで意外と似ても似つかないもんだったが、少し中性的な顔つきになるように顔の輪郭を調整した。


 次の項目を見ると種族選択だ。

 こんなの別に人間でいいだろう。わざわざ変えようとは思わない。


 最後はジョブ選択らしい。

 項目を選択したら細く、とても長いウィンドウが開き、横にいろいろな武器が出現した。


 細長いウィンドウにはたくさんのジョブが並んでいる。


 剣士。

 魔法使い。

 斥候。

 弓士。


 どれにも、心は動かなかった。


 ウィンドウのかなり下の方で少しだけ視線が止まった。


 【演奏家】

 戦闘能力:低

 支援能力:高

 推奨プレイ:後方支援


 パーティ用の支援職で前線には出れないだろうが、横の武器から演奏家の武器を探す。


「絶対これだ……」


 さまざまな武器が並んでいる中で俺は楽器を3つも見つけた。


 簡易レベック。

 木製フルート。

 小型ハープ。


 レベックはヴァイオリンの先祖と言われている弓奏楽器きゅうそうがっきだ。

 ヴァイオリンを習い始めたときに触ったことがある。


 俺は簡易レベックを手に取ってみる。



 ――手が動く、左手が迷いなく弦を力強く抑えた。


「……これでいい」


『ジョブ:演奏家を選択しました』


『初期装備を〈簡易レベック〉に設定しますか?』


 俺がウィンドウで決定するとウィンドウが閉じ、武器はレベックを残してすべて消えた。


『正面の人形に向けて演奏をしてください』


 音声と同時に目の前に左右に歩く人形と光の粒子でできた楽譜が出現した。


 特段難しいものでもない。楽器を習い始めたばかりの自分でもできるはずのものだ。


 ――左手が動く今の俺ならできるはずだ。


 俺は左手を動かし、弦を鳴らした。


 1音目。


 2音目。

 3音目。


 不思議なほど、迷いがなかった。

 粒子でできた楽譜越しに先ほどまで歩いていた人形が静止しているのが見えた。


 最後の1音。


 完璧だ。


 弾いたことのない初めての曲、難易度はとてもやさしい楽譜だったが、自分にとっては最高の音のように思えた。


 ――『警告』


「は?」


『演奏精度が上限を超過しました』


「おい!」


 問いただす間もなく、視界が暗転する。


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