第3話

桜台警察署

そうデカデカと書かれた門を通ると、まぁまぁ大きな古びれた建物に入る。中は外から見て取れるようになかなかの年季を感じさせる。ビニール製の黒ずんだ床と黄ばんだ壁紙、恐らく数十年前から張ってあるだろう薬物禁止のポスター。古い役所ってのはどこも似たようなもんだなんて考えながら俺たちは2階にある一室へと通された。


「君たちどこから来たの」

着席すると警官はまずそう聞いてきた。

「ミネソタですアメリカの」

国際関係が大きく異なっている可能性を鑑みてそう答えた。

「親は」

「死にました」

警官は少し申し訳なさそうな目を向けたがすぐにもとの鋭い目つきに戻り問に戻る。

「どうやってここに」

「仕事と平和な生活が欲しくて そういった仕事をしている知り合いに頼みました もちろんダメだってことはわかってるけど」

と隣りに座るエリを気にする素振りを見せる。エリは退屈そうに窓の外を眺めていた。状況わかってんのかこいつ。

「そうか」

そう言うと警官は少し間を置いて

「初めに言っておきたいのは、こちらとしても君たちを送り返したり、捕まえたりしたいわけではない この都市でそんなことをしていたらキリがないからね 君たち年齢はいくつだい?」

「19」

「17です」

俺たちは交互に答える。

「そうか 十八歳以下なら簡単な検査と思想テストをパスできれば仮の身分を与えることができるお兄ちゃんの方も働き口が見つかり安定した収入があればヤマトでの戸籍を習得できるはずだ」

「ホントですか」

驚きと喜びを込めてそう言った。半分は本心から出たものだった。

だがその可能性も考慮していたのだ、首都を変えざるを得ないほどの出来事が起きている。恐らくは戦争かそれに準ずる何か。ならば難民や移民の処理に労力を割いては居られない。こちらはまだ子供だしそこまでひどい扱いは受けないだろうとタカを括っていた部分もあると思う。それでも、想定外だったことが二つ。一つ目はあまりにも待遇が良すぎること。強制送還される前にすきを見て逃げ出そうなんて考えていたのだが、仮の身分を即時発行なんてあまりにも無防備すぎる。そしてもう一つがここまで来るまでの道中含め平和すぎるのだ。それだけの特例を作らざるを得ない状況にしてはあまりにものどかな場所だった。そのアンバランスはこの新首都の誕生の理由と大きくかかわっているのだろう。

その後俺達二人は簡単なテストを受けることになった。まず初めに指先に検査キットを当てられて軽く挟み込む。何が起こったのかわからないうちに検査は終了した。痕跡を残すことがどれだけのリスクかは百も承知だったが、戸籍の獲得は必ずそれを上回るリターンになるはず。

その後、一人ずつ心理検査のため隣の部屋に入るよう促された。

心理検査、そんなもので身分証を与えてもいいものかなんて考えていたのだが、そんな疑問もすぐになくなることになる。部屋には白い機械が置かれている。

さびれた建物の中には似つかわしくないその綺麗な白の四角い筐体は美しい曲線を描き、こちら側をその中にポツンと埋まる機械仕掛けの目からうかがっていた。俺が座った反対側にはモニターが取り付けられており、何かをそこで確認できるようだった。

「このカメラ見て簡単な質問に答えてもらうだけだから」

警官はそう告げる。

質問に対する変化を捉えるための機会だろう。恐らく俺が制御できる反応ではない。ここは誠実に答えるようにしよう。

「名前と年齢は?」

「クランベルフォード 19歳」

「じゃあ、今一番欲しいものは」

「安全な家、それとゆっくりできる時間ですかね」

「では、今まででした一番の後悔は」

「それは、」

少し言葉に詰まる。

「人を殺したことです。」

今度は警官が言葉に詰まる。怪訝な顔をしてしばらくの沈黙の後

「どうして?」

「生きるために」

「そうか」

何かを察したように警官は言う。余計なことは言わない方がいいかもしれない。いい感じに勘違いしてくれればいいのだけれど。

「詳しく聞いてもいいかな」

「構いませんちゃんと答えられるかわかりませんけど」

「それでいいよ ゆっくりでいいから正直に答えてほしい もちろん答えたくないことは、」

「いえ 必要なことだと思いますから」

そういうとまっすぐに目を見る。

「どう思った 殺した時と殺した後で」

「どっちも最悪な気分でした その後それに段々慣れていっているのに気づいてそんな自分に対しても心底吐き気を催しました」

慎重に自身の記憶を辿りながらそう答える。かつて感じていた自分の気持ちを。

「悪いな、こんなことしたくてこの仕事をしてるんじゃないのにな

子供相手にこんな事、バカげてる」

そう吐きつけるように、か細く誰に言うでもなく放たれたそんな言葉を俺は聞いた。

「質問は終わりだ」

「終わり?」

意外だった。もう少し厳しい質問を想定していたのだが。

「君の前にあるこの検査機。先ほどからこれで君の心理を分析してる。さっきの質問に対する答えとそれに対する心理の変化、それを分析した結果君は人を傷つけるような人ではない。少なくとも意図的にはね。」

「それは、まだ俺も人間らしい部分が残っているんですかね」

「少なくともこいつはそう判断したし、俺もそう思う。少し質問しただけだがね。あの戦争は今を生きる我々大人の責任だ。君にその一端を背負わせてしまったことここで謝罪させてほしい。」

「その謝罪は受け取れません。すべては自分で選択したことですから。」というか俺のは別件だし。

「そうか」警官はそう呟くと外で待つエリを呼ぶように促した。

「そうだ エリ、あいつ妄想を自分の記憶だと思い込んでる節があるんです。ショックが大きいことが多かったから。」

「わかった。考慮しよう。」

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