第2話 覚醒スキル『万能クラフター』~荒野にマイホームを建てよう

 チュンチュン、と小鳥のさえずりで目が覚める……なんてことはない。ここは荒野だ。風が荒涼とした大地を吹き抜ける、ヒュオオオという音が遠くで聞こえるだけだ。

 だが、俺の耳に届くその音は、分厚い壁と二重窓に遮断され、心地よい環境音程度に収まっていた。


「……ふわぁ、よく寝た」


 俺は大きく伸びをして、ベッドから身を起こした。

 体の節々が軽い。

 勇者パーティにいた頃は、ゴツゴツした地面の上に薄いマットを敷いて寝るのが常だったし、夜番で見張りもさせられていたから、慢性的な睡眠不足と腰痛に悩まされていた。

 それがどうだ。このベッド、最高級の羽毛布団よりも柔らかく、それでいて適度な反発力で体を支えてくれる。

 一晩で体力が全回復した気分だ。


「夢じゃないよな」


 俺は部屋を見回した。

 木目の美しいフローリング、暖炉、清潔なシーツ。

 昨夜、俺のスキル『万能クラフター』が作り出したログハウスだ。


 俺はベッドを出て、まずは家の機能を確認することにした。

 キッチンへ向かう。蛇口をひねると、透き通った水が勢いよく流れ出した。

 コップに汲んで飲んでみる。


「うまっ!?」


 冷たくて、ほんのり甘みすら感じる。王都の水道水なんか目じゃない。

 鑑定してみるか。


【天然湧水の浄化水】

 品質:S

 効果:疲労回復(小)、魔力回復(小)、デトックス効果


「水だけでポーション並みの効果があるのかよ……」


 どうやらこの家、地下深層の水脈から直接水を汲み上げ、魔力フィルターでろ過するシステムが組み込まれているらしい。配管も見当たらないのに、魔法のような仕組みだ。

 次にコンロ。つまみを回すと、カチッという音と共に青白い炎が灯った。火魔法石を触媒にした魔導コンロだ。これも燃料補給なしで半永久的に使える仕様になっている。


 トイレも水洗式で、ウォシュレット的な機能まで完備されていた。汚物は自動的に分解され、土へ還るバイオトイレの超高性能版だ。

 これなら、現代日本での暮らしよりも快適かもしれない。


「さて、と」


 一通りの設備確認を終え、俺はリビングの窓から外を眺めた。

 そこには変わらず、赤茶けた荒野が広がっている。

 家の中は天国だが、一歩外に出ればそこは魔物の徘徊する危険地帯だ。


「まずは現状把握と、生活基盤の確保だな」


 俺はリビングのテーブルに、かつて作成した周辺地図を広げた。

 ここは王都から北へ遠く離れた未開拓領域。

 一番近い人間の集落まで徒歩で二日。行商人も滅多に来ない。

 つまり、食料や日用品は自給自足しなければならないということだ。


 手持ちの食料は、勇者パーティを追い出された時に持っていた携帯食料が三日分ほど。

 水はこの家のおかげで無限にある。

 問題は食材だ。


「狩りをするにも、俺には戦闘力がないしなぁ」


 俺のステータスは一般人より毛が生えた程度。レベルも20で頭打ちだ。

 ここで、進化したスキル『万能クラフター』を詳しく検証してみる必要がある。


 俺は外に出た。

 乾いた風が頬を打つ。

 足元には大小様々な石が転がっている。


「まずは、こいつで試してみるか」


 手頃な石を拾い上げる。

 頭の中でイメージする。投げるのに適した形、滑らかな表面、そして硬度。

 スキル発動。


『万能クラフター、起動。素材:石ころ。生成対象:投石用のつぶて』


 カッ、と手の中が光る。

 次の瞬間、俺の手には真ん丸に加工された、黒光りする石玉が握られていた。


【必中の石つぶて】

 品質:A

 効果:投擲補正(大)、威力強化(中)、自動帰還機能


「……自動帰還?」


 半信半疑で、適当な岩に向かって投げてみた。

 ヒュンッ!

 俺の貧弱な腕力とは思えない速度で石がカッ飛び、岩に直撃した。

 バガンッ!!

 岩が粉々に砕け散る。

 そして、投げた石はブーメランのように弧を描いて手元に戻ってきた。


「うわ、危なっ! ……でも、すげぇ」


 ただの石ころが、凶器に変わった。

 これなら身を守るくらいはできるかもしれない。


 さらに実験を続ける。

 そこら辺の枯れ木を拾ってイメージする。


『生成対象:木の椅子』


 ボンッ!

 一瞬で、ニスが塗られたような艶のあるロッキングチェアが出現した。

 座ってみると、ギシとも言わない頑丈さだ。


 なるほど、わかってきたぞ。

 『万能クラフター』の発動条件は以下の通りだ。


 1.素材が必要(無からは作れない)。

 2.明確なイメージが必要。

 3.魔力を消費する(ただし、今のところ枯渇する気配はない)。

 4.出来上がったものには、俺の意図を汲んだプラスアルファの補正が付く。


 特に4番目が重要だ。

 俺が「丈夫な家」と願えば「耐久度無限」になり、「投げる石」と思えば「自動追尾・高威力」になる。

 俺の願望を、スキルが過剰なまでに叶えてくれるのだ。


「これなら、いける」


 俺は確信した。

 この荒野を開拓し、俺だけの楽園を作ることができると。


 グゥ~……。

 腹の虫が鳴いた。

 そういえば朝飯がまだだった。

 携帯食料の干し肉をかじるのも味気ない。

 せっかくキッチンがあるのだから、何かまともな料理が作りたい。


「肉、欲しいな」


 そう呟いた時だった。

 ドドドドド……

 地響きと共に、砂煙が近づいてくるのが見えた。

 俺は目を細める。


「……あれは、ワイルドボア?」


 全長三メートルはある巨大な猪だ。

 荒野に生息する魔物で、突進力は岩をも砕く。

 普通ならCランクパーティが四人がかりで挑む相手だ。

 それが一直線に、俺のログハウスに向かって突っ込んでくる。


「おいおい、新築のマイホームに何してくれようとしてんだ!」


 逃げるか? いや、逃げたら家が壊されるかもしれない。

 耐久度無限とはなっているが、試したくはない。

 戦うか? あの石つぶてで? いや、相手がデカすぎる。一撃で仕留め損なったら轢き殺される。


 なら、どうする。

 俺は『万能クラフター』だ。

 戦うのではなく、作ればいい。

 俺の足元は土だ。大量の土と岩がある。


「来い……!」


 俺は地面に手をついた。

 イメージしろ。

 あの猪を無力化し、かつ食材として美味しくいただくための罠を。

 深く、鋭く、逃れられない檻を。


『万能クラフター、起動。素材:大地。生成対象:自動拘束式落とし穴』


 ズズズズズッ!

 家の前方、ワイルドボアの進路上で地面が液状化したように波打った。

 何も知らない猪は、そのままその場所へ足を踏み入れる。


 ガコンッ!

 地面がパックリと口を開けた。

 ワイルドボアの巨体が宙に浮く。

「ブゴオオオッ!?」

 驚愕の悲鳴と共に、猪は深さ五メートルの穴へと落下した。


 だが、ただの穴ではない。

 底からは粘着質の泥が湧き出し、猪の足を絡め取る。

 さらに壁面からは石のスパイクが飛び出し、猪の動きを完全に封じた。


「よし、捕獲完了!」


 俺は穴の縁から下を覗き込む。

 ワイルドボアは泥にハマって身動きが取れず、フゴフゴと鼻を鳴らしている。

 傷は浅い。食材としての鮮度は抜群だ。


「悪いな、俺の朝飯になってくれ」


 俺は先ほど作った『必中の石つぶて』を構え、猪の眉間を狙って投げた。

 ドスッ!

 硬質な音が響き、ワイルドボアは一撃で絶命した。苦しませずに逝かせるのも、元解体係としての慈悲だ。


 さて、ここからが本番だ。

 五メートルの穴から巨大な猪を引き上げるのは骨が折れる……なんてことはない。

 俺は再び地面に手を触れる。


『地形操作:隆起』


 穴の底がエレベーターのようにせり上がり、猪の死体を地上へと運び出した。

 解体作業だ。

 俺は腰のベルトポーチから、愛用の解体ナイフを取り出した。

 勇者パーティ時代、何千体もの魔物を解体してきた相棒だ。刃こぼれもひどいが、これしかな……。


「いや、これも作り直せばいいのか」


 俺はナイフを握りしめ、スキルを発動させる。

 素材はボロボロのナイフと、近くにあった硬そうな黒曜石。


『生成対象:極上の解体ナイフ』


 光が収まると、俺の手には黒く輝く鋭利なナイフがあった。


【解体用黒曜短剣】

 品質:S

 効果:切れ味抜群、肉質劣化防止、自動解体補助


 試しに猪の皮に刃を当ててみる。

 スゥーッ……。

 豆腐でも切るような感覚で、分厚い皮が裂けた。

 さらに『自動解体補助』の効果なのか、ナイフが勝手に動くように筋肉の繊維に沿って進んでいく。

 血抜きも一瞬で終わり、肉、皮、骨、牙、内臓がきれいに分類されていく。

 三十分もかからずに、巨大なワイルドボアが精肉の山へと変わった。


「すげぇ……前なら二時間はかかってた作業だぞ」


 俺は極上のロース肉を持って、家へと戻った。

 キッチンに立ち、肉を厚切りにする。

 フライパンを熱し、猪の脂を引く。

 ジュワァアアア!

 肉を投入すると、食欲をそそる香ばしい音と匂いが充満した。

 塩コショウ(これも以前採取した岩塩と香草で作ったものだ)だけで味付けをし、表面をカリッと、中はジューシーに焼き上げる。


 皿に盛り付け、テーブルへ。

 ナイフを入れると、肉汁が溢れ出した。

 一口食べる。


「……んんんっ!」


 思わず声が漏れた。

 美味い。美味すぎる。

 ワイルドボアの肉は臭みが強いはずだが、解体ナイフの効果か、それともキッチンの魔力調理効果か、臭みなど微塵もない。

 濃厚な旨味と甘味のある脂が口の中でとろける。

 これまでの人生で食べたどの肉料理よりも美味かった。


「はぁ、幸せだ……」


 俺は心からの充足感を噛み締めた。

 誰に急かされることもない。誰に文句を言われることもない。

 自分で狩り、自分で作り、自分で食べる。

 当たり前のことなのに、それがこんなにも贅沢で楽しいなんて。


 完食し、満腹になった俺は、食後のコーヒー(代用植物の根を焙煎したもの)を飲みながら、今後の計画を練ることにした。


「食料は確保できた。水もある。家も最高だ」


 だが、これで終わりじゃない。

 家の周りはまだ殺風景な荒野だ。

 ワイルドボアのような魔物がいつまた来るかわからない。

 もっと安全を確保するために、家の周囲を囲む『防壁』が必要だ。

 それに、毎回狩りをするのも面倒だから、野菜を育てる『畑』も欲しい。

 風呂も今はシャワーだけだが、日本人の魂として『露天風呂』は外せない。


 夢は広がるばかりだ。

 素材さえあれば、なんだって作れる。


「そういえば、荷物の中に何か使えそうな素材はないかな」


 俺は勇者パーティ時代に使っていたマジックバッグ(容量の小さい中古品)の中身を床にぶちまけた。

 出てきたのは、旅の道具や着替え、そして解体作業で出た「廃棄予定」の素材くずたちだ。

 ファルコンたちが「インベントリがいっぱいだから捨てろ」と言ったものを、貧乏性の俺がこっそり拾っておいたものだ。


 折れたミスリルの剣先。

 ヒヒイロカネの欠片。

 ドラゴンの鱗が一枚。

 古代樹の枝。


「……これ、普通に国宝級の素材だよな」


 彼らにとってはゴミでも、俺にとっては宝の山だ。

 特にこのミスリルの欠片。

 これを使えば、ただの石つぶてやナイフじゃなく、もっと本格的な『武器』が作れるんじゃないか?


 俺は戦闘職じゃない。剣術なんて素人だ。

 でも、俺が振るうだけで最強の威力を発揮するような、そんな都合のいい武器が作れたら……。

 あるいは、飾っておくだけでもカッコイイ魔剣とか。


「……やってみるか」


 俺のクラフター魂に火がついた。

 せっかくの自由時間だ。誰に遠慮することもない。

 最高の素材で、最高の一振りを打ってやろうじゃないか。


 俺はミスリルの欠片とドラゴンの鱗を手に取った。

 イメージするのは、神話に出てくるような伝説の剣。


「よし、『万能クラフター』……本気モードでいくぞ」


 俺の家が、工房へと変わる瞬間だった。

 この時の俺はまだ知らなかった。

 ほんの出来心で作ったその剣が、後に世界を震撼させることになるなんて。


 一方その頃。

 荒野の入り口付近で、一人の少女が力尽きて倒れようとしていた。

 長い金髪に、尖った耳。

 ボロボロのドレスを纏ったその姿は、紛れもなくエルフだった。


「だ、誰か……助け……て……」


 彼女が伸ばした手の先には、遠く蜃気楼のように揺らぐ、カイトのログハウスから立ち上る煙が見えていた。

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2025年12月13日 17:00
2025年12月14日 17:00
2025年12月15日 17:00

勇者パーティを追放された器用貧乏、実は神域の『万能クラフター』でした~荒野を最高拠点の温泉街に作り変えて、美女たちと極上のスローライフを楽しみます(勇者たちは装備が壊れて詰んでいるようですが?)~ @tamacco

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