第2話 スキル【商会経営】発動!売上が見える世界

夜が明ける頃、まだ薄暗い空の下で俺は帳簿を開いていた。

アルメル商店の在庫、仕入れルート、得意客のリスト、そして負債の詳細。どれも紙の端が擦り切れ、色まで黄ばんでいる。

内容をひと目見ただけで、どこが原因かわかってしまった。仕入れ高が高すぎるのだ。相場の二倍近い。これではどれだけ売っても赤字になるに決まっている。


「つまり、仕入れ先に搾取されてたってことか……」


独りごちて、スキル画面を開く。

昨日発動した【商会経営】。まるで経営分析ツールのようなスキル。

意識を向けると、紙の帳簿が半透明のデータシートに切り替わり、数字の流れが立体的に浮かぶ。


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【アルメル商店 データ解析】

資産:銅貨54枚

負債:銅貨800枚

在庫査定額:銅貨130枚相当

1日の平均取引:顧客3人、平均売上 銅貨5枚

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「売上小さっ……」

その額にため息が出る。だが、逆に言えば改善の余地が山ほどあるということでもある。


古びた棚に並ぶ商品のうち、利益を出せるのは昨日修理した魔道具ランプ。それ1つで20枚の価値。

もし同じ品を5つ出荷できれば、この赤字商店は一気に黒字へ転じる。


――だが、素材がない。

修復に使う魔力糸は、普通に仕入れると1本銅貨3枚。とても採算が合わない。


「仕入れを変えるか。市場分析、っと」


そう呟くと、視界が再び変わる。街全体の簡略地図と共に、各商会の利益率や仕入れ価格がグラフとして表示された。

これが【商会経営】の本領か。完全に異世界版ERPだ。


「こりゃ便利だな……いや、便利どころじゃない。ズルいだろ、これ」


市場図を見ると、街の南側の露店街に「孤独な仕入れ商人」として登録された人物が一人いた。魔道具の材料を卸しているらしい。仕入れ価格はなんと半値。


「ここだな」


朝食のパンをかじりながら外に出る。

通りは朝露に濡れ、石畳を伝う光が鈍くきらめいていた。

昨日までただの「異世界転生だ」と浮かれていた感情はもうない。今はただ一つ、この世界の経済構造を読み解く興奮だけが胸を満たしていた。


露店街は活気づいていた。獣皮、手作りパン、魔石、酒樽。

商人たちの威勢のいい声が飛び交う中で、俺は“仕入れ商人”を見つけた。

肩まである黒髪を無造作に結い、汚れた外套を羽織る中年男。前にはボロ布に包まれた魔力糸の束が並ぶ。


「おっちゃん、これ、魔力糸か?」

「そうだが……坊主、あんた商人か?」


「ああ。アルメル商店の……まあ、新入りの店主だ」


名を出すと同時に、男の目がわずかに驚きに揺れた。

「倒産寸前のあそこが? まさかまだやってたとはな」


皮肉を感じる言い方だったが、俺は笑って受け流した。

「この糸、仕入れ値いくらだ?」

「普通なら一本三枚だが、今は在庫処分中で二枚だな」


スキルの視界に、相手の『交渉余地:20%』と浮かぶ。

俺はすかさず言葉を返した。


「たしかに安い。でも、俺が5束まとめ買いするなら? 一本あたり1枚5分(銅貨1枚+1/2)にならないか?」


男は笑い、肩をすくめた。

「若造のくせに口が回るな。よし、試しにその値でいい。どうせ売れ残ってた分だ」


【交渉成功】の文字が浮かぶ。

仕入れを終えると、修理用の他の素材も少し揃えた。これで昨日のランプをさらにいくつも修復できる。


帰り道、俺は通りに並ぶ他店の看板を眺めながら考えていた。

どの店も似たり寄ったりの品を並べている。品質も価格もほぼ同じ。つまり、差別化のない市場だ。

「だったら、差をつけてやればいい。新品じゃない。再生魔道具——これをブランドにする」


アルメル商店の看板をくぐり、工房に戻る。

昨日のランプと同型のものがまだ3つ残っていた。

スキル画面で修理手順を確認しながら、一つずつ修理を進めていく。


ひびを埋め、魔力の流路をつなぎ、最後に薄く磨く。

光が点いた瞬間、システムメッセージが表示された。


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修復成功!

【修復魔道具(中)】を新たに登録。

品質ランク:C

推定販売価格:銅貨35枚

顧客評価補正+3%

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「よし、商機だ」


次にやるべきは売り方の設計だ。

いくら品質が良くても、通りの片隅に置くだけでは誰の目にも留まらない。

俺は戸口を開け放ち、外に簡易看板を立てた。

手描きで「修理魔道具の再販売、始めました」と書く。


夕方には、通りを歩いていた中年の女性客が興味深そうに店内に足を踏み入れてきた。

「おや、このランプ……明るいのに眩しくないわねえ。これが修理品?」

「はい。新製品よりも長持ちします。しかも価格は半分」


会話中、スキルが自動で起動していた。視界の端に、彼女の購買意欲がバーの形で表示される。

65%、72%、89%――

「おまけに、この型はもう製造されていません。デザインも珍しいですよ」

ピコン、と音が鳴り、購買意欲が100%に到達。


「じゃあ、ひとつもらうわ」


「ありがとうございます!」


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売上:銅貨35枚

今日の累計売上:銅貨60枚

収支状況:黒字化達成

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数字が弾けるように切り替わる。

体の奥で熱が広がる感覚。

ああ、この感覚を久しく忘れていた。結果が、数字で、即座に返ってくる。


その夜、アルメルさんが戻ってきた。

店先の灯りと、小さなレジ箱の中に積まれた銅貨を見て、驚いた顔をする。


「これは……売れたの?」

「はい。黒字です。今日から利益が出始めました」

彼女の目が潤んだ気がした。

「本当に、できるんだね……この店を立て直すことが」


俺は微笑んでうなずいた。

「まだ始まったばかりです。でも、この店を“街一番の商会”にしてみせます」


その夜、帳簿を閉じる前にふとスキル画面を開くと、新しい通知が表示されていた。


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サブスキル解放条件達成

【顧客傾向分析Lv1】開放

次段階条件:累計売上100枚

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顧客傾向分析。つまりターゲット層の判定ができる機能だろう。

まるで現実のマーケティングツールだ。

数字で店舗を分析し、顧客を掴み、商品を改良し、利益を最大化する。

この世界の商売に“見える化”を持ち込めば、俺の独壇場になる。


だが楽観はできない。

翌朝、再び開いたスキル画面の隅に、新しい項目が浮かんでいた。


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競合商会の動向:デュフォート商会

市場支配率:72% → 74%

行動予測:価格引き下げキャンペーン準備中

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「……本気を出してきたな」


強大なライバルが市場を完全に支配する前に、こちらは販売網を拡張しなければならない。

商品の修復だけでなく、仕入れ、販売、交渉、流通、あらゆる要素を一人で回す必要がある。


だが、不思議と不安はなかった。数字が敵ではない。むしろ道標だ。

この世界の経済構造を、俺の手で塗り替える。


アルメル商店そのものを、この街の“経済心臓”にしてやる。


そして俺は次の分析画面を開いた。

そこに表示されたのは、街の外――隣国との交易ルート。

見た瞬間、心が高鳴る。


「そうか……市場は、この街だけじゃない」


異世界に転生した商人・ハル。

今日の黒字は、世界を動かすための最初の小さな利益に過ぎなかった。

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次の更新予定

2025年12月13日 18:00
2025年12月14日 18:00
2025年12月15日 18:00

【商会経営】スキルで異世界を支配します ~倒産寸前の雑貨屋を引き継いだら、魔道具革命が起きて王国経済の舵を握っていた件~ @tamacco

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