【商会経営】スキルで異世界を支配します ~倒産寸前の雑貨屋を引き継いだら、魔道具革命が起きて王国経済の舵を握っていた件~

@tamacco

第1話 転生先は倒産寸前の雑貨屋でした

雨の音がやけに近くで聞こえる。頭の奥がずきんと痛み、重たいまぶたをゆっくり持ち上げると、そこは見知らぬ木造の天井だった。

乾いた木の匂い、漂うスープのような香ばしさ、そして何より、聞こえてくるのは見慣れない言葉じゃない。

……いや、聞き取れる。俺の頭の中に自動で翻訳が走っている感じだ。


「気がついたかい?」


視線を横にやると、白髪交じりの女性が湯気の立つスープ皿を持って立っていた。布のエプロンに土埃。

どう見ても「ファンタジーの世界の店主」そのものだ。


「ここは……?」


「アルメル商店だよ。あんた、店の裏口で倒れてたんだよ。雨に打たれてね、まるで死人みたいに冷たかった」


……店の裏口? アルメル商店?

胸の中で何かがざわつく。俺、たしかにさっきまで会社にいたはずだ。突然の倒産。上司の怒鳴り声。机に突っ伏したまま——


え。まさか?


体を起こすと、目の前に青い視界が広がった。半透明の文字が空中に浮かんでいる。


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ステータス表示

名前:ハル・ナガセ

年齢:18

称号:【転生者】

職業:商人(見習い)

スキル:【商会経営】【価格鑑定Lv1】【交渉補正Lv1】

資産:銅貨54枚

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「……マジか。異世界転生……本当に?」


思わず声が漏れる。だが状況が冗談でないのは、胸ポケットに入っていたはずのスマホもICカードも消え、かわりに薄汚れた羊皮紙の帳簿が入っていることが証明していた。


「助けてくれてありがとうございます。ところで、この店……ここ、あんまりお客さんいませんね?」


俺が周囲を見回すと、女性は困ったように笑った。棚の上には埃をかぶった薬草瓶や割れかけの魔石ランプ。品物のほとんどが古ぼけていて、売れる気配がしない。


「そりゃあね、商売なんてできやしないさ。仕入れ値が上がって、売っても赤字。夫が病気してからずっとこのざまさ。もう明日にも閉めるつもりだよ」


胸がざわついた。

倒産。あの言葉は、ほんの数時間前(体感では確かにそうだ)に会社で聞いたばかりだ。まさか転生先でも倒産寸前とは。

だが、同時に、俺のスキル欄の「商会経営」という文字が気になった。


「すみません。この店……俺が手伝えば、少しは立て直せるかもしれません」


「え?」


「少しだけ時間をください。経営を見直せば、きっと黒字化できるはずです」


半分は衝動だった。けれどスキルを確かめたい気持ちもあった。

意識を集中すると、視界が切り替わる。


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店舗経営モード【アルメル商店】

来客率:5%

顧客信用度:D

在庫回転率:2%

負債:銅貨800枚

収支バランス:赤字(毎週マイナス12枚)

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うわ、数字で出た。完全にゲームのシミュレーション画面みたいだ。

思わず息をのむ。これが……スキル【商会経営】か。


試しに在庫一覧を開く。アイテムごとに仕入れ値と現在市場価格まで見える。

薬草の仕入れ値は銅貨3枚、でも市場価格は2枚。完全に赤字。しかもこの街の薬草は供給過多。

代わりに目についたのは、妙に安い値で放置されている“欠けた魔石ランプ”。修復できれば一個銅貨20枚で売れる代物だ。


ふと、もう一つのスキル【価格鑑定】に意識を向ける。すると視界の中に微かな光が走り、ランプから淡い文字が浮かび上がった。


「修復可能。必要素材:魔力糸×1、修復コスト:銅貨1枚」


「……これ、直せる」


「な、何を言ってるの?」と女性――この店の店主が問い返す。


「このランプ、ほんの少し手を入れれば直ります。僕ならできるかもしれません」


驚いたような目。

試しに倉庫に入り、埃だらけの作業机に置かれた工具を手に取る。

案外手になじむ感覚がある。不思議なことに、修理の手順が頭に流れ込んでくる。スキルの補正だろうか。

数分後、ひび割れた魔石を抑え、魔力糸代わりの細い魔繊維を通し、軽く魔力を流す。


淡い光が灯った。


「……ついた、光が」


彼女の声が震える。

薄暗い店舗を白く照らす柔らかな光。その瞬間、視界の端に新たなウィンドウが表示された。


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商会評価に変動が発生しました

顧客信用度:D → D+

新規商品登録:【修復魔道具(小)】

原価1枚→販売価格20枚

利益率2000%

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「……これは……チートだな」


思わず笑ってしまう。

数字が改善されていくのが目に見える。現実の経営でこんな都合のいいスキルはなかった。

でも、だからこそ燃える。これはもう、倒産寸前の店を救うゲームじゃない。人生そのもののリベンジ戦だ。


女性――アルメルさんに事情を話すと、彼女はしばらく黙ってからぽつりと言った。

「そんな生き生きした顔、見たのは久しぶりだよ。……任せてみようかね」


店の権利書を机に置いて、アルメルさんは静かに言葉を続けた。

「でも、これはもう私の店じゃなくなるかもしれない。それでも構わないのかい?」


「ええ。俺が立て直します。必ず」


その瞬間、ステータスに通知が走った。


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新称号獲得:【代理店主】

店舗支配権:アルメル商店(限定)

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背筋に電流が走ったみたいにゾクッとする。これで俺は正式に異世界の“商人”だ。

倉庫に残る在庫を一通りチェックし、翌日の市場へ出るためのリストをまとめる。


だが、その時、スキル画面の一角に赤字で奇妙な警告が表示された。


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敵対勢力【ギルド商会(デュフォート商会)】の妨害予兆

市場支配率:72%

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「……やっぱり、そういうのもあるのか」

世界は甘くない。どんな世界でも独占はある、支配はある、腐敗もある。つまり――戦える余地がある。


「いいね。上等じゃないか。市場戦争、受けて立つ」


そう呟いた時、アルメル商店の古めかしい看板が風に鳴った。

薄い光の下、遠ざかる雨音の中、俺は決意する。


倒産寸前のこの小さな店から、異世界最大の商会を築いてみせる。


スキル【商会経営】を手に入れたこの瞬間、俺の人生は再び始まった。

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