第6話 獣人の子どもたちと薬草探し

 朝露が落ちる前から、ミアはもう家の外で待っていた。

 尻尾を揺らしながら、籠を二つ背負い、林の方を見つめている。

 「遅いよライル! 子どもたちが来ちゃう!」

 「子どもたち?」

 「今日はね、森の薬草を覚えたいって、村の子どもたちが集まるの。おばあちゃんに代わって先生をやってほしいの!」

 「……俺が先生?」

 「だって、ライルの説明わかりやすいもん!」


 朝の光が霧を照らし、柔らかい影が地面に落ちる。

 ベル婆さんから「薬草屋の若先生、頼んだよ」と笑顔で背中を押されてしまった俺は、結局、ミアと一緒に森の入り口で待つことになった。


 やがて森道の奥から、元気な声がいくつも響いてくる。

 「ミアおねーちゃん! おはようー!」

 「おー、今日は人間の先生もいるぞ!」

 獣人の子どもたちが、耳や尻尾をぴょこぴょこと動かしながら走ってくる。

 狐、狼、猫、兎、獣の種類もさまざまだ。草木の匂いの中で、その元気な姿がまるで森そのものの命のように見える。


 ミアが子どもたちの前に立ち、手を打った。

 「いい? 今日は森の薬草を探す日です! ライル先生が、採り方と使い方を教えてくれます!」

 「せんせー!」

 「ほんとに人間なのー?」

 好奇心と疑いがまじった目がこちらを向く。

 俺は少し苦笑して言った。

 「俺は人間だ。でも、薬草を使ってけっこう長く生き延びてきたから、それなりに詳しいぞ」

 すると、一番前の小さな狼耳の男の子が尻尾を振りながら手を挙げた。

 「ライル先生! おれ、ケガしてもぜんぜん泣かないよ! だから強くなる薬がほしい!」

 笑い声が森に響く。

 「泣かないのは立派だが、ケガしないのが一番の薬だ」

 そう言いながら、俺は森の奥への道を歩き出した。


 最初に見つけたのは、斑点のある黄緑色の葉だった。

 「見てみろ。これは“サルンの葉”。切り傷に効く」

 子どもたちはしゃがみ込み、触っては匂いを嗅ぐ。

 「くさいー!」

 「これは乾かすと匂いが消えて、効き目だけ残るんだ」

 「ふしぎー!」

 ミアが笑いながら補足を入れる。

 「強い臭いの草は、森の虫や病を追い払う守り神でもあるんだよ」

 「じゃあ、ぼくの靴に詰めてもいい?」

 「森の精霊が怒るからやめなさい!」


 もう少し進むと、小さな泉に出た。

 金色の光が水面を照らし、そこに白い花がいくつも浮かんでいる。

 「きれい……これ、何ていうの?」

 「“ティルの花”だ。熱を下げる作用がある」

 「お水に浮かべて飲むの?」

「そうだ。ただし、花びらを摘みすぎると根が死ぬ。必要なだけを、ひとつだけもらうんだ」


 俺は水辺に膝をつき、指先で静かに一輪を取る。

 花は抵抗するようにわずかに揺れたが、茎をちぎると同時に、風がそっと頬を撫でた。

 「ほら、風が“いいよ”って言った」

 「ねえ先生、それってほんとに森が喋ってるの?」

 「森は言葉をしゃべらないけど、感じようとすれば教えてくれる。風の向きや草の音で」

 小さな狐耳の女の子が、花びらを眺めながらぽつりと呟いた。

 「じゃあ、この花も、わたしたちを見て笑ってるのかな?」

 その言葉に、思わず微笑んだ。

 戦場では、花を見る余裕などなかった。

 だが今、子どもたちの小さな問いが、心の奥に温かい光を灯した。


 昼近くになると、森の奥で細い鳴き声が聞こえた。

 「今の、なに?」

 ミアが耳を立てる。

 「鳥か……いや、違うな」

 声を頼りに進むと、根に挟まって動けなくなっている小さな獣がいた。

 銀の毛を持つリスのような生き物。足に棘が刺さっている。

 「かわいそう……助けてあげようよ!」

 ミアと子どもたちが顔を見合わせる。

 俺は頷き、ポーチから小瓶を取り出した。

 「これを塗ってみよう。痛みを和らげる薬だ」

 棘を抜き取ると、リスは一瞬怯えたが、すぐに落ち着き、小さく鳴いて森の奥へと走り去った。


 「ライル先生、今の薬、すごいね!」

 「特別なものじゃない。昨日おまえたちが見つけた草の粉末を使ってる」

 「えーっ! わたしたちの草が役に立ったの!?」

 「そうだ。森の小さな命を助ける薬は、森そのものが作ってくれる。だから感謝を忘れるな」

 子どもたちは一斉に森に向かって手を合わせた。

 幼い指が光の粒に照らされている。


 昼過ぎ、村へ戻るころには籠がいっぱいになっていた。

 サルンの葉、ティルの花、ドライナの根。

 ミアは笑顔で数を数え、子どもたちは「先生! また来たい!」と叫んで手を振った。

 賑やかな声が遠ざかる中、俺は森を振り返る。風が静かに枝を揺らした。


 夕方、ベル婆さんが戻ってきて店先に立つ。

 「子どもたちに好かれたようだねぇ、ライル先生」

 「どうやらそのようです」

 「お前さんの声は森に似てる。静かだけど、しっかり届く声だ。あの子らにも安心できるんだろうね」

 その言葉に少し照れながら、俺は棚の瓶を並べ直した。


 店の奥で、ミアが摘んできたティルの花を花瓶に挿している。

 白い花びらが揺れ、水面に光が反射する。

 「ねえライル。今日、楽しかった?」

 「……ああ。こんなに心が軽い日が来るとは思ってなかった」

 「ふふっ、よかった。ね、森ってすごいよね。みんなを癒して、笑わせて、怖がらせて、でもずっと優しい」

 ミアの言葉は、すっかり夕焼けの色に包まれていた。


 外では、村の子どもたちが再び笑いながら駆け抜けていく。

 その声を聞きながら、俺はそっと瓶の蓋を閉めた。

 森の香りが、薬棚の隙間から店中に満ちていく。

 ――守りたいものが、またひとつ増えた。

 そう思いながら、ゆっくりと夜の訪れを迎えた。

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