29話 自分の為に人を殺めても


夕暮れの海。

潮風が静かに吹き、オレンジ色の光が波間に揺れていた。

少し離れた場所では皆が談笑している。



レンとフローナは、その喧騒から少し離れて波打ち際に立った。


フローナ「シェルってほんと温かいですよね」

レン「・・・隊長は、冷酷な人ですよ」


あまりに静かに落とされた言葉に、

フローナは目を丸くする。

まだ出会って間もない頃のことだた。


フローナ「冷酷・・・?

そんな風には見えないですけど・・・」


レンは海を見つめたまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。


レン「例えば我々が敵に誘拐され、

隊長を足止めする為にもう一人の敵が子どもを人質にしたとします」


フローナ「は、はい」


レン「その場合、隊長は

一切迷わず子どもごと敵を斬り捨てて先へ進むでしょう。

仲間を守る為ならどんな犠牲も受け入れる。

揺らがないんです。

あの人は、そういう男ですよ」


言葉の重さに、フローナは息をのむ。


フローナ「あったんですか?」


レンは少しだけ眉を下げて微笑んだ。

それが真実だと告げていた。


レン「それだけじゃありません」


彼は海から視線を戻し、まっすぐフローナを見る。


レン「隊長は、仲間に危害を加えた相手は躊躇なく皆殺しにします。

理由がどうであれ、相手が誰であれ

彼を突き動かすのは仲間を傷つけたという事実だけで十分なんです」


フローナの胸がひゅっと痛んだ。


フローナ「そう、ですか・・・」


レン「そうしなければ守れなかった命があった。

だから隊長は、自分の手がどれだけ汚れようが構わない。

ただ、仲間に同じ思いだけはさせたくないんです」


波音が寄せては返し、二人の間に静寂が落ちた。



フローナ「私は、その時何を感じるのか。

正直、想像もつかないです。」


レン「それでいいんです。

我々もそうでしたから」


レンは少しだけ優しい表情になった。



フローナ「でも・・・」


レン「?」


フローナ「少なくとも、

シェル一人に全部を背負わせたくない。

私、シェルには笑ってて欲しいんです」


その言葉を聞いたレンはふわりと表情を柔らげた。


レン「その言葉、隊長が聞いたら

きっと、救われますよ」


遠くでシェルの明るい笑い声が響いた。

その笑顔の裏に、どれだけの血と罪を積み重ねてきたのかを知らないまま。


それでもフローナは願った。


太陽のように眩しいこの笑顔が、どうか消えませんように。

 

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