23話 コキアの感情
それは、コキアの中に強い感情が芽生え始めた、最初の出来事だった。
♦︎
医務室は、血と薬品の匂いが混ざった重苦しい空気に包まれていた。
白いシーツの上で、シェルは静かに横たわっている。
胸には幾重にも巻かれた包帯。
呼吸は浅く、苦しそうに上下していた。
そのベッドの脇で、
コキアは震える手でシェルの服を掴んでいた。
コキア「嫌だ・・・」
小さく、かすれた声。
次の瞬間、堪えきれずに涙が溢れ落ちた。
コキアは、ベッドに横たわるシェルにしがみついた。
コキア「隊長、僕を・・・僕を置いていかないで!!」
肩が激しく震える。
喉の奥が締めつけられ、息がうまく吸えない。
今まで、誰が倒れても、
誰が死にかけても、
どこか冷静で、距離を保っていたコキア。
そのコキアが
今、生まれて初めて、取り乱していた。
シェルは、薄く目を開ける。
シェル「・・・はは・・・」
苦しそうに、けれど確かに笑った。
シェル「一番冷静なコキアが泣くとはな」
コキア「・・・っ・・」
シェル「こういう時、コキアは
“隊長が死んだら、次の隊長探しに行きます”
って言う奴だったろ?」
かすれた声に、いつもの軽口が混じる。
コキアの喉から、嗚咽が漏れた。
コキア「うっ・・・うっ・・・」
シェル「大丈夫だ」
シェルは、僅かに指先を動かし、
コキアの頭に触れる。
シェル「少し、時間はかかるが必ず戻ってくる・・・」
コキア「・・・っ・・・*
シェル「だからら俺を信じて待っていてくれ」
一瞬、息を整えてから、最後に言った。
シェル「皆んなを・・・頼んだぞ・・・」
その言葉に、コキアは唇を強く噛みしめた。
涙が頬を伝い、ぽたぽたと落ちる。
コキア「・・うぅ・・・ゴシッ」
袖で乱暴に涙を拭い、
必死に声を整える。
コキア「分かりました、隊長」
シェルは、それを聞いて、ふっと安心したように微笑んだ。
そして、
力を振り絞るようにコキアの頭をそっと撫でると
シェルは静かに目を閉じた。
♦︎
それから、一ヶ月。
シェルは、深い眠りから、ようやく目を覚ました。
意識が戻った瞬間から、
今までの空白を埋めるかのように、
異様なまでに元気だった。
病室のベッドの上で。
シェル「おー!!コキア!!」
いきなり両手を伸ばし、
コキアの頭を・・・。
わしゃわしゃわしゃ!!
力いっぱい撫で回す。
コキア「っ・・・隊長、痛いです」
メリサ「いやいや、死にかけてた人とは思えない元気さだね」
フローナ「一ヶ月分、眠ってた反動が全部出てるんだね・・・うんうん」
満足そうに頷くフローナ。
なおもコキアを離さないシェル。
シェル「よーしよーし! 心配かけたなー!」
コキア「・・・」
観念したコキアはボサボサになった髪のままされるがままになっている。
そこへ、ずっと様子を見ていたレンが近づく。
レン「ほら、隊長」
静かだが、有無を言わせぬ口調で言った。
レン「病み上がりなんですから、
大人しくしてなさい」
レンは、シェルの襟元を後ろからぐい〜っと掴み、
コキアから引き剥がす。
シェル「えー! ちょっとくらいいいじゃん!」
レン「あなたの“ちょっと”は、
全然ちょっとじゃないんですから」
シェル「ぶーぶー」
子どものように頬を膨らますシェル。
その様子に、部屋の空気は一気に和らいだ。
レンの表情は、怒っている中に優しさを含んでいた。
「生きていてくれてよかった」と、
心から思っているのが伝わってくる。
そしてコキアは、あの夢の中と同じ・・・
胸の奥の温かさと喜びをしっかりと感じていた。
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