22話 コキア初めての涙


白く霞んだ空間の中で、コキアは一人、立ち尽くしていた。

足元には影もなく、風も音もない。

まるで世界そのものが、静止してしまったかのようだった。


「スラ・・・」


小さく名前を呟く。

次の瞬間。

背後から、聞き慣れた軽い声がした。


スラ「よっ!」


コキアは、息を呑んで振り返る。


そこに立っていたのは、確かに、

あの日、命を落としたはずのスラだった。


変わらない姿。

変わらない笑顔。

生きていた頃と、何一つ変わらない。


スラ「ももちゃんが、そんな感情むき出しの顔してるの、初めて見たな」


冗談めかした口調。

けれどその声に、コキアの胸は強く締め付けられた。


コキア「・・・っ・・・」


瞳の中の光が揺れる。

視線を落とし、拳を強く握り締める。


コキア「スラ、僕はあの時、あっさり君を見捨てた。

僕が急いで君を医務室へ運んでいたら助かったかもしれないのに・・・」


心を映すように声が震えた。


コキア「僕は君から逃げたんだ」


ぽた、と涙が地面に落ちる。

けれどそこに、水たまりはできない。

ただ、音もなく消えるだけだった。


スラは少しだけ目を細めて、コキアを見つめる。


スラ「いーや」


軽い口調、けれど、優しさを含んだ声。


スラ「あの時の俺は致命傷だった。

あれは誰のせいでもねぇよ」


そして、ゆっくりと一歩、コキアに近づく。


スラ「それにさ」


スラは、泣きじゃくるコキアの額にそっと自分の額を軽くぶつけた。


スラ「ももちゃんは、ちゃんと俺のそばにいてくれた。

それだけで充分だよ。」


スラは、安心したようにほんの少し照れくさそうに笑った。


スラ「最近のももちゃんはさ、すげぇ楽しそうだ」


コキア「え・・・?見てたの?」


スラ「ずっと見てたよ」


からかうように肩をすくめる。


スラ「今はちゃんと、仲間がいて、居場所があって、笑ってる、俺、安心したよ。」


コキア「・・・」


スラは、少しだけ誇らしげに言った。


スラ「だから言っただろう?ももちゃんは、絶対幸せになるんだって」


コキア「うん・・・」


スラ「これからも、ずーっと見守ってるからな」


涙でぐしゃぐしゃになったまま頷く。


コキア「ありがとう、スラ・・・」


スラは何も言わず、そっとコキアの頭に手を置いた。


ぽん、ぽん、と

子どもをあやすように、優しく撫でる。

その手の温もりは一生忘れることのできないもの。

 

コキア「スラ」


震える声で、最後の問いを投げかける。


コキア「君は、もう逝くんだね」


スラは一瞬だけ、遠くを見るような目をした後。


スラ「もーもちゃん」


明るく、いつも通りの調子で言った。


スラ「笑顔、笑顔!」


そう言って、

自分の人差し指で、自分の口の端をイーッと持ち上げる。


コキア「・・・っ・・・」


涙が止まらない。唇が引きつる。

それでもコキアは必死に口角を上げた。


スラは、それを見て満足そうにうなずく。


スラ「ニッ」


満面の笑顔。


その瞬間、

スラの輪郭が、ゆっくりと光に溶け始めた。


足元から、指先から、

まるで朝霧が晴えるように、少しずつ消えていく。


コキア「スラ!!」


思わず、手を伸ばす。

けれどその手は何も掴めなかった。


「やっと見れたな。ももちゃんの笑顔」


そう言ってスラは消えた。


キャンピングカーの運転席。

外は銀世界に包まれていてしんしんと雪が降り積もる。


まだ目覚めない朝。眠りながら僕は涙を一粒流し、

ゆっくりと目を開けると膝が濡れていた。

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