第2話 初級魔法での戦い方

「ごめんなさい」


 実技試験を仕切り直して。フレアはアドに対して謝罪した。


「?」

「私、あなたを舐めてたわ。だから―――」


 目を見開き、相手の一挙手一投足を見逃さぬように集中する。

 それと同時に、右手を翳して、魔法を発動させる。


「全力で行くわ。―――『インフェルノ』!」


 右手の先を起点に、上級魔法を放つ。

 灼熱の業火が、人一人を飲み込む程の大きさになり、そこから一回り小さい球体に収束していく。


「喰らいなさい……!」


 そして火球が放たれる。

 肉体保護の魔道具がなければ即死、それどころか塵一つ残らず燃え尽きる火力。

 魔道具で守られていても、即座に魔力を使い切って戦闘不能に追い込まれる威力だ。入学試験で使うには明らかに過剰だった。


「雷鳴よ、『スパーク』」


 対するアドは、落ち着いて短い詠唱。

 放たれた閃光は火球に刺さり、内側から爆散させる。


「嘘でしょ……!?」

「魔法の相殺。火力差があっても、要所を撃ち抜けば案外簡単なんだぜ」


 自身の魔法が防がれて驚愕するフレア。自信ありげに言ってのけるアドだが、簡単な訳がない。

 上級魔法の威力は、初級魔法のそれとは比べものにならない。それを相殺しようとすれば、相手の魔法に合わせて正確に弱点を突く必要がある。

 まるで職人技のような精度を要求される芸当。だが、それだけではない。


「『インフェルノ』は火属性の上級魔法なんだけど……」


 魔法には属性を持つものがある。そして、属性の中には相克関係を持つものもある。

 火属性は風属性に強い。この二つの魔法がぶつかれば、同等程度の威力であれば火属性が勝つ。

 『スパーク』は風属性初級魔法であり、『インフェルノ』は火属性上級魔法だ。両者が衝突して相殺させるには、要所を撃ち抜くだけでは足りない。相当な力量差が必要なのだ。

 つまり、彼の『スパーク』はフレアの『インフェルノ』を相殺可能なレベルまで極められているのだった。


「どうした? 自慢の魔法が消されて、心が折れたか?」

「……っ! まだよ……!」


 目の前の少年に底知れないものを感じながらも、フレアは闘志を燃やした。

 『インフェルノ』は彼女が習得した魔法の中でも特に強力なものだが、他に魔法が使えない訳ではない。

 膨大な種類の魔法を、莫大な魔力に物を言わせて連射できる手数の多さこそがフレアの強み。


「『サンダーボルト』……! 『ブリザードランス』……! 『ロックブラスト』……!」


 三種の上級魔法を一気に発動させて放つ。

 轟音と共に輝く雷、無数の氷の槍、巨大な岩の礫。

 入学試験で放つにはオーバーキルもいいところだ。全て直撃すれば、魔道具での保護が間に合わずに命を落としかねない。


「雷鳴よ、『スパーク』」


 一秒に満たない詠唱。紡がれた呪文はやはり初級魔法。

 しかし、アドの魔法がフレアの魔法を打ち消すことはなかった。アドがいた場所を、魔法の嵐が襲う。


「……これで、どう、かしら?」


 舞い上がる土煙。

 高威力の上級魔法を一度に連発したせいで、過度の集中から息を切らすフレア。彼女に出せる渾身の一撃だった。


「おいおい、派手にやりすぎだろ」

「……!?」


 そんなフレアの背後に、アドが姿を現す。

 死角から声を掛けられて、フレアは思わず飛び上がった。


「あ、あんた、なんでここに……!」

「『スパーク』を足に流して走った」

「……なんて?」


 彼の言葉に、フレアは目が点になった。


「『スパーク』を足に流すと速く走れるんだよ。体の構造に関係あるんだけど、まあそれは置いといて、だ」


 彼女の疑問をさらりと流して、アドは不敵な笑みを浮かべてこう尋ねた。


「まだやるかい? 俺はまだまだ余裕だけど」

「……いいえ、降参するわ」


 彼の問い掛けに、フレアは両手を挙げて負けを認めた。


「あれを躱された時点で、私に打つ手はないもの」


 フレアにとっての戦いとは、上級魔法を連発してゴリ押すもの。それを軽く躱された時点で、彼女に取れる手は残されていなかった。

 仮に続行したとしても、魔力が切れるまで逃げられて、回避不可能な『スパーク』を連打されて完封されるのが目に見えていた。


「そっか」


 潔い敗北宣言に、アドはそっと右手を差し出した。握手を求めているのだ。


「またやろうぜ」

「……そうね。また、機会があれば」


 彼の手を、フレアは握った。

 再会と再戦を誓い、握手を交わす。

 バベル王立魔法学院、入学試験。その実技試験が決着したのだった。



  ◇



「……負けちゃったわね」


 実技試験を終えて。フレアは学院の廊下を歩いていた。

 帰りの馬車は敷地の外に停めてある。学院の中では本来の身分に関係なく平等、という不文律があるため、供回りを連れてくることも出来なかった。

 故に、フレアは一人だった。となれば必然、独り言も零れようというものだ。


「お父様、怒るかしらね……」


 思い出すのは父親の顔。

 優しくも厳格な父。リクルート家の令嬢という立場にありながら、平民相手に完全敗北という失態を晒したのだ。叱責は避けられないだろう。

 それに、負けたせいで学院入学も怪しくなった。負けても即不合格になる訳ではないが、そうなる可能性は高まっただろう。そうなれば叱責どころか、勘当すらあり得るかもしれない。


「でも、今日は負けて良かったかも」


 それでも、得たものは大きかった。

 フレアは今まで、かなり増長していたのだ。

 あらゆる魔法を瞬時に習得する「複製コピーキャット」と、習得した上級魔法を連射できる膨大な魔力。

 この二つがあることで、同年代の魔法使いの中では抜きんでた実力を持っていた。故に、多大な自信を持っていた。悪く言えば驕っていたのだ。


「初級魔法だけで、あれだけ戦えるなんて」


 魔法使いの強さとは、強力な魔法を数多く使えることだと思っていた。そしてそれはフレアの得意分野だった。だからこそ、自分は強いと思い込んでいた。

 だがアドは違った。ただ一つの初級魔法を鍛えて、上級魔法に届かせていた。

 それに、彼は随分戦い慣れている様子だった。こちらの上級魔法にも怯まず、冷静に相殺したり、回避したりしていた。


「ああいうのが、学院にはもっといるのかしら?」


 入学できるかどうかも分からないのに、フレアは期待に胸を膨らませる。

 同年代の貴族の子女に限定しても、全員を把握している訳ではない。ましてや平民の魔法使いなんて全然知らない。

 あんな変わり種が他にもいるかと思えば、魔法学院に通うのも待ち遠しくなる。


「……受かってるといいわね」


 試験の前は退屈でしかなかった魔法。それが今は楽しみで仕方ない。これで試験に落ちていたら、絶望するしかないだろう。



 とはいえ、フレアの懸念は杞憂に終わる。

 後日、合格通知が届いたのだ。

 こうして、フレア・リクルートは無事にバベル王立魔法学院へ入学するのだった。

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人は初級魔法だけで最強に至れるのか? マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ) @maomtg

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