人は初級魔法だけで最強に至れるのか?

マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ)

第1話 入学試験

 一芸を極めて多芸に至れ、というのが師匠の口癖だった。



「ほれ、この箸を見ろ」


 師匠は東の国の出身で、出身地で使われている箸という食器を愛用していた。


「箸は万能だ。切る、運ぶ、刺す、混ぜる、摘まむ、何でもできる。これさえあれば、フォークやナイフなんて必要ない」

「ししょー。スープを飲む時はどうするんすか?」

「器に口つけて啜ればいいだろ」


 スプーンの代わりにもなるのかと思って突っ込んだら、そんな答えが返ってきた。

 一見すると良いことを言ってるように思えて、その実どこか抜けているのも師匠らしかった。


「ともかく。―――お前が使える魔法は一つだけだ。これはお前の才能であり限界。そりゃあ、死ぬ気で頑張れば相性の良い魔法がもう一つくらいは使えるようになるかもしれねぇ。けれどな、それじゃあ意味がねぇのよ」


 箸を振り回しながら、師匠は続ける。


「お前の魔法がフォークとするなら、使える魔法が増えてもフォークが増えるだけだ。フォークだけ何本もあっても無駄だろ? お貴族様の馬鹿高い飯じゃねぇんだ」


 だからな、と師匠は言った。


「お前が命懸けてやるべきことは、フォークを増やすことじゃねぇ。フォークを箸みたいに使うことだ」

「箸みたいに……」

「それ一本あればどんな状況にも対応できる。それだけあればいい。そう言い切れるようになったら、ようやく一人前さ」


 それが師匠との最後の会話だった。

 その後、故郷を巻き込んだ戦争が起こって、師匠とはそれっきりになったのだ。

 けれど、師匠の教えがあったからこそ、今まで生き抜くことが出来た。

 そして今日、王立魔法学院の入試を受けることになったのだ。



  ◇◇◇



「これより、バベル王立魔法学院、入学試験を始めます」


 試験官の号令に、少年少女たちの目線が集まる。

 ここはバベル魔法学院。魔法使いを養成する、ミッドレンジ王国最大の魔法学院だ。

 今行われているのは、この学院の入学試験だった。


「入学試験は筆記試験と実技試験に分かれています。まず筆記試験、その後は実技試験です。

 実技試験では、受験者をランダムに二人一組に分けて、模擬戦をして貰います。

 模擬戦はあくまで魔法の技量を見るものなので、勝敗と合否は直接関係ありません。勝っても不合格、負けても合格、ということはあるので、ご留意ください」


 試験官は説明を終えると、受験者を引き連れて別室に移動した。



  ◇



「んで、これから実技試験か?」

「ああ」


 実技試験が始まる頃。バベル王立魔法学院の学生が二人、試験会場を見学していた。

 現在、学院は春休み。暇を持て余した彼らは、入学試験の見物に訪れていたのだ。


「誰か注目株はいるのか?」

「ハイランダー家のご令嬢も有名だが……個人的にはリクルート家のご令嬢だな」

「あー……あの悪名高い」


 二人は言い合いながら、実技試験の会場に入る。会場の上部にある見学席に入り、下部にある訓練場を見下ろす。


「お、あいつだな」

「リクルート家のお嬢様、フレア・リクルート。ついた渾名が略奪姫」


 二人が目を向けているのは、真紅の長髪を靡かせる少女。

 子供のように小柄ながら、勝ち気で不敵な表情からは自信が見て取れる。

 彼女の名前はフレア・リクルート。魔法の名門であるリクルート家の出身であるが、フレアが有名なのは彼女自身の特技、異能にある。


「「複製コピーキャット」。どんな魔法も一目見ただけで覚えてしまう能力、か……」


 魔法の習得というのはとにかく大変だ。

 才能が必要なのは当然だが、どんな天才でも新しい魔法を覚えるには時間が掛かる。

 魔法の詠唱を覚え、発動を繰り返し、制御を身に着け、それでようやく習得となる。

 そして、その魔法を実用レベルにするためには制御を向上させたり無詠唱にしたりと、更なる研鑽が求められる。

 そんな修練、研鑽をショートカットして、見ただけで魔法を習得し実用レベルで運用する能力が「複製コピーキャット」だ。


「噂によると、上級魔法をいくつも習得してるらしいじゃないか。模擬戦とはいえ、その辺の受験者じゃあ相手にならないだろうな」

「そんな奴が、なんで今更学院なんて入るんだよ?」

「まあ、どれだけ魔法が使えようと、学歴がないと色々大変だからな。最上級マスターランクを目指すなら学院卒業はほぼ必須だし」

最上級マスターランクねぇ……そんな雲の上に手が届くなんて、化け物かよ」


 二人が言い合っていると、訓練場でフレアが構えた。その対面には少年が立っている。どうやら試験が始まるようだ。


「相手の方は有名な奴か?」

「いや……少なくとも俺は見たことがない。外見的にも多分平民だ」


 バベル王立魔法学院は身分に関係なく入学可能だ。故に平民の受験者も普通にいる。

 とはいえ、基本的には貴族の子女が優先して入学する。当然だが、入試の成績は魔法の実力が高い程に高得点となるからだ。

 魔法の才能は貴族の方が高い。正確には、優れた魔法の才能を持った者たちの子孫が貴族となったのだ。それに経済的な余裕もあるので、幼い頃から魔法の教育を受けさせることが出来る。

 必然的に、貴族は平民よりも高い実力を有していることが多いのだ。


「んじゃあ、すぐに終わっちまうのか」

「どうだろうな。略奪姫が点数稼ぎのために嬲り殺しにするかもしれないぞ」


 その直後、試験官の合図があり、試験が始まった。


「「……っ!?」」


 それと同時に、見学の二人は驚愕した。

 轟音が鳴り響いたと思えば、紅髪の少女が吹き飛んだのだ。



  ◆



 ……少し前。


「試験内容は模擬戦です。どちらかの降参、気絶、或いは試験官判断での中断まで続けて下さい。

 配布した魔道具は肉体保護のエンチャントがされていますので、必ず身に着けて下さい。

 また、魔道具は着用者の魔力で作動します。あまりに強大な魔法は防ぎきれないので、注意して下さい。場合によっては減点の対象になります」


 試験官が受験者に試験内容を説明している。

 それを聞き流しながら、フレア・リクルートは内心退屈していた。

 態度には出さないようにいつもの表情を繕っているが、対戦相手の少年を見てからは表情筋にかなりの力を入れる必要があった。


(相手は平民。珍しい魔法なんて使えないだろうし、退屈だわ)


 相手の少年は黒髪で長身、という点を除けば特筆するところがない外見だった。ミッドレンジ王国ではありふれた顔つきであり、髪色も多少珍しいが希少という程ではない。

 主要な貴族の子女や有名な魔法使いの外見情報は一通り覚えている。その中に黒髪はいないので、彼は平民で間違いないだろう。


(せめて、会ったことがない貴族の子が相手だったら良かったんだけど……)


 彼女にとって、魔法を極めるという行為は退屈の象徴だった。

 一度見た魔法を簡単に再現し、実用レベルで運用できる才能。そんなものを持って生まれてきたのだ。退屈と言わずしてなんと言うのか。

 初級魔法、中級魔法は当然として、上級魔法もほぼ全て覚えた。

 残るのは、使い手が限られて使用制限もある最上級魔法、或いは先天的な才能に依存する固有魔法くらいだ。


(平民だと、固有魔法持ちだとしても大したことないだろうし)


 とはいえ、固有魔法は種類が多すぎて網羅できないというだけで、習得できない訳ではない。

 本来なら他人には使えないはずの固有魔法ですら習得できる「複製コピーキャット」により、強力で対処困難な魔法をいくつも使える。

 問題はその手の固有魔法は秘匿されがちなので、目にする機会がなかなかないということなのだが。


(そんな固有魔法の習得も受験の目的だったんだけど……さすがに、入学試験からそんな逸材とは当たらないわよね)


 魔力量の多いリクルート家の出身なのもあって、フレアは膨大な魔力を持つ。

 上級魔法を連発することで、大人の魔法使いでも一定以上の実力者以外はゴリ押しできる。同年代の、それも大した教育を受けていないであろう平民の魔法使いではまず相手にならない。


「では、配置について。合図と共に始めて下さい」

(ま、さっさと終わらせましょう)


 故にこれは消化試合だ。とはいえ、相手も入学試験なのだから、ある程度は見せ場を作ってやるくらいの親切心は見せるべきかもしれない。

 そんな風に考えながら、所定の位置に着く。


「んじゃ、よろしくな」


 相手の少年は、初対面にも関わらず、馴れ馴れしい態度で話し掛けてきた。

 無視しようかとも思ったが、ここは身分の高い自分が度量を見せるべきだろう。そう考えて、会話に応じる。


「ええ、よろしく」

「あんた強そうだし、お互い全力でやろうぜ」


 すると、相手の少年はサムズアップしながらそんなことを宣う。


(お互い全力、ですって……こいつ、本気で言ってるの?)


 彼の発言に、フレアは耳を疑った。

 前述の通り、平民の魔法使いにフレアが負ける道理はない。フレアが全力を出せば、この少年はなす術もなく敗北するだろう。


「おっと、まだ名乗ってなかったな。俺はアド。アド・バンテージだ」

(バンテージ……聞いたことない家名。やっぱり平民ね)


 もしかしたら気づかなかっただけで本当は貴族なのか、と思うも、その線もない。フレアはますます自身の勝利を確信した。


「どうもご丁寧に。私はフレア。フレア・リクルートよ」

「おう」


 朗らかな笑みを浮かべる少年、アド。

 対照的に、つまらなそうに嘆息しているフレア。最早取り繕うことすら忘れてしまった。


「それでは―――始め!」


 試験官の合図が響き、フレアは右手を翳して構え、魔法を発動しようとする。

 完全に白けた彼女は、早々に決着するつもりだった。手の先を起点に上級魔法を放ち、それで終わらせる。

 相手には気の毒だが、実力の差を思い知らせるのもある種の善行だろう。そんな傲慢な考えすら浮かんでいた。


「―――雷鳴よ、『スパーク』」


 それよりも数舜早く。

 一秒足らずで紡がれた詠唱。音を追い越す閃光。

 詠唱と轟音がフレアの耳に届いた頃には、彼女の体は宙を舞っていた。


(……え?)


 思考が停止し、紡ごうとした魔法が強制的に中断される。反射的に受け身を取り、痛みを堪えて即座に立ち上がり、それでも混乱は治まらない。


「今のは……?」

「おいおい、全力でって言っただろ?」


 困惑するフレアに、アドは挑発するように言った。

 隙だらけのフレアに追撃しないのは、これが試験だからか。相手を倒すことではなく、魔法の技能を見せる試験。隙を突いて倒すのは却って失点になりかねない。

 つまり、この少年にはそれだけの余裕があるということだった。


「今の魔法」

「ん?」

「今の魔法、何なの……?」


 フレアの困惑は終わらない。

 彼女は「複製コピーキャット」によって、どんな魔法でも見ただけで覚えられる。

 しかし、フレアは今の魔法を覚えられなかった。こんなことは初めてだ。

 いや、本当は理解していた。ただ、それでも認めたくなかっただけだ。


「何って、『スパーク』だよ。初級魔法の」

「『スパーク』……?」


 その魔法はフレアも知っていた。初級魔法は既に網羅していたので当然だ。

 フレアがコピー出来ない魔法があるとすれば、それは既に習得済みのものだ。先程覚えられなかったのはそのせいだと、分かりきっていた。


「でも、今のが『スパーク』……? 『ライトニング』、いいえ、『サンダーボルト』くらいの威力はあったけど」


 だが、それを否定するのは、フレアの全身を蝕む苦痛だ。

 肉体保護の魔道具により、怪我はしていない。だがダメージが完全に遮断された訳ではなく、体中を突き刺すような痛みだけはなくならなかった。

 それが初級魔法によって成されたとは到底思えないのだ。最低でも中級、或いは上級魔法に匹敵する威力だった。


「『スパーク』で合ってるぜ。俺は他の魔法を使えないからな」

「……はい?」


 しかし、アドの言葉に、フレアは再び困惑する。

 魔法学院を受験する程の者ならば、大抵は複数の魔法を習得している。

 勿論、魔法の練度は個人差があるし、得意属性の初級魔法しか使えない者はいる。だが、完全に一つの魔法しか使えないというのは前代未聞だった。

 そんな状況で入学試験を受けてもまず受からないのだから当然だ。魔法を学ぶ場ではあるが、試験を受けられる十五歳になっても複数の魔法を覚えられない者は才能無しとして切り捨てられるのが通例だった。


「ほら、まだ試験は終わってないぜ?」

「……そうね」


 だが、彼の言うように、試験はまだ終わっていない。いつまでもお喋りをしている訳にはいかなかった。

 退屈な消化試合、なんて気持ちは既に消し飛んでいる。フレアは目の前の少年に対する評価を改めながら、意識を集中させた。

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