第4話 偽善
図書室を後にした俺が向かったのは、屋敷の
夕食前のこの時間なら、使用人連中が山ほどいるはずだ。
「邪魔するぞ!」
俺が手荒く厨房の扉を開けた瞬間、中にいた奴らの全員の動きが止まった。
皿を拭いていたメイド。
夕食を作っているコック。
食材の仕込みをしている下働き。
全員が、突如乱入してきた俺の顔を見つめる。
そりゃそうだ。
普段屋敷の坊ちゃんが、晩飯前の厨房なんかに顔を出すことはない。
ましてや、よりにもよって性悪ぞろいのファウルト家の人間が。
「じ、ジューダス様……?」
誰かが小さく俺の名を呼んだ。
その声を拍子にして、全員の顔がみるみるこわばっていく。
「また何か八つ当たりしに来たのか」と顔に書いてあった。
(……まあ、普段の俺の行いを考えれば、そう思うわな)
内心で肩をすくめつつ、俺はずかずかと中へ踏み込んだ。
「な、なにか御用でございますか」
「手伝わせろ」
「…………は?」
間抜けな声が、三方向から同時に上がった。
「耳が腐ってるのか? もう一回言ってやる。俺にも手伝わせろ。皿洗いでも何でもいい」
沈黙。
厨房中が、さっきよりさらに凍りついた。
「い、いえ! そんな、とんでもないことでございます!」
「ジューダス様をお働かせするなんて……!」
「ど、どうかお部屋でお休みを……!」
慌てて頭を下げる使用人たち。
だが、引くつもりはない。
「いいからやらせろ。俺がやるって言ってんだよ。殺すぞ」
半分
「そ、それでは……こちらの皿洗いを……」
大きな桶に、山盛りの皿。
洗い場に立ち、俺は袖をまくり、タワシを握りしめた。
そして黙々と食器を洗い始める。
この俺が、ジューダス・ファウルトが皿洗い。
こんな雑用なんて死ぬまでやるつもりはなかった。
(……くそっ、なんでこんなことを)
だが仕方ない。
罰のアミュレット相手に、俺は人を助けなければならないのだ。
俺は視界に浮かぶ償いの刻数を睨みつけた。
(見てるかクソ野郎。これがジューダス・ファウルトの人助けってやつだ。ちゃんと刻数、増やせよ?)
内心で誰にともなく毒づきながら、黙々と皿を洗っていく。
……作業を始めて気づいたが、これが意外と地味に大変だ。
まず冬のこの時期、水が氷みたいに冷てえし、枚数も無駄に多い。
あのクソ家族どもは、たかが一食の晩飯で何枚の皿を使ってやがる。
そして当然、慣れてないから手際も悪い。
「ジューダスさま、もう十分です。あとは僕が……」
下働きのガキが、恐る恐る声をかけてきたが、
「俺がやるっつってんだろ、潰すぞガキ」
俺は意地になって断った。
その後も、洗い場の掃除をしたりくそ重い大鍋を運んだり、明日の朝食の仕込みを手伝ったりと、普段の俺からは想像もつかない雑用が続いた。
◆
そして一時間ほど。
夕食のひと通りの準備が片づいた。
「……ふぅ、こんなもんか」
最後の野菜の皮剥き終えて、俺は息を吐く。
手は冷水でふやけてしわしわ。
包丁を使ったせいで、指を切ってしまった。
前傾姿勢でずっと固まってたから、腰がいてえ。
ガリオスの帝王学に
正直、魔獣と戦ったほうが百倍楽だ。
これを使用人どもは毎日三食分準備しているのか。
(クズなりにクズの生き方は大変だな……)
「お、お疲れ様でございます、ジューダス様……」
おそるおそる、年配のコックが声をかけてくる。
「ああ、これで夕食の片付けは終わりでいいか?」
「も、もちろんでございます!」
「で?」
「……は、はい?」
「俺に、言うことがあるよな?」
じろりと、あえて睨むように言う。
厨房中の空気が一段と固まった。
「あ、あ、あの……」
コックが視線を泳がせ、他の使用人たちを見る。
しばらくの沈黙のあと、彼は顔を引きつらせたまま、精一杯の笑みを浮かべた。
「……て、手伝っていただき、ありがとうございました」
他の使用人たちも、慌てて頭を下げる。
「助かりました……!」
「ありがとうございます、ジューダス様!」
恐怖と緊張でこわばった顔。
うわずった声。
誰も目線すら合わせない。
視線は足元に落ちたままだ。
心にもない
馬鹿でもわかる。
明らかに「言わされた」言葉だった。
そこに、心からの感謝なんて欠片もない。
(……けっ)
別に構わねえ。
ゴミ共に感謝されたくて、こんなクソみたいなことやってるんじゃない。
俺は俺のために——死にたくないからやってるだけだ。
「邪魔したな」
俺は鼻で笑い、踵を返すと厨房を後にした。
◆
そして翌朝。
目を開けた瞬間、俺は視界の端を確認した。
――3。
「はあああああ!? なんで減ってんだよ!!」
思わず、布団の上で叫んだ。
昨夜の時点では、確かに「4」だったはずだ。
そこから悪事らしい悪事も働いていない。
むしろ使用人のゴミどもの手伝いまでしてやったというのに、なぜカウントが減っているのか。
「くそお! 意味が分からねえ!!」
頭を抱えながら、布団の上でしばらく
(……悪いことはしてない。むしろ皿洗って、仕事を手伝って……)
だが、思い返せば思い返すほど、昨夜の光景が脳裏に蘇る。
怯えきった使用人たち。
「ありがとう」と口では言いながら、視線は床に釘付けだった。
「まさかありがた迷惑、ってやつか……?」
人助けとやらは、「やってやった感」を押し付けて、相手をビビらせることじゃない。
少なくとも、罰のアミュレットはそう判定したということか。
(他人から、
そんなこと、考えたこともなかった。
感謝される必要なんてない。
むしろ、恐れられたほうが都合がいいと、ずっと思っていたんだぜ。
「くそ……嫌われ者の俺に、できるわけねえだろ、そんなの」
ベッドの上で、ぽつりと呟く。
償いの刻数は3。
つまり俺に残された
それまでの間になにか、他人から、心からの感謝をされなければ、俺は死ぬ。
「くそ、マジで死んだかもな……」
ため息をつき、俺はゆっくりと起き上がった。
「……とりあえず、メシだ」
◆
小食堂に入ると、いつもの光景が待っていた。
簡素な木のテーブル。
窓から差し込む朝の光。
「おはようございます、ジュダさまっ!」
そして、いつものように壁際に控える小柄な青髪の少女——ルイン。
ルインは、俺の顔をみるなり、ぱっと花が咲くように笑顔になった。
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