第3話 判明
ファウルト家の図書室は、大屋敷の一番奥まった場所にある。
昼間は使用人が掃除に出入りするが、夜ともなれば、ここに来るのは物好きくらいなものだ。
で、その物好きが俺である。
「……違う、これじゃない」
高い本棚が何列も続く、しんと静まり返った空間。
手元のランプだけが、ページの上をちろちろと照らしている。
俺が座る机の上には、本の塔。
かき集めたのは図書館に蔵書されている魔導書の数々。
俺はその山から一冊抜いてはパラパラめくり、「違う」と言っては閉じる作業を繰り返していた。
「これもハズレかよ……クソが……」
視界の端では、相変わらず「4」が、じとっと貼り付いている。
朝の時点では「6」。
だが頭痛と共に、何かが条件となってカウントが進んだ。
(俺はこの数字の正体を知る必要がある)
俺は椅子の背もたれにもたれ、軽く首を鳴らした。
「……さて。次はどいつだ」
机の横に積んでいた本の山から、一冊、厚みのある古い本を引き抜く。
革の表紙はひび割れ、金の箔押しはところどころ剥がれていた。
それでも、堂々とした意匠から、かつてはかなり立派な本だったのだろうと分かる。
表紙に刻まれた文字を、そっと指でなぞる。
表紙は古代アルカナ文字で書かれていた。
『
パラリ、とページをめくる。
中身はびっしりと文字だらけだ。
そのすべてがこの世界の常用語ではなく、古代アルカナ文字で記されている。
普通の貴族なら、ここで読むのを諦めるところだろう。
だが、俺は違う。
ガリオスに叩き込まれた帝王学は、こういうときだけは役に立つ。
ガリオスが課した地獄のカリキュラムには古文書の解読のための知識も組み込まれていた。
おかげでアルカナ文字の癖のある文法も、骨の髄まで叩き込まれている。
(こういうときだけは、クソジジイに感謝してやってもいいな)
皮肉まじりにそう思いながら、俺は本を読み進めていく。
ページをめくるたび、さまざまなアーティファクトが紹介されていた。
身を守る防御の指輪。
魔力を蓄える宝珠。
遠見の鏡、記憶を記録する羽ペン。
古めかしいイラスト付きで載っているそれらを、ざっと流し読みしていく。
――そして。
「……あった」
描かれていたとある挿絵に、目が
丸い金属板に刻まれた、ヘビが絡み合うような紋様。
中央には黒い宝石の核。
見間違えようがない。
あのアミュレットだ。
「これだ——!」
思わず声が漏れる。
俺はページに記された項目名を指で追いながら、読み上げた。
「『アクシウス式断罪具――
◆
そこから先の文章を、俺は一気に読み進めた。
内容は、こうだ。
――このアミュレットは、アクシウス王朝時代に造られた、
罪人を裁くために用いられた、いわば刑罰装置。
「所有者の視界に表示される数字は、〝償いの
——刻数は、所有者が
さらに厄介なことに――
「……罪を悔いずに、日々を過ごしているだけでも減少していく、だと?」
思わず、口に出す。
ただ悪いことをしたからマイナス、という単純な話ではないらしい。
「反省しないで生きてるだけでアウト」という、なかなかの性格の悪さだ。
「ふざけんなよ……」
ページをめくる指先がにわかに震える。
だが、その続きには、さらに恐ろしいことが書いてあった。
――償いの刻数が0になったとき、所有者は「断罪の刻」を迎える。
そこに具体的な描写は一切ない。
ただ、こうあっさりと書かれていた。
——所有者は、命を持って自身の罪を償う。
「死ぬってことかよ……」
俺の視界には、今も「4」の数字が浮かんでいる。
これが0になったら、俺は
にわかに信じられない——いや、信じたくない話だった。
だが、状況証拠は十分だ。
アミュレットを身につけたこと。
突然見え始めた数字。
〝罪〟を犯したっぽいタイミングで発動する頭痛。
それから、ルインに謝った途端に痛みが収まったこと。
この本の記述は、ほぼ間違いなく本物だ。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ。俺はもう、死ぬしかねえのか……?」
手がかりを求めて、さらに読み進める。
――償いの刻数は、人を助けることで増加する。
人助け。
すなわち他者を助ける行為、命を救う行為、献身的な奉仕。
そういったものが、アミュレットによって認められれば、刻数は回復していく。
最後の一文を、俺はゆっくりと読み上げる。
「アミュレットの所有者が、真に己の罪を悔い改め、それに足る
ページから視線を離す。
静かな図書室。
ランプの炎が小さく揺れる音まで聞こえそうなほど、静かだ。
「人助け……?」
ぽつりと呟く。
「この俺が? ジューダス・ファウルトが?」
胸の内側から、じわじわと笑いがこみ上げてきた。
「冗談きついぜ」
くつくつと喉の奥で笑いながら、椅子の背もたれに深く身体を預ける。
(弱肉強食の世界だと思っていた——)
強い者が正義で、弱い者は踏まれる側。
だから俺は、踏みつける側を選んだ。
他人の命も涙も、どうでもいい。
弱者は利用して、用が済んだら捨てる。
それが当たり前だと信じてきた。
それなのに――
「生き延びたいなら、人を助けろ、だとよ。くくく、くっくっく……」
乱暴にページを閉じる。
「あっはっはっはっはっはっ!!」
なぜか笑いが止まらなかった。
俺は一人、大声で高笑いをした。
「ふざけんな! クソが! なんで俺なんだよッ!」
手にした魔導書を放り投げる。
机に詰んだ本の塔を叩き崩した。
罰のアミュレット。
償いの刻数。
人助け。
どれもこれも、ジューダスの価値観と真っ向からぶつかるフレーズだ。
「やっと、クソジジイから解放されて——俺の人生はこれからなのに!」
俺の強さも、積み上げた技も、弱者を踏みにじるための正義も。
全部まとめて、罰のアミュレットっていう鎖にぐるぐる巻きにされた。
視界の端では償いの刻数が映り続ける。
まるで「ほらほら、逃げられないぞ」と
現在のカウントは4。
本の内容が真実なら、明日には3になる。
0になったら死亡。
それは、さすがに笑えない。
死ぬか。それとも、人を助けて、生き延びるか。
「……クソみたいな選択肢だな」
どちらも、望んだ生き方じゃない。
だが——
「死ぬのだけは、まっぴらごめんだ」
小さく、けれどはっきりと呟く。
ガリオスから受けた地獄の教育。
家族からの冷遇。
この屋敷で味わってきた理不尽の数々も。
全部、「生きるため」に飲み込んできた。
これからは俺が奪う側なんだ。
ここで「はいそうですか」と死ぬ気なんて、これっぽっちもない。
「やるしかねえ、アミュレットから解放されるまで——人助けとやらを」
それは、口にするだけで吐き気がする決意だった。
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