第2話 刻数
ガリオスの
自分の部屋で目を覚ました俺は、異変に気づいた。
「……なんだこれ?」
視界の
——6。
空中にぼんやりと
目をこすっても消えない。
なんならまぶた閉じても残像が
「気味が悪いな……」
自分の身におきた変化に思わず呟く。
この謎イベントの原因として思い当たるのは、昨日の葬儀の最中で拾った
ガリオスの棺に収められていた見覚えのないアミュレット。
身につけた途端に襲われた頭痛と謎ボイス。
そして、身につけたはずのアミュレットは、こつ
そんでもって今日は、視界に謎の「6」。
確実にまともじゃない。
――が、今の俺にとって最大の問題は。
「腹減ったんだよな……」
空腹状態で考えるとロクなことにならない。これは人生の真理だ。
「まずメシだ」
俺はそう結論し、身支度をして食堂へ向かった。
◆
ファウルト
上流貴族らしく
だが俺はその扉をスルーして、廊下の奥へ直進する。
突き当たりにあるボロい扉。
ここが、俺専用の小食堂だった。
兄弟たちは、当主ガリオス(もう死んだけど)と母クラウディアと並んで大食堂で食事をする。
(俺——ジューダスだけは別。ホント、わかりやすい差別だぜ)
扉を開けると、こじんまりとした部屋の中央に、簡素な木のテーブルセットが一つっきり。
その壁際には、メイド服に身を包んだ
「おはようございます、ジュダ様」
俺の顔を見るなり、彼女はニコニコと笑顔を浮かべた。
こいつはルイン。
この屋敷でただ一人、俺に仕える使用人だ。
元は奴隷として売られていた彼女を、子供の頃の俺が引き取り、今の立場に置いた。
そういう意味では古い付き合いである。
ルインの挨拶を返すことなく、俺はドカッと腰を下ろす。
テーブルの上には、すでに朝食が用意されていた。
黒パンと野菜スープ。
……以上。
仮にも公爵家の息子が食べる朝食は思えない質素なメニュー。
同じ時間帯、大食堂にいるクソ兄弟どもはきっと、焼きたての白パンや、香りのいいベーコン、果物の盛り合わせなんかを食ってるんだろう。
(生まれが違けりゃ、扱いも違うってわけだ——)
俺に対する家族の差別は今に始まったことじゃない。
頭では理解してるし、今までは特に気にしていなかった。
だが今日は違う。
(……イラつくぜ)
本来ならガリオスから開放された喜ばしい日。
なのに好奇心が
いろいろな不快感が混ざり合い、胸のあたりに黒い塊みたいになっていた。
やがて、黒いモヤモヤが——ぷつんと弾けた。
「……気に入らねえ」
「ジュダさま?」
ルインが
「なんだよ、このエサは」
パンの乗った木皿を指差して、ルインの顔をにらんだ。
黒いモヤモヤが、勝手に俺の口を動かした。
「当主を失った
その言葉に、一瞬、ルインの瞳が揺れた。
けれど、すぐにいつもの
「ジュダさま、お口に合わず申し訳ありません……!」
ルインは、心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。
別にこの質素すぎる朝食は、ルインのせいじゃない。
むしろ彼女は、ファウルト家から与えられるわずかな食材の中で、少しでもまともな食事になるよう工夫を凝らし、俺のために準備してくれている。
そのことは理解している。
だから、俺がしているのは、ただの
だってかまわないだろ?
俺はこいつより強いんだから。
「こんな豚のエサを食えるかッ!!」
俺はテーブルの皿を、まとめて横へ払った。
ガシャーン、と派手な音を立てて、皿が床に落ちる。
パンとスープが床にぶちまけられた。
その瞬間だった。
◤汝の罪を確認した◢
「あ……?」
頭の中に、昨日と同じ謎の無機質ボイスが響いた。
視界の「6」が、ピコッと赤く光る。
◤償いを要求する◢
突如、脳天から雷を叩き込まれたみたいな痛みが襲ってきた。
「――うぎゃああああああああっ!?」
視界が真っ白に弾け飛ぶ。
足元の感覚がなくなり、身体がぐらりと揺れた。
「ジュダさまっ!?」
俺の名を呼ぶルインの声が遠ざかる。
だが、その声を最後まで聞く前に――
俺の意識は、真っ逆さまに闇へ落ちていった。
◆
「……様。……ジュダ様」
暗闇の中、どこか遠くから、ふわっとした声が聞こえた。
その声が俺の重たい身体を引き上げるかのように、ゆっくりと意識が浮上していった。
重たいまぶたをゆっくりと開ける。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井だった。
感じるのは、身体に馴染む、柔らかいベッドの感触だ。
「ここは……俺の部屋……?」
俺は自室のベッドの上に横たわっていた。
首をもたげて周りを確認する。
照明が落とされた室内は少し薄暗い。
窓の外の光の感じからして、今は夕方といったところだろうか。
「俺は……食堂で朝食を食べて……それから……?」
朝食の場で……
ルインの奴にイライラして……
皿をぶちまけて……
そして――
自分の身に起きたことを思い出そうとしていると、
「ジュダさま!」
俺の名前を呼ぶ大きな声が、思考をぶった切った。
「……ルイン?」
視線を声の方にずらすと、ルインの大きな瞳とかちあった。
ルインは枕元の椅子にちょこんと腰掛けて、今にもポロポロと泣き出しそうな目で俺を見つめていた。
「よかったぁ……目を覚まされたのですね……」
その顔が、今朝の出来事を俺に思い出させた。
俺はルインに八つ当たりをした。
そしたら、頭の中に謎ボイスが響いて。
頭が爆散するかと思うほど激しく痛んで……。
「俺は気を失っていたのか」
「はい……朝食中に倒れて、もう半日もずっとですよ……ぐすっ」
「なんで泣いてんだ?」
「だって、ジュダさま全然起きないから……」
目にいっぱい涙をためたまま、ルインが続ける。
「回復魔法も全然効かなくて……奥様にお伝えしても、お医者さまも呼んでくれなくて……ぐすっ……」
(意味がわからねえ。なんで、俺のことを心配しているんだ、コイツは……)
俺はルインのことを常に邪険に扱っている。
正直、今朝のような八つ当たりなんて日常茶飯事だ。
なのになんでコイツは——俺から離れようとしないんだろう?
だが、そんなどうでもいいことに思いを馳せたのは一瞬だった。
すぐに自分の視界に映る違和感に気づいた。
——5。
相変わらずぼんやり光をまといながら、俺の視界の端に浮かぶ謎の数字。
その番号が変化していた。
今朝の段階では、カウントは「6」だったはずだ。
「……数字が、減った?」
正直、嫌な予感しかしない。
寝てる場合じゃなかった。
俺は慌てて起き上がろうとして——
「……ダメです!」
ルインが、ぽすっと俺の肩を押し戻す。
「ジュダさま! まだ安静にしてなくちゃいけません!」
ルインの柔らかい身体が俺に押し付けられる。
くそ、ちびのくせして胸の大きさだけは……
いや、そこは今どうでもいい。
「別にどうってことねえ。もう治った」
わざとぶっきらぼうに返す。
ルインの腕を振り払い、ベッドから立ち上がった。
「もう大丈夫だ。下がれ」
「ですが……!」
「聞こえなかったのか? 下がれって言ってんだよ」
語気を強めるも、ルインは食い下がってくる。
「ジュダさま!」
「……んだよ」
「わたし、本当にお身体が心配なんです! 今は動かないほうが……せめて、少しだけお休みになってから――」
ルインにしては珍しく、ぐいっと前に出てくる口調だった。
(くっそ……なんで俺なんかに……そんな必死なんだよ……!)
ルインの思いやりにあふれた眼差し。
それが、俺をイラつかせた。
「しつけえんだよ!」
思わず、ルインの腕を乱暴に振り払っていた。
「きゃっ――!」
体重を預けていたせいか、ルインの身体がバランスを崩す。
小さな悲鳴とともに、ルインは床に倒れ込んだ。
「いたっ……」
鈍い音。
小さな悲鳴。
床に尻もちをついたルインの肩が、小さく震える。
(あ……)
一瞬だけ、胸の奥がチクリと痛んだ。
だが、そのことを自覚する前に——
◤汝の罪を確認した。償いを要求する◢
「っ……!」
頭の中に、またあの声が響いた。
視界の端の「5」が、激しく赤く点滅する。
頭の中に杭をぶち込まれたかのような痛み。
「ぐがああああああああッ!?」
再び、脳を内側から殴りつけられたような痛みが襲ってきた。
視界がぐにゃりと歪む。
床が遠ざかり、天井が近づく。
吐き気と眩暈が一気に押し寄せてきた。
「ジュダ様っ!?」
ルインの悲鳴が、遠く近く反響する。
痛みに襲われながら、それから逃れようと、必死に思考を回す。
(罪? 償い? んだよ、それ……!)
朝、俺はルインの作った朝食を気に入らないといって、食器を床にぶちまけた。
そして今は、俺の体調を案じてきたルインを突き飛ばした。
その結果が、頭に響く謎ボイス。
そしてこの激痛だ。
視界の端で「5」が、赤く激しく点滅している。
そのカウントが――「4」に切り替わった。
(朝も……頭痛はルインに八つ当たりしたあとだった。そして今も——)
(罪って……まさか、ルインを突き飛ばしたことか?)
頭の痛みは激しさを増す一方だ。
(罪を償え、だと……!?)
頭蓋骨の内側から、何か鋭いものでガリガリと削られているような感覚。
このままだと俺はまた気を失う。
いや、死んでもおかしくないレベル。
(くそ! やればいいんだろ!?)
俺は頭を片手で抑えながら、必死にルインの方に向き直る。
「ル、イン……!!」
床に尻もちをついたまま、俺を見上げるルインの青い瞳が、びくりと揺れた。
「……わ、悪かったッ!!」
言いたくもない言葉を、喉の奥から無理やり搾り出した。
「お前に! 当たるつもりじゃ……なかった! すまな! かった……!」
俺がルインに謝ったその瞬間——
すっと波が引くかのように、さっきまでの激痛が嘘みたいに消え失せた。
「……あ?」
さっきまで耳鳴りと吐き気でぐちゃぐちゃだった世界が、急に静かになる。
視界の端を見る。
――4。
数字のカウントは、静かにそこに浮かんでいた。
(……とりあえず、止まった、のか?)
試しに頭を振ってみても、もうあの痛みは戻ってこなかった。
俺は冷や汗ダラダラの額を
「ジュダ様! やっぱりお医者さまに診てもらわないと!」
ルインは身を起こすと、まだ涙の残る瞳で、こりもせずに俺に歩み寄ってきた。
コイツは……さっき俺に突き飛ばされたのに――まるで怯む気配がない。
「ジュダさま、顔が真っ青です! もしかしたら大きな病気なのかも。きちんとお医者さまに――」
「だから、しつこ……」
思わず、いつもの調子で暴言を返しかけて――慌てて思い直す。
また、あの頭痛に襲われたら洒落にならん。
「ごほん……大丈夫だ……」
咳払いをしてから、俺は実に俺らしくない言葉をルインに投げかけた。
「心配かけたな。
「えっ!? あ、ありがとう!?」
逆立ちしたって俺が言うはずのないセリフに、ルインが目を瞬かせる。
「えっ!? ありがとうございます!? ええっ!? ジュダさまが!? わたしに!? えええええ!?」
まあそうなるよな。俺も言ってて変な汗出てきてる。
だが、いつまでもここでルインとじゃれている場合じゃなかった。
俺は踵を返して廊下へ続くドアへ向かう。
ドアノブに手を伸ばしたところで、背後からルインが俺を呼び止めた。
「ジュダさま! どこに行かれるんですか?」
「図書室だ。ちょっと、調べたいことがあるだけだ」
短く答え、俺は自室を後にした。
(クソ……! あのアミュレットのこと……調べないといけねえんだよ!)
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