人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜

三月菫@12月22日錬金術師5巻発売!

第1話 断罪

「おい、使用人ども。


「…………は? なんと申されましたかジューダス様」


 屋敷の食堂。

 夕食後の時間。

 使用人たちが後片づけに追われるそこへ、俺——ジューダス・ファウルトが乱入していた。


「耳が腐ってるのか? もう一回言ってやる。俺に夕食の片付けを手伝わせろ。皿洗いでも何でもいい」


「いえ! 公爵家こうしゃくけ御子息ごしそくであるジューダス様に、このような雑務でお手を煩わせるなど——」


「うるせえ。いいからやらせろ。俺がやるって言ってんだよ。殺すぞ」


 怯えきった使用人を押しのけるように、俺は皿の山の前に立つ。

 袖をまくり、冷たい水に手を突っ込み——

 

「つめてええええええええ!!??」


 それでもガシガシと洗い始めた。


(くそ! なんで俺が使用人クズ共の手伝いなんか!)


 冬の水は氷みたいに冷たい。

 あっという間に指先の感覚がなくなっていく。


 ——なのに、やめられない。やめるわけにはいかない。


 視界の端に――「4」。

 白い数字が浮かんでいるからだ。

 

 この数字が0になったとき、

 

「一体どうしてこうなった……!?」


 悪態あくたいが漏れた瞬間、脳裏のうりに昨日の出来事がよみがえった。


 

 


忌々いまいましいクソジジイが……ようやくくたばったか……」


 黒衣こくいの参列者が作り出す重苦しい空気の中。

 俺は、ひつぎに眠る男を見下ろし、誰にも聞こえない声でわらった。


 父、ガリオス・ファウルト公爵。

 民からは〝災厄さいやくの貴族〟と呼ばれた男。

 ——そして、俺がだ。


 棺の前には、ガリオスの正妻クラウディア。

 そして、正妻腹せいさいばらの三人の息子たちが並ぶ。


 後ろ姿でつらは拝めないが、三人ともいかにも者顔で並んでることだろう。


 その後ろで、俺はこっそりとたちに向かって中指を立てた。


(やっとこの地獄から解放される)


 俺はガリオスの正妻クラウディアと血のつながりはない。

 俺の母さんは、ガリオスに使えるの一人だった。


 俺を産んだことが罪だと言わんばかりに、冷遇され続けて、最期は流行り病にかかって、ろくな治療も受けずに死んでしまった。


(……俺も同じだ)


 価値なし。外れもの。

 殺されてもおかしくなかった俺が屋敷に置かれた理由は、一つだけ。


 俺には才能があった。


 剣も、魔法も、算術も。

 皮肉なことに、正当な後継者ではない庶子しょしの俺は、天才としか言いようがない才覚を持っていたのだ。

 その才能を見抜き「使える」と判断したのが、ガリオスだった。


 ——そして、そこからがの始まりだった。


 剣、魔法、政務、礼儀、交渉、尋問、戦略——ガリオスは自らの手で、それらすべてを俺に叩き込んだ。

 帝王学、などと言えばそれっぽいが、実態はただの虐待だ。


 泣こうが喚こうが、ガリオスは容赦なかった。

 幼い俺にとっては、永遠とも思える地獄の日々。


 その上、俺を苦しめたのが――だった。


 俺は転生者だ。


 現代日本でうだつのあがらない独身貧乏サラリーマンだった俺は、今度こそ温もりのある家庭を望んで、このファンタジー世界に生まれ直した……はずだった。

 

 なのに待っていたのは、望まれない子としての差別と、実父からの虐待だけ。


(転生先の親ガチャ、大ハズレだぜ)



 転生してまもない頃。

 幼い俺に、母さんはよくいていた。


「ジューダス、この世界は沢山の愛であふれているの」

 

「だからどんなときも、他者への慈しみを忘れないで」


(はっ、笑わせんなよ)


 愛?

 思いやり?

 そんなもの、どこにある?


(だったら、なんで俺はこんなに苦しい? なんで、誰も助けてくれなかった?)


 しまいには、そんな善意を説いたアンタも、ちっぽけに死んだ。


 そこでようやく、俺は悟ったのだ。


 俺が転生したこの世界では、だと。


 ここは弱肉強食の世界。

 強者こそが正義。

 弱者は、従うか、死ぬか。


 ならば、俺は強者になる。

 踏みにじられるくらいなら、踏みにじる側へ回る。


 それからの俺は、ガリオスのす拷問じみた鍛錬に食らいついた。

 才能を、悪意で研ぎ澄ましていった。


「クソジジイ……俺に強さを遺したことだけは、感謝してやるよ」


 俺は、ガリオスの眠るひつぎへ視線を戻す。


「アンタの二つ名……〝災厄〟はこの俺が継いでやる。安心して地獄で眠ってろ」


 俺は、あふれる笑みを抑えることができなかった。




「それでは最期の別れを――」


 参列者が一人ずつ、棺の中のガリオスの死に顔を確認していく。

 俺の順番になり、ふと違和感に気づいた。


(……ん? なんだこりゃ)


 ガリオスの胸元に、古びたが置かれていた。


 丸い金属板に刻まれた紋様もんよう

 中央には黒い宝石のような核がはめ込まれており、薄闇うすやみの中で淡い光を脈打みゃくうつように放っていた。


(こんなもん、ガリオスは身につけていたか?)


 記憶にはない。

 だが、妙に目を引かれた。


(……悪くねえ)


 理由はわからない。

 気づけば、そう思ってしまった。


 祈るふりをして身をかがめ、こっそりとアミュレットを抜き取る。

 

 アミュレットに触れた瞬間、ひやりとした感触が指先を伝い、それが妙に心地よかった。


 そのまま俺はアミュレットをふところへ滑り込ませる。


(このまま、燃やされて灰になるくらいなら、俺がもらってやるよ)


 列から外れ、周囲の視線から離れたところで、こっそりとアミュレットを取り出した。

 誰も見ていないのを確認してから、ゆっくりと首へ通す。


 ひやっとした感触が肌に触れた、その瞬間――


 頭の奥で、鈍く重い音が鳴り響いた。


「……っ!?」


 謎の耳鳴みみなりに眉をひそめたとき、どこからともなく、無機質むきしつな声が降ってくる。




 ◤なんじの罪、確かにきざんだ◢



 ◤これより断罪だんざいときへ移行する◢




「……は?」


 意味のわからない宣告。

 聞き返すひまもなく――


「……ぐおっ!?」


 脳を、太いくいでぶち抜かれたような激痛が走った。


 足元が揺らぎ、視界がにじむ。

 冷や汗がぶわっと吹き出し、呼吸が乱れた。


 だが、その痛みは嵐のように一瞬で去り、何事もなかったかのように消え失せる。


「な、なんだ……今の痛み……?」


 思わず、戸惑とまどいが胸をついて出た。

 だが、謎の声の正体も、今の出来事の意味も、まったくわからない。


 ひとまず、周囲を見回す。

 誰も俺の異変には気づいていないようだ。


「……このアミュレットのせいか?」


 俺はアミュレットの感触を確かめるように、そっと胸元に手を当てる。

 そして異変に気づいた。


「……あ、あれ? 


 確かに胸元に身に着けたはずのアミュレットが消えているのだ。

 ひもが切れて落としたのかと思って足元を見るが、やはりどこにもない。


(どういうことだ?)


 しばらく、アミュレットのを探して服の上からゴソゴソとまさぐるも、結局見つからなかった。

 

(……気のせい、ってことにしておくか)


 考えるのをやめ、俺は小さく肩をすくめた。





 このとき俺は気づいていなかった。

 俺が身につけてしまった、古ぼけたアミュレット。


 名を、


 これが、災厄の貴族——ジューダス・ファウルトを殺すことになるなんて。






***

というわけでカクヨムコン11異世界冒険ジャンル参加作品。

連載開始です!

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