⑥好き嫌いをしてはいけません

 原初大陸に船団が迫っていた。



***



 漆黒の肉体は、数多の闇を吸収した結果なのか。あるいはその存在そのものが闇であるのか。


 油絵具のような質感の肌には鱗はなく、空気に触れ合う輪郭は僅かに滲んでいるようにも見える。


 彼には名は無い。ただ彼はこう呼ばれている。


──魔竜。あるいは人類最悪の敵。


 しかしその命運も尽きるかもしれない。何故なら


 それだけではない。その勇者たちの装備は『キノコ装備』であった。


 これまで数多あまた生命いのちを喰らってきた魔竜が唯一食べることのできない生命体──それがキノコである。シイタケ、エリンギ、ナメコ、シメジ……毒の有無に関わらず、魔竜はキノコが嫌いであった。そこに目をつけた女神がキノコに加護を与えて聖剣とし、勇者たちに与えた。


 聖剣シイタケソード。聖剣マツタケブレード。聖剣ナメコカリバー。聖剣ブナシメジ。千本の聖剣はこれまでの聖剣と違い、間違いなく魔竜にダメージを与えるであろう武器だった。


 それ故、魔竜は恐れていた。できれば大陸に到着する前に撃退したいと思っていた。


「上陸されてしまえばキノコと戦わないといけなくなる。しかし上陸前に遠距離攻撃で皆殺しにすればお姉ちゃんに怒られてしまう。それならば……させないようにすれば良い。ちょっと大きな波を起こせば押し返すことができるだろう」


 作戦を決めた魔竜は、船団の迫る海岸線に移動する。そして──


「軽く……軽くだ。沈没させるとお姉ちゃんに怒られてしまう」


 そっと爪を海に叩きつけようとして──


「ぐ、何故か鼻がムズムズする……」


 風に乗ってやってきたキノコの胞子が鼻に入り──


「くちゅん」


 くしゃみをした(超巨大竜巻発生)。



***



【お説教タイム】


「魔竜さん。勇者千人を選定するのにどれだけ時間がかかるか分かりますか。勇者千人を人類最強レベルまで育てるのにどれだけ手間がかかるか分かりますか。聖剣千本の名前を考えるのにどれだけ面倒臭かったか分かりますか。お姉さんは今までで一番頑張ったのに、まさか上陸前に全滅させられてしまうなんて……」


「ぐぬう。しかしくしゃみは不可抗力だし、勇者たちを殺すつもりはなかったのだ」


「言い訳なんて聞きたくありません。魔竜さんは私の気持ちなんてどうでも良いんですよね。私なんかいなくても、毎日、お腹いっぱいになるまで生命いのちを食べることができれば幸せなんですよね」


「違う。我はお姉ちゃんのことが──」


「私はもうあなたの『お姉ちゃん』じゃありません。あなたなんて弟は知りません。さよなら」


 女神はそう言って、自らの星──太陽に向かって飛び去ってしまった。

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