⑤愛と絆を毒の海に沈めてはいけません
気まぐれに天変地異を引き起こし、
──魔竜。あるいは人類最悪の敵。
女神に叱られてばかりの漆黒のドラゴンは、もう勇者たちの相手をしたくないと思っていた。女神の寵愛を受けた勇者を殺せば、当然のことながら女神にすごく怒られてしまう。
洞窟を潰してしまおうか……。
原初大陸は中心部を除くと全域が高々とした山脈に覆われている。人類の叡智を結集しても、その山脈を踏破することはできない。
そのため山脈を越えずに済むように、地底を通って大陸中心部に到達する洞窟ダンジョンを女神は
この洞窟を潰せば勇者たちはここに辿り着けない。しかしこれを潰すと「私が頑張って
「引き返したくなるような仕掛けを追加するか……」
攻略を難しくするくらいなら、それほど怒られはしないだろう。そう思って魔竜は最小の力で『毒の
***
「無限ループの仕掛けは抜けた! あと少しで洞窟を突破できるわ!」
神聖騎士にして、聖剣パープルローズを携えし勇者──ナタリアは、仲間たちを鼓舞するように叫んだ。
「…………」
ナタリアの言葉に無言で頷いたのは、彼女の幼馴染であり、彼女と同じく神聖騎士であるクロウ。彼が肩に担ぐ大剣は、聖剣パープルローズに引けを取らない名剣であった。
「二人とも油断しないで、出口の方向から……何か来る!」
守った──はずだった。
「二人とも後退して! この毒気は神聖魔法による
「後退って、ここまで来たのに!?」
「命には替えられないわ! 私が少しでも押し留めるから! 風よ、押し寄せる邪気を押し戻せ──ホーリィウインド!」
判断が早かったのはクロウだった。全滅だけは避けようと彼はナタリアを
ロリポップの洞窟の奥に──。
***
クロウはナタリアを下ろし、ナタリアも自分の足で走り始める。しかし長大で──しかも無限ループの仕掛けまであるダンジョンを突破するのは容易なことではない。
やがて毒気が彼女たちに追いついてくる。それは即死するタイプの毒ではないものの、防具の
徐々に──そして着実に、魔竜の毒は二人を
冷静さを失っていることもあり、二人は無策に走り回ることしかできず、無限ループの仕掛けをなかなか抜け出すことができない。そうしているうちに──手足を腐らせつつあったナタリアが走れなくなり、ついには歩くこともできなくなり、クロウは再び彼女を
毒に侵食された装備は害にしかならず、腐食して朽ち果てかけていた聖剣や鎧は逃げる途中で捨て去っていた。今、ナタリアもクロウも薄手の服だけを身にまとい、毒気の海を
命を捨てて食い止めようとしてくれたメルのことを想い、クロウはボロボロと涙を流す。すまない、俺たちはお前が繋いでくれた命を無駄にしてしまう……。
「ナタリア、聞いているか。こんなときだから言うが、俺はお前のことが好きだ。愛している。なあ……お前には好きな男はいるか──」
ナタリアは応えない。クロウは気付いていた──すでに
***
【お説教タイム】
「悲しすぎる物語を演出してはいけません。あとロリポップの洞窟を『勇者ホイホイ』にしてはいけません。無限ループ系のダンジョンに防御不可の毒気を充満させるとか、どれだけ誘い込んでから確実に殺す気満々なんでしょうか。ご存知かと思いますが、この大陸は転移系の魔法が封印されています。侵入した勇者さんたちが全員脱出できずに死んでしまいますよ。しかも少しずつ体が腐るという地獄の中で」
少女の姿をした女神の前で、魔竜は何かを書きながら話を聞いている。何を書いているのかといえば──反省文。
「ぐぬう。しかしあの程度の毒で死ぬようなら、我の本気の
「そもそも本気を出してはいけません。あなたが本気を出せば天変地異で世界中が無茶苦茶になりますからね」
「分かった。次からは気をつける」
魔竜はそう言って謝った。人類最悪の敵は、女神の前では反省文を何回でも書き直す従順な弟なのであった。
しかし──
「お姉さんは本気で怒りました。ナタリアさんたちの悲劇を繰り返してはいけません。次の勇者はきっとあなたを倒します」
女神は許してくれなかった。
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