フロストフォールのポンコツ聖女!! ~左遷された聖女と少年従士隊の雪国暮らし~

ポル虎 炉ッ遁

第1話


 連日の吹雪の隙間を衝くようにして、雪原には束の間の青空が顔を覗かせていた。

 粗末な門で女剣士が見事な黒馬に飛び乗り、替え馬の手綱を鞍にくくりつけた。

 すらりとした長身を黒衣に包み、腰に二本の湾刀を吊っている。

 目深にかぶった外套のフードから白金プラチナブロンドの髪がひと束こぼれ落ち、口もとを覆った布からは赤い瞳と褐色の肌がのぞいていた。


「出来るだけ早く戻る。それまで凌いでいてくれ、聖女殿」

「よろしくおねがいしますローザさんっ……!」


 雪を蹴立てて走り去っていく後ろ姿を、マナカは祈るような気持ちで見送った。


 現代日本から異世界へ召喚されたマナカは、なんの力も授からないポンコツ聖女だった。

 召喚した当の教会も扱いに困ったのか、家門からも見捨てられた少年たちを従士につけられ、マナカは雪原の過疎村フロストフォールへと左遷された。


「ぐあ、寒っ」


 溜め息も凍りそうな寒さに、マナカは体を抱きしめた。


「いかんいかん」


 すんと鼻をすする。油断すると身の上に悲しくなってしまう。


「働こう。動いてる方が身体も温かいってもんだわ」


 左遷されて一年目の冬に、十数年に一度の大寒波『南進するリーゼロッテ』が襲来した。

 街道からも切り離され食料の備蓄も尽きかけている。

 またいつ吹雪くかわからない危険を承知で、旅の剣士であるローザが食料を購いに町まで駆けてくれる。

 残されたマナカと住人たちは、教会を補修し避難所にする作業で大忙しだ。


「あっ」


 少年が雪のうえを歩き、七匹のオオカミたちがその周りを走り回っている。


「おかえり、ナナシ!」


 沈みかけた気持ちもどこかへ吹き飛び、マナカは思わず走りだしていた。

 少年はマナカに気付くと、オオカミのように素っ気なく横を向いた。

 ナナシ。十二才くらいで背はマナカより頭ひとつほど小さい。黒髪黒眼で肌は白く、日本人のような容貌だ。

 ブカブカの従士服に刀を背負い、腰には喉を切った雪ウサギをぶら下げている。


「凄い。ウサギ獲ってきてくれたの?」


 マナカは息を白く弾ませ、ずんずんと距離を縮ませていく。


「偉いねナナシ、みんな喜ぶね!」


 抱きしめようと広げたマナカの腕を、ナナシはひらりとすり抜けた。


「わっ」


 勢い余って雪に転がったマナカに、躍り込むようにオオカミたちが殺到する。


「むぇっ」


 ざらついた舌がマナカを舐めまわす。ごわごわした毛皮たちに揉みくちゃにされる。


「あれ、スノウ。どうしたのこれ?」


 マナカは若いオオカミをつかまえた。後ろ脚に裂傷を負っている。


「反撃にあった」

「ウサギに? オオカミなのに」


 ナナシがこくりと頷いた。


「縫っちゃおっか?」


 ナナシは即座にスノウを押さえ付けた。


「ちょっと染みるよ」


 もともとマナカは獣医学生だ。

 手際よく消毒し、持針器と縫合糸で傷口を縫い閉じた。


「よし。いいよスノウ」


 腰をポンと叩くと、スノウは雪原で遊ぶ群れのほうに走っていった。


「持ち歩いてて良かったなあ」


 マナカは小さな箱に道具をしまい込む。

 針と糸に持針器と鉗子程度だが、家でも縫合の練習をするために持ち歩いていたのが幸いした。


 ふと見ると、ナナシが村の外を見つめていた。


「どうしたのナナシ?」

「足あとがあった。見たことのない、にんげんのだ」

「足跡?」


 ナナシは無言で頷いた。

 愛想のない無表情だが、目がたまらなく綺麗で、なんか可愛い。


「聖女殿」


 背後から声を掛けられ、マナカは体を跳ねさせた。


「さ、査察官さん……!?」


 ポンコツ聖女を失脚させるために、教会が派遣した査察官だ。

 痩せた眼鏡の男で、いつも眉間に深い皺を刻んでいる。


「オオカミの子か」


 査察官がナナシを見据え鼻を鳴らした。

 ナナシは天災で滅んだ町の、ただ独りの生き残りだ。

 廃墟の町に棲み着いたオオカミたちに混じり、奇跡的に生き延びていた。

 石を投げられ迫害されていたのを、従士隊のなかで唯一、マナカが自分でスカウトしたのだ。

 オオカミたちが無表情で唸りはじめた。

 マナカの背に冷たい汗が伝う。

 オオカミはナナシに懐いているからマナカにも優しいだけで、ナナシの群れと見なされていない査察官は攻撃されかねない気がする。


「わたし、あの、そのう、そうだ、たしか人生で三番目くらいの一大事があった気が!?」


 マナカはナナシの手をとってあたふたと逃げだした。

 オオカミたちは雪の上を跳びはね、マナカのあとを嬉しそうに追いかけてきた。



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