第11話 「王宮隔離令 — 始まりの分断」

 王都で小規模な異変が連鎖し始めた翌朝、王宮の大広間には重苦しい沈黙が満ちていた。群青色のカーテンから差し込む朝光は弱く、いつもより色が褪せて見える。侍従長、侍女長、軍監、議会派の使者──全員が一堂に会し、ひとつの決定を下すために集められていた。


「……王女殿下を、しばらく“隔離”すべきである。」


 その言葉が出た瞬間、大広間は凍りついた。


「隔離……? 姉上をですか!?」

 クラリスが声を荒げた。だが返答は冷たかった。


「王都で続く“異常現象”の中心は殿下にあると判断されました。

 殿下を守るため、そして王都を守るためでもあります。」


 誰も“神罰”とは言わない。

 しかし、その本音は明らかだった。


(私が……原因……?)


 メアリーは俯き、胸を押さえた。

 昨夜の幻視の残滓がまだ体内に残っている。


(選別……調律……因果反転……

 十九柱が動いている……

 私を通して……世界が震えている……)


 それを説明できるはずもなく、言葉は喉につかえたままだった。


◇ ◇ ◇


「姉上を、牢と同じ扱いにするつもりですか!?」

 クラリスが議会派の使者を睨みつける。


「違います。“保護”です。」

「保護なら、宮殿内で十分でしょう!」

「侍女クラリス。あなたは感情的すぎる。」


 その言葉に、クラリスは拳を震わせた。


(姉上を守れるのは、わたしだけなのに……!

 どうして誰も姉上を理解しようとしないの……!?)


 一方メアリーは、静かに息を吐いた。


「……クラリス、もういいわ。」


「姉上……!」


「私は……誰かを傷つけているのかもしれない……

 それなら……隔離されるべきなの……」


 その言葉は、自分の意志というより、

 紬の震える声が混ざった“諦め”だった。


(私みたいに、誰かを巻き込みたくない……

 失いたくない……)


 紬の痛みが、メアリーの意志を揺らす。


◇ ◇ ◇


 隔離区画は王宮北棟の最奥にあった。

 かつて王族の療養室として使われていたが、今は物々しい魔術障壁で覆われている。


「姉上……本当に……ここで?」

 クラリスの声が震える。


「大丈夫よ。あなたが来てくれるなら……」


 メアリーは微笑もうとしたが、紬の感情干渉で表情が歪む。


(ここ……暗い……

 また閉じ込められるの……?

 私は……こんな場所で……)


 紬の声が恐怖で揺れる。


「紬……大丈夫……落ち着いて……私がいる……」


「姉上……?」

 クラリスはその名前に違和感を覚える。


(今……紬と話していた……?

 姉上は、もう自分の世界だけで生きていない……

 どこか、遠い……)


 クラリスは胸の奥が冷たくなるのを感じた。


◇ ◇ ◇


 隔離区画に入ると、侍従たちは距離を保ちながら礼を述べ、すぐ退室した。

 彼らの視線は、明らかに恐怖と警戒を含んでいた。


「姉上を……怪物みたいに……!」


「クラリス……仕方ないわ。

 彼らも……怖いのよ。

 私自身……自分が何をしているのか分からないもの。」


 メアリーは窓辺に近づき、静かな声で続けた。


「世界が……私に反応している……

 紬の痛みを感じるたび……外で何かが起きるの……

 嘘をついている人が倒れたり……

 悪意を抱いた者が動けなくなったり……

 本当は止めたい……怖い……」


 その声は、少女の弱音であり、黙示録の“予兆そのもの”だった。


「姉上……」


「クラリス……私が怖い……?」


 その問いに、クラリスは迷わず首を振った。


「怖くなんてありません!

 姉上は……姉上です。

 どんな存在になっても……!」


(本当に……?)

 紬の声が震える。

(怖くないの……?

 私は……拒絶されたことしかないのに……)


「紬……あなたもよ。

 あなたは……私の中にいてもいい……」


 メアリーの囁きに、紬の声が涙のように揺れる。


◇ ◇ ◇


 しかしその直後、隔離区画の外で突然警鐘が鳴り響いた。


「王宮前広場にて異常発生! 民衆が倒れています!」

「神罰か!? 早く王女殿下を守れ!」


 兵士の叫びが響く。


 十九柱の調律が再び動いたのだ。


◆十九柱

【悪意波形:王宮前広場に集中】

【選別発動:局所領域】


 メアリーの胸が締めつけられる。


「……また“何か”が……」


「姉上、無理に感じようとしなくても……!」


「いいえ……感じてしまうの……

 世界の“歪み”が……全部、胸に来る……」


(怖い……怖い……!

 どうして……また……!)

 紬が泣き叫ぶ。


「クラリス……もし私が……私じゃなくなったら……」


「姉上――そんなこと言わないでください!」


「でも……紬の声も十九柱の囁きも……

 もう止められないの……」


 メアリーはゆっくりと目を閉じた。


「私は……“隔離”されたんじゃない。

 世界から……切り離され始めているの……」


 その言葉は

 紬の痛みと、十九柱の調律と、メアリー自身の恐怖が

 ひとつに溶けた声音だった。


 こうして王女メアリーは、

 正式に“世界から分断された存在”となった。


 そしてそれこそが──

 黙示録第二段階の、第一歩であった。

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2025年12月14日 07:00
2025年12月14日 19:00
2025年12月15日 07:00

神罰律導の王女メアリー ―十九柱の黙示録― 空識(くうしき) @ARkn3Jnnb1TVm9

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