断罪イデオローグ
シクスト
断罪イデオローグ
序章
私が
いや、本音を言えば分かっているのだけれど、分かっていないふりをしているだけだ。
理解してしまうと“認める”ことになる。それが嫌だった。私は嘘つきだから。
その島は世界から切り離されたようで、風すら締め出されたかのように静かだった。
「ようこそおいでくださいました、観測者さん」
出迎えたのは、島の主催にして哲学者の根来ネル。紫の瞳で、私の嘘を透かし見るような女だ。
「観測者って、何を観測しろって話ですか」
「簡単でございます。“天才たちの死”これを貴方の目で観て頂きたいのです。」
さらりと言う言葉の残酷さに反して、ネルの笑顔は涼しい。
島にはすでに七人の“
1. 完全記憶の少年・古賀イチル
2. 芸術否定の画家・冬見レノ
3. 解剖嗜好の医学生・須里アサト
4. 未来を信じない数学者・霜月カケル
5. 恋を捨てた詩人・真野みそら
6. 死を恐れぬ武道家・霞堂ヨリト
7. 真実を語れない作家・上締ソラ
そして彼らの観測者として連れてこられた私。
「さて」
ネルは儀式の司会者みたいに両手を広げて言った。
「七人のうち、一人は“偽者”でございます。才能を持っていないのに天才を名乗る裏切り者。
誰かを特定し、断罪する。それが“才能の証明”になるのです。」
「……断罪、って比喩ですよね?」
「どうでしょうね?」
笑うネル。
この時点で私は気付くべきだった。この島は最初から壊れていると。
⸻
【第一章 落下する天才】
事件は夜の雨と共に始まった。
中央塔――
完全記憶の少年、古賀イチルだった。
塔の縁に吊り下げられたロープが揺れていた。
彼の首には綺麗に締まった痕。
背骨が不自然に折れていた。
駆けつけたネルは言った。
「自殺? 他殺? それともこれは―才能の証明になるのでしょうか?」
「……私に聞きます?」
「貴方は観測者でございますからね」
「観測者って、便利な言葉ですね」
私は雨に濡れながら、少年の顔を見た。
死ぬ間際まで何かを思い出していたような表情。
でも彼は完全記憶の天才だ。
思い出す必要なんてないはずなのに。
⸻
【第二章 六人の考察劇】
翌朝。島のメインホールに七人(正確には六人と観測者)が集められた。
「誰かが殺したの?」
詩人のみそらが震える声で言う。
「ふむ。自殺なんて非合理的だ」
数学者カケルは淡々と語る。
「そもそもこの島の状況が合理的ではないが」
「誰でもええやろ」
武道家ヨリトは腕を組む。
「主催者さんが言う天才を証明するなんか意味わからん事に付き合わされてるんや死なんことの方が難しい島やで。天才ばっかりやし」
「いやいや」
画家レノは鼻で笑う。
「天才じゃなくても死ぬよ」
みんなが好き勝手に口を開くなか、ただ一人黙り込んでいる者がいた。
作家の上締ソラ。語りはするが――真実が一言も話せない男。
「ソラさんは何も言わないんですね」
「……話したくても、話せないこともあります」
彼は微笑んだが、その笑みが誰より苦しそうだった。
そのときネルが言う。
「ルールを追加致します。
明日、二つ目の“才能の証明”が起こるでしょう。観測者さん、あなたは必ず見届けて下さいまし。」
「嫌とは言えないんですよね?」
⸻
【第三章 第二の証明】
翌夜。
今度は詩人・真野みそらが倒れていた。
胸に刺さった一本のペン。インクが血に混ざって黒い花のように広がる。
「詩人がペンで死ぬなんて皮肉ですね」
私は皮肉を吐きながら状況を観測した。
「皮肉じゃなくて必然でしょう」
医学生アサトがしゃがみ込み、淡々と言った。
「致死角度、反射距離、出血量――自殺には見えない」
「何でそんな冷静なんですか」
「死体は分かりやすい。生きてる人間の方が、よほど複雑だよ」
アサトの視線がゆっくり舐めるように、残りの天才達をみていた。
まるで次の死体を選ぶかのように。
その夜、私は眠れなかった。
虚塔の上で吹く風の音が、誰かの泣き声みたいに聞こえて。
⸻
【第四章 観測者としての私】
翌朝、ネルが言う。
「観測者さん、そろそろお気づきに成りましたか?」
「……何にですか」
「貴方自信が答えに気づいてるのに、知らないふりをしてることです」
胸の奥がひりついた。
「あなたは嘘つきですよね。
でも、嘘つきは嘘に敏感。
この島で一番多く嘘をついているのは誰でしょう?」
ネルの紫の瞳が、まっすぐ私に刺さる。
私はゆっくり目をそらした。
「……私、じゃないといいですね」
「違いますね。
一番嘘をついている天才――それが“偽者”でございます。」
その瞬間、ある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
――真実を語れない作家、上締ソラ。
⸻
【第五章 嘘と真実】
――天才の嘘と、記憶の罠
虚塔の内部。
その最上階の窓辺に座り、海を見ていた上締ソラに私は近づいた。
「……探していました」
「観測者さんなら来ると思っていましたよ」
ソラは背中越しに笑う。その笑みは、ひどく疲れていた。
「質問、いいですか?」
「どうぞ。私は嘘しか返せませんが」
「……あなたが犯人なんですか?」
「さて。なんのことです?」
すぐには肯定しない。否定もしない。
彼の嘘の癖だ。
“真実に近い嘘”を言うときほど、語尾が柔らかくなる。
私は少しずつ言葉を変えた。
「古賀イチルは、自殺じゃないですよね」
「ええ。あれは事故とも違います」
ソラはゆっくり立ち上がり、塔の縁のロープを触る。
「彼は――“落ちた”んです」
「押したんですか?」
「いいえ。彼は自分で……落ちようとしたんですよ。死にたいくらいの後悔がそうさせたのでしょう」
私は息をのんだ。
「完全記憶の天才なのに?
死ぬほどの後悔なんて、彼に残ってるとは思えませんでしたけど」
「ええ。彼は何も忘れません。
だからこそ――忘れたかったんですよ」
ソラの声が淡く震える。
「彼は“思い出す必要がないはずなのに”、何かを必死に思い出そうとしていましたよね?」
思い出す必要のない天才が、“忘れたかった記憶”を無理やり思い返す矛盾。
私は小さく頷く。
「古賀は、自分の才能に限界を感じていたんです。
完全記憶は才能じゃない。呪いだ、と」
ソラは窓の外を見ながら続けた。
「一度、彼が言ったんですよ。
“過ちさえ、忘れられない。自分の罪が薄まらない”と」
「罪……?」
ソラは静かに目を閉じた。
「彼は昔、自分の言葉一つで友人を一人、追い詰めて自殺させたことがあるんです。
“忘れてくれたら楽になるのに”と言われて――彼だけが覚えてしまった」
胸が締めつけられた。
「だから古賀は、才能が被った私を恐れたんです」
「恐れた?」
「ええ。私が彼の“罪”を記憶し、彼と同じ地獄を見るんじゃないかと」
完全記憶は天才ではなく、地獄の共有だった。
「だから、私を塔の上に呼び出した。
“忘れる方法があるなら試したい”と」
「それで……落ちた?」
「はい。彼はロープを首にかけ、自分で縁を越えようとした。
でも、足が滑った。
死ぬ覚悟があったのか無かったのか――あれは半分自殺、半分事故です」
ソラは目を伏せる。
「私は彼の手を掴みました。でも、彼は言ったんです。
“思い出さないでほしい”。
私は、手を離した」
塔に沈む沈黙。
私は拳を握った。
「それは……殺したことと同じじゃないですか」
「だから私は、こうしてあなたに告白しているんです。
記憶の天才は二人もいらない。ネルもそう思ったのでしょう」
「じゃあ、詩人のみそらもあなたが……?」
「いいえ」
ソラは首を振った。
「みそらさんは、自分で死を選びました」
「え?」
ソラは静かに言葉を続けた。
「――彼女は、自分自身に恋をしたんです。
もっと正確に言えば、“詩を書く自分”に、です」
「……自分に?」
「ええ。彼女の才能は“恋をしない詩人”――ではない。
本当の才能は、
“恋という感情を使って世界を創造する天才”
だったんです」
ソラは続ける。
「みそらさんにとって恋は、“外へ向く感情”じゃなかった。
彼女は自分の内側にある感情を燃やして、詩に変える。
世界を愛するように――自分を愛していた」
私は息をのむ。
「それって……強い才能じゃないですか」
「強すぎたんですよ」
ソラは紙片を一枚取り出した。
みそらが遺した、最後の詩の断片。
『愛していたのは誰?
あなたじゃない。
私の中の“私”だった』
「みそらさんはね、自分が“恋をしない”と名乗ることで、
自分の才能を守っていたんです。
“恋なんてしない”という嘘が、彼女を守っていた」
「じゃあ、なぜ……死を?」
「島に来て気づいてしまったんです。
ネルが定めた“才能の肩書き”によって、
自分の本当の才能が殺されることに」
ソラは指を組みながら言う。
「恋をしない詩人、という役割を与えられた瞬間――
みそらさんの本当の恋は“自己矛盾”に変わったんです。
“恋をしない”と言いながら、
“恋する自分に恋している”。」
心が軋む。
「彼女は、才能に恋していた。
でもその才能を否定され、“存在そのもの”を壊されると感じたんでしょうね」
「それで、自分で……?」
「ええ。最後の詩として、自らの胸に“詩”を書いて終わりにしたんです」
ソラは目を伏せた。
「彼女は恋を捨てたんじゃない。
本当の恋――自分自身への愛を貫いた。
その結果として、世界を手放しただけなんです」
私は目を閉じた。
この島は才能を証明する場所じゃない。
才能を壊す場所だ。
「上締ソラさん…あなたの本当の才能は何ですか」
「“嘘しか言えない”ことです」
「違うでしょう」
私が言うと、ソラはゆっくり笑った。
「やっぱり見抜きますよね。観測者さんは」
「記憶が正しすぎるんですよ」
ソラは自分の頭を軽く叩いた。
「本当のことを言うと、人を傷つけてしまう。
古賀の友人が死んだように。
だから私は、“嘘しか言わないこと”を自分で選んだ」
完全記憶の天才が選んだ、生存戦略。
それが嘘。
「嘘しか言わない作家なら、誰も本気にしない。
私を憎む人間も、私を信じて壊れる人も出ない」
「つまり“才能”じゃなく“自衛”?」
「ええ。才能だと偽っているだけです」
偽っている――
まさに、この島の“偽天才”。
「だから私が、断罪されるべきなんですよ」
「……あなたを殺す気なんかありませんよ」
ソラの瞳には涙があった。
「ここで私は三人目の犠牲になるつもりでした。
才能の衝突は、どちらかの死でしか終わらないから」
彼はロープを手に掴んだ。
「やめっ!!」
私は叫び、彼の腕を掴んだ。
観測者なのに。
観測するだけの役割なのに。
「あなたは嘘ばかりなのかもしれない!でも!死ぬ必要なんてないでしょう!」
「嘘しか言えない人間が、生きて何になるんです?」
「私だって嘘つきですよ。
でも、生きてます」
ソラの動きが止まった。
「……観測者さん」
「何ですか」
「あなたの本当の才能は――“嘘を赦す才”だ」
彼の声は静かだった。
涙を流したまま、彼はロープから手を離した。
【終章 断罪の果てに】
翌朝。
ネルは塔の前で腕を組んでいた。
「三人も死んでしまって、結局“偽者”は誰だったのでしょうね?」
「誰も偽者じゃなかったんですよ」
私は言った。
「全員、本物の天才でした。
肩書きが歪んでいただけです」
「ふうん。それが観測者さんの結論ね」
「はい。これで“才能の証明”は終わりです」
ネルは目を細めた。
「観測者さん。あなたって本当に――」
「嘘つきですから」
私は笑って島を去った。
後ろでネルが小さく笑う。
「嘘も、才能ですことよ」
風が虚架島を洗い流すように吹き抜けていった。
私は嘘つきだ。
でも――その嘘で、誰かを救えるのなら、その嘘は、きっと真実よりも尊い。
断罪イデオローグ シクスト @CXT015
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