第2話
コツコツと、靴音が学園の廊下に響いていた。
石造りの床。
やたら高い天井。
壁には意味の分からない紋章や模様。
どう考えても、さっきまでいた教室とは別物だ。
「はぁ……もう最悪よ!!」
前を歩くセシリアが、歩きながら愚痴をこぼす。
「なんで人が出てきちゃうのよ……
しかも契約完了しちゃってるし……」
「最悪なのはこっちだ!」
現は即座に噛みついた。
「急に訳もわからん場所に連れてこられるわ!
気づいたら使い魔だとか言われるわ!
意味不明すぎるだろ!」
歩きながら、声がどんどん荒くなる。
「俺はな!
さっきまで普通に授業受けてたんだぞ!
それが一瞬でこんな所だ!
納得できるか!」
セシリアは振り返らない。
ただ、少しだけ歩調が乱れる。
「……ッ……それは、申し訳ないと思ってる……」
小さな声。
足音に紛れて、そのまま流れていく。
「しかもだ!」
現は気づかないまま、勢いで続ける。
「こんな性格のきつい女によ!」
ピタッ。
セシリアが首だけをこちらに向けた。
「……なんですって?」
「あぁ??」
互いに睨み合いながら、そのまま歩き続ける二人。
周囲の生徒たちが、明らかに距離を取っていくのが視界の端に映った。
やがて、進行方向の先に一枚の扉が現れる。
他より一回り大きく、やたらと立派な扉。
中央には、複雑な紋章が刻まれている。
セシリアは何事もなかったかのように足を止め、
軽く拳を作ってノックした。
コンコン。
「使い魔の件についてきました。
一年のセシリア・フォントです」
少しの沈黙のあと、
扉の奥から声が返ってくる。
「入っていいよ」
⸻
重厚な扉の向こうは、静かな空間だった。
室内は広く、天井は廊下以上に高い。
壁一面には本棚が並び、古びた魔導書や羊皮紙が隙間なく収められている。
窓から差し込む光は柔らかく、部屋全体に落ち着いた雰囲気を与えていた。
中央には大きな机。
その奥に、一人の男性が座っている。
白髪交じりの髪を後ろに流し、穏やかな笑みを浮かべた初老の男。
派手さはないが、どこか只者ではない空気をまとっていた。
「そこに座ってくれるかな」
促され、三人は机を挟む形で椅子に腰を下ろす。
現は背もたれに深くもたれかかりながら、部屋の様子を素早く観察した。
(……偉い人の部屋ってのは、どこも似たような空気だな)
そんなことを考えていると――
「学園長!」
セシリアが勢いよく立ち上がり、机に身を乗り出した。
「契約って解除できますか!!」
声が大きく、部屋に響く。
「はいはい、落ち着いて」
学園長は慌てる様子もなく、軽く手を上げて制した。
「机に乗り出すのは感心しないよ」
セシリアははっとして、ばつが悪そうに椅子に座り直す。
「一年のセシリアくんだね」
学園長は書類に目を通しながら続けた。
「使い魔については、召喚授業担当のダイ先生から聞いているよ」
そして、視線がゆっくりと現に向く。
「……で、君が噂の使い魔かな?」
じっと観察するような目。
「うーん……確かに見た目は人間だ」
現は肩をすくめる。
「君は僕のことを知らないだろうし、
まずは自己紹介をさせてもらおう」
学園長は椅子に深く腰掛け、穏やかに微笑んだ。
「僕はこのアルカナ王立学園の学園長をしている。
名前はレオナルド。よろしく」
「俺の名は怪奇 現だ。よろしく」
短く名乗る。
「……へぇ」
セシリアが、少し興味深そうに現を見る。
「あんた、怪奇 現っていうのね」
どこか探るような視線。
「そうだよ」
現が答えると、セシリアはふうん、と小さく頷いた。
そして、すぐに学園長の方を向き直る。
「で、学園長!
この使い魔の契約って、解除できますよね!」
期待を隠さない声。
「そうだね」
学園長は頷いた。
「人間が召喚されるなんて、普通はあり得ない。
そもそも召喚されたとしても、
使い魔契約はすぐに解除できるはずだ」
「ってことは!」
セシリアの表情が一気に明るくなる。
「よっしゃ!」
現も思わず拳を握った。
――が。
「……が」
学園長は、わざとらしく言葉を区切る。
「君が本当に“ただの人間”ならね」
その視線が、まっすぐ現に向けられた。
「え?」
セシリアも、つられるように現を見る。
「僕の予想は当たったようだね」
学園長は小さく笑った。
現は、内心で舌打ちする。
(……驚いたな)
擬態を見破られるなんて、久しぶりだ。
「……あんた」
現は、どこか楽しそうに言う。
「相当な化け物だろ?」
ニヤリ、と口角が上がる。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
学園長は平然と返した。
「え?
ど、どういうこと?」
セシリアは完全に混乱している。
「察しが悪いな」
現はため息混じりに言う。
「俺は人間じゃねぇ」
一拍置いて。
「まぁ……なんて言うか」
肩をすくめる。
「鬼ってやつだ」
「鬼!?」
セシリアの声が裏返る。
目を見開き、現と学園長を交互に見る。
その反応をよそに、現は学園長に視線を戻した。
「で」
本題に入る。
「俺が人じゃねぇから契約が成立したのは分かった。
問題は――解除できるのか、だ」
その言葉で、セシリアも我に返り、学園長を見る。
「……うーん」
学園長は顎に手を当て、少し考える素振りを見せた。
「今すぐには、できないね」
「じ、じゃあ!」
セシリアが身を乗り出す。
「どんくらいで……?」
「そうだね」
学園長は、あっさりと言った。
「三年。
三年間は無理だね」
「マジかよ?!」
⸻
バタン、と。
重たい音を立てて、学園長室の扉が閉じた。
静かな室内とは打って変わって、外は生徒たちの気配が行き交う廊下だ。
話し声、足音、遠くから聞こえる笑い声。
いつも通りの学園の空気――のはずなのに、セシリアの肩は重く落ちていた。
二人は並んで廊下を歩き出す。
「はぁ……」
深いため息。
「これから……どうすればいいのよ……」
歩きながら、セシリアが力なく呟いた。
視線は床に落ち、いつもの勝ち気な表情は影を潜めている。
「仕方ねぇだろ」
現は、のんびりとあくびを噛み殺しながら答える。
「お前も腹括れや」
「……なんであんた、そんな急に受け入れてんのよ」
セシリアが横目で睨む。
「普通、三年も契約解除できないって言われたら、もっと取り乱さない?」
「ん?」
現は首を傾げる。
「冷静に考えりゃ、そこまで慌てるほどのことでもねぇしな」
両手を頭の後ろで組み、気楽そうに歩きながら続ける。
「使い魔って立場はちょっと嫌だが、
それさえ我慢すりゃ、ただの異世界観光みたいなもんだろ」
「へぇ……」
セシリアは半目で言う。
「異世界観光ね。
ずいぶん気楽でいいわね……」
一拍置いて。
「……って、異世界観光?」
足を止め、現を見た。
「あんた……異世界から来たの?!」
「ん?」
現はあっさり頷く。
「ああ。まぁ、そうだな。
ここじゃない世界だ」
「もうわけわかんない……」
セシリアは両手で頭を抱える。
「人を召喚しちゃったと思ったら鬼で、
契約は解除できなくて、
その上、異世界から来たって……」
ぶつぶつと呟きながら、完全に思考が追いついていない様子だった。
現は、それを特に気にするでもなく歩き続ける。
――と。
「あら?」
甲高く、嫌味たっぷりの声が前方から飛んできた。
足を止めると、そこには三人組の女子生徒が立っていた。
先頭にいるのは、派手な装飾の制服を着た少女。
口元には、露骨に意地の悪い笑みを浮かべている。
「そこにいるのって……」
視線がセシリアに向く。
「召喚魔法すら失敗した、無能のセシリアじゃない!!」
取り巻きの二人が、顔を見合わせてくすくすと笑った。
「……ックラスフィーナ..」
セシリアの肩が、小さく震える。
「……無視していくわよ」
小さくそう言って、セシリアは現の腕を掴み、引っ張った。
「お、おい」
不意を突かれ、現が声を上げる。
だが――
「ちょっと!」
女は楽しそうに声を張り上げた。
「無視するなんて酷いと思わない?
落ちこぼれ」
その言葉に、セシリアは唇を強く噛みしめる。
俯いたまま、歩みを速めようとする。
「おい」
現が小さく声をかける。
「いいのかよ?
言われっぱなしで」
「……うるさい」
セシリアは、現にしか聞こえない声で吐き捨てた。
「……今は、関わりたくないの」
「まだ学園にいられるだけでも奇跡よねぇ?」
女の声が追い打ちをかける。
「あんな無様な姿、全校生徒に見られて」
くすり、と笑う。
「ねぇ?
恥ずかしくないの?」
――ピタリ。
セシリアの足が止まった。
同時に、現は自分の腕を掴んでいた手を、乱暴に振り払う。
「……え?」
セシリアが驚いたように現を見る。
「お前は見とけ」
低い声。
「俺は我慢の限界だ」
現は、完全にキレていた。
数歩前に出て、女を正面から見据える。
「おい、そこのブス!」
廊下の空気が一気に凍る。
「何、俺のご主人様を馬鹿にしてんだよ?」
口角を釣り上げ、挑発的に言い放つ。
「喧嘩なら、俺が買うぜ?」
「はぁ??」
女は一瞬ぽかんとしたあと、馬鹿にしたように笑った。
「魔力もない、ただの人間が何言ってるの?」
取り巻きも一緒になって笑い出す。
「あはは!
主人が馬鹿なら、召喚されたあんたも馬鹿なのね」
一歩、前に出る。
「身の程を――」
にやり、と笑って。
「教えてあげる」
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