妖怪達の総大将、正体を隠して高校に通っていたら異世界で使い魔として召喚された
@toneru1111
第1話
現代日本、とある地方都市。
朝の教室は、いつも通りの騒がしさに包まれていた。
チャイムが鳴る直前、机を叩く音、笑い声、スマホをしまい忘れて慌てる生徒。
窓の外では、部活に向かう運動部の掛け声がかすかに聞こえる。
ごく普通の、どこにでもある高校の朝の光景だった。
――その中で、ひとり。
「……眠い」
窓際の席で、怪奇 現(かいき げん)は小さく呟いた。
黒髪に制服、少し気だるげな目つき。
寝不足気味で、机に肘をつき、頬を手に預けている姿は、どう見ても普通の男子高校生だ。
教師に目をつけられない程度にだらけ、成績は中の下。
クラスの誰も、彼を特別視などしていない。
だがそれは――完全な偽装だった。
(昨日は百鬼の会議が長引いたからな……)
内心でため息をつく。
現の正体は、妖怪達を束ねる“鬼の総大将”。
鬼、天狗、河童、付喪神、座敷童、化け猫。
人の世の影に生きる存在すべてを統べ、調停し、時には裁く、頂点の存在だ。
だが今は、人間社会に溶け込むため、
力も、気配も、威圧も――角すらも完全に抑えている。
この教室に満ちているのは、
汗と整髪料と、朝食のパンの匂い。
妖気の入り込む余地など、微塵もない。
制服を着て、授業を受けて、テストに文句を言う。
クラスメイトのくだらない会話に相槌を打ち、
教師の小言を右から左へ流す。
それが今の彼の日常だった。
「起立ー!」
日直の声に合わせ、椅子が一斉に引かれる。
現も周囲に合わせて立ち上がり、礼をする。
「着席」
椅子に座る音が重なり、教室は再び落ち着いた。
黒板に向かう教師の背中。
チョークが鳴る音。
何一つ変わらない朝。
昨日と同じ、明日も続くはずの風景。
――の、はずだった。
次の瞬間。
視界が、白く弾けた。
「……?」
一瞬、目が眩んだのかと思った。
だがそれは、生理的な眩暈とはまるで違う。
光だ。
教室の蛍光灯とは比べものにならない、
輪郭を持たない、世界そのものを塗りつぶすような眩い光。
窓も、黒板も、クラスメイトの姿も、
一斉に溶けるように白に沈んでいく。
(なに――)
そう思った瞬間、足元の感覚が消えた。
床がない。
机も椅子も、背中に感じていた硬さも、
すべてが唐突に、完全に失われる。
重力の方向がわからない。
音も、匂いも、気配も――消えた。
まるで世界そのものが、切り取られたかのようだった。
「お、おい!?」
反射的に声を上げるが、
その声すら、白の中に吸い込まれていく。
次の瞬間、
現の体は抗う間もなく、光に引きずり込まれた。
落ちる感覚とも、浮く感覚とも違う。
ただ、どこかへ「移されている」という確信だけがあった。
――そして。
次に目を開けた時。
「……え?」
そこは、知らない場所だった。
空気が、違う。
匂いが、重い。
足裏に伝わる感触は、冷たく、硬い。
現はゆっくりと瞬きをし、
見慣れたはずの世界が完全に消えていることを理解する。
天井は高く、石造り。
床には複雑な模様が刻まれ、淡く光を放っている。
壁には、見たこともない文字や紋章。
教室のざわめきは、もうどこにもない。
静寂と、
そして――異質な気配だけが、そこに満ちていた。
そこは、知らない場所だった。
石造りの床。
足裏からじんわりと伝わってくる、冷たく硬い感触。
床一面には幾何学模様の魔法陣が刻まれ、淡く、脈打つように光を放っている。
見たこともない文様は、どれも複雑で、視線を向けているだけで目が滑りそうだった。
天井は異様なほど高い。
教室とは比べものにならないほどの高さで、支柱には奇妙な彫刻や紋章が並んでいる。
壁一面に刻まれた文字は、どれも見覚えのない言語だ。
――そして。
周囲を取り囲む、無数の視線。
人、人、人。
円形に広がる魔法陣の外側を、ずらりと人間が囲んでいる。
全員がローブ姿で、色や装飾はまちまち。
年齢も性別もバラバラだが、共通点がひとつだけあった。
――全員、目を見開いている。
驚愕。困惑。恐怖。
そんな感情が、隠そうともせずに顔に浮かんでいる。
「……え?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
その一言が合図だったかのように、
空気が一気にざわめき始める。
「な、なにあれ……?」
「人間……だよな?」
「魔力反応、ほとんどないぞ?」
「失敗? 召喚失敗なのか?」
ひそひそ、ざわざわ。
小声のはずなのに、四方から一斉に飛んでくるせいで、やけにうるさい。
視線が、刺さる。
品定めするような目、値踏みするような目。
現は無意識に肩をすくめた。
(どこだ……ここ?)
頭の中で問いを投げるが、答えは返ってこない。
異世界――という言葉が浮かび、同時に嫌な汗が背中を伝った。
その時。
正面の人垣が割れ、ひとりの少女が一歩前に出てきた。
赤みがかった金髪をポニーテールにまとめ、
背筋を伸ばした、勝ち気そうな目をした少女。
整った顔立ちだが、今はその表情が完全に引きつっている。
血の気が引いたように白く、唇が小刻みに震えていた。
「……なによ、あんた」
絞り出すような声。
必死に強気を保とうとしているのが、逆にわかってしまう。
「なんで……なんで、人間が出てきてるのよ!!」
「いや! 知らねぇよ!」
現は即答した。
考えるより先に、口が動いていた。
その瞬間、場の騒ぎは一段階跳ね上がる。
教室――いや、学園の召喚実習室は、一気に騒然となった。
「喋ったぞ!?」
「やっぱり人間じゃないか!!」
「どういうこと?!」
「魔物じゃないのに……?」
叫び声と混乱が渦を巻く。
現は思わず耳を塞ぎたくなった。
その中を割って、教師らしき中年男性が前に出てくる。
口元に髭を蓄え、額に汗を浮かべている。
「し、静粛に! 静粛に!」
だが、誰も聞いちゃいない。
現はとうとう頭を抱えた。
「てかお前誰だよ!!
ここどこだよ!? どうやって帰るんだよ?!」
半ば叫ぶように言う。
少女は唇を噛みしめ、一瞬だけ視線を逸らした。
「……私が知るわけないでしょ」
声が、かすれる。
「なんでなの……
なんで、使い魔召喚すら失敗するの……」
悔しそうに俯く少女。
拳を強く握りしめ、肩が小さく震えている。
――いや、待て。
「おい、お前……今、使い魔召喚って言ったか?」
少女は顔を上げ、きょとんとした表情で答える。
「え? うん」
「誰が使い魔だ! ゴラァ!!」
「うっさいわね!
あんたは人間なんだから、使い魔の契約なんてできないの!
だから――」
その時だった。
カチッ。
何かが噛み合う、乾いた音。
音は小さい。
だが、はっきりと、確実に響いた。
現の背筋に、ぞわりと悪寒が走る。
「……おい?」
ゆっくりと、腕を見下ろす。
「すごく……嫌な予感がしたんだが?」
教師が魔力測定器を覗き込み、顔色を変えた。
「ま、まさか……
契約が……?」
その言葉に、少女――セシリアが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!
わ、私は魔物を呼ぶつもりで……!」
言い終わる前に。
現の腕に、淡く光る紋章が浮かび上がった。
幾何学模様と、見覚えのない文字。
それは確かに――“契約”の証だった。
「――え」
セシリアの腕にも、同じ紋章が現れる。
ざわめきが、ぴたりと止まる。
まるで、空気が凍りついたかのように。
「……主従契約、成立……?」
教師の呟きが、やけに大きく響いた。
現は自分の腕を見て、
ゆっくりと、セシリアを見る。
セシリアは口を開けたまま、完全に固まっていた。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
「……え?」
二人同時だった。
――こうして。
学園の召喚実習で、
前代未聞の“事故”が成立したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます