第4話 呪詛

「冬乃ー!おはよう!」

「ああ、うん。おはよ。」


きた。私は平然を装ったが、内心は気が気でなかった。


「ねえねえ、聞いてよ! 昨日ね、差出人不明の手紙と一緒に、からくり箱が送られてきてね。」

「ほら、この手紙、見てみて。」


早速、コトリバコの話題を振ってきた。私は差し出された手紙に目を落とす。


「見るからに怪しい手紙ね。」

「でしょー? さすがに警察に届けた方がいいかなぁ。」


中身を見る前に警察へ持って行かれるわけにはいかない。

それだけは何としても避けなければ。


「でも。あなたの名前を知っているようだし…。誰かのサプライズプレゼントなんじゃない?

そうだとしたら、その人の気持ちを無下にするかもよ?」


夏美は私の言葉に、安心したような表情を見せる。


「うーん、確かに! じゃあさ、今日うちで一緒に開けてみない?」

「いや、私は遠慮しておくわ。」

「なにぃ! 親友である私の誘いを断るなんて!」


一緒に開ける?冗談じゃない。

これはお前のためだけに仕立てた絶望だ。一人で味わえ。

自然と口元が緩んでしまった。


「ごめんなさい、今日はほんとに用事があって…。」

「そんなんだから私しか友達いないんだぞー!」

「まあ、仕方ないかー。じゃあ、また後でね!」

「うん、分かったわ」


翌日

「おはよう、冬乃」

「おはよう」

夏美の表情が暗い。コトリバコの中身を見たのだろう。


「昨日さ、からくり箱の話したじゃん?あれね…」


案の定、すぐにその話題を出してきた。

夏美は、震える声で事の顛末を語り始める。

あくまで、私は理解者を演じ、彼女の精神が壊れていく様を楽しむことにしよう。


「多分それ、コトリバコだと思う…」

「コトリバコ?なにそれ?」

「都市伝説みたいな話なんだけど…。

木箱に子供の指とか動物の血とかを入れて蓋をするの。それが人を呪う道具みたいになるらしいの。

もしかしたら、あなたを呪いたい誰かが、呪いを直接。

それも強力にかけるために箱を送り付けてきたのかも。」


私が説明を重ねるたびに、夏美の顔色は見る見る青ざめていく。

その滑稽な表情に、笑いが漏れそうになるのを必死に堪えた。


「なんなのそれ…。なんでそんなに詳しいの?気持ち悪い!そんなの迷信だよ!」


恐怖を前に、ようやく本性が漏れた。

事情を知らない人が聞けば、呪いそのものを気持ち悪いと言っているように聞こえるだろう。

だが、実際にその言葉が向けられているのは、私自身だ。

彼女から何度も浴びせられてきた言葉。

私は冷静を装い、柔らかい口調で言う。


「落ち着いて。あなたの力になるわ。

呪いを解くおまじないっていうのもあるの。

今から教えるから、今日にでも試してみて!」


ようやく、私を利用できる存在だと理解したようだ。


「うん、分かった。ありがとね、親友」


親友?この後に及んでこの女は、まだそんな蔑称を使うとは驚きだ。

この先に訪れる地獄の前で、いつまでそんな態度を取っていられるか見ものだ。


その日の夜。

あの後、私は夏美に、コトリバコの呪いについてさらに詳しく説明した。

箱を開けてから、24時間後に呪いの効果は現れ始める。

最初は幻覚、幻聴から始まり、その後、めまい、吐き気、頭痛。最後には内臓が千切れ、絶命に至る。

すべて、おばあちゃんの記録に記されていたコトリバコの情報だ。

さらに私は、ひとつのまじないを夏美へ教えた。

コトリバコの呪いを、掛けた者へ返すというもの。

手首に切り傷を入れ、その傷口に塩をすり込み、息を吹きかける。

そして、『沈め。鎮まれ。』と繰り返すことで呪いを返すことが出来る。

もちろん、これは私が適当に考えた嘘だ。

おばあちゃんの日記には、コトリバコの呪いは回避できないと明記されている。

それでも呪いを回避するまじないとして教えたのは、夏美が絶望の底で藁にもすがる様子を見て、嘲笑うためだった。

そして、そのまじないが効かなかったと気づいた時、彼女は必ず私に、さらに助けを求めてくるだろう。

その時は救いの手を差し伸べるふりをして、彼女をより深い地獄へ突き落とす。

いつ、夏美から連絡がきても対応できるように、私は眠らず待機した。

それでなくても、この高揚と愉悦に満ちた心で眠れるはずもない。

考えを巡らせていると、スマホが鳴った。

画面には夏美の名前。

私は迷うことなく通話ボタンを押した。


「もしもし」

「冬乃!どうしよう!呪いは本当だったの!」

「落ち着いて。何があったか教えてくれる?」


夏美は、母親の異常な言動と、教えたまじないを試したことを必死に話してきた。


「おまじないはちゃんとしたけど…。これで呪いは解かれたんだよね!?」


予想通りの展開に、思わず頬が緩む。

声で悟られないよう、冷静さを保って言った。


「多分、今の様子だと完全には解けてない…。一時的に収まっているだけだと思う…」

「は!?なんでよ!呪いを解くおまじないって言ったじゃん!手首、すごく痛いんだよ!?」


電話越しの声が震えていた。泣いているのか?

面白過ぎる。とにかく次の提案をしよう。


「落ち着いて…。今からでも会えない?

一人でいるのは危ないわ。

これからどうするか、一緒に考えましょう」

「冬乃…。ありがとう…。ほんとに、ごめんね…。」


今更、自分の行いを悔いる言葉を連ねても無駄だ。

お前が行き着く先は、もう決まっているのだから。


「じゃあ学校近くの赤林公園で待ってるね」

「うん、すぐ行く!」


私は心を躍らせながら支度を整えた。

そして、大切な約束に遅れないよう、家を後にした。


夜の公園。

静寂が張りつめているのに、私の鼓動だけははっきり響いていた。

道路の向こうから、小さな人影がこちらに近づいてくる。

夏美だ。


「冬乃!」


私の姿を見るなり、走り寄ってきて、そのまま強く抱きしめてきた。

今までの罪悪感からか。それとも、唯一の救いだと錯覚しているからか。

真意は分からない。ただ、吐き気がする。

私はそっと夏美の肩に手を置き、少ししてからゆっくり体を離した。

二人で並んでブランコに腰掛けると、夏美が震える声で口を開く。


「おまじないが効いてないって、どうゆうこと?」

「昼間、話したじゃない?

犠牲にした子供の数によって、呪いが強くなるって。

あのおまじないで解けるのは…。犠牲者が2人までの呪いなの。

普通は、おまじないをした時点で、呪いをかけた人間に返せるはずなの。」


もちろん嘘だ。だが夏美はそんなことを知る由も無く、間抜けな顔で問いかけてくる。


「それってつまり…。三人以上の子供を犠牲にして、あの箱が作られたってこと?」

「呪いに使われるのは、子供の人差し指なんだ。

思い出したくないだろうけど。

あの箱に、何本の指が入ってたか覚えてる?」

「五、六本…。いや、もっとかも…」


夏美の顔色は、見る見るうちに血の気を失っていく。

私を迫害し続けたこの女が、地獄へ落ちていく光景。

ずっと眺めていたいほどの美しさだった。


「ねえ!じゃあどうするの!?

おまじないが駄目なら!

お祓いとかしてもらおうよ!祓えるところ、紹介してよ!」


ああ、駄目だ。夏美の必死な顔が面白過ぎる。

もう耐え切れそうにない。


「ねえ!何か言ってよ!」


笑いが堪えられない。体が自然と震える。


「冬…乃…?」


ここらが潮時だろう。私は口を開いた。


「もう助かるわけねえだろ」

「それだけ多くのガキ犠牲にして作られた呪いだぞ?

やれることなんてあるわけねえだろ。

苦しみながら死ね!あははは!」

「いや、やめて。いやああああ!!」


夏美は絶叫し、立ち上がって公園の外へ走り出した。

本当ならこの余韻に浸っていたい。

だが、まだ終わりではない。

彼女の地獄を最後まで見届けなくては。

私は、すぐに夏美の後を追った。


あれから数時間が経った。

気づけば朝日が昇り、街はいつものように動き出している。

だが、夏美の様子はいつも通りどころではない。

足取りはふらつき、全身から力が抜け落ちているのが遠目でも分かる。

誰が見ても異常な状態だった。

そんな彼女がたどり着いたのは、漫画喫茶だった。

体力の限界が見え、少しでも休息を取ろうとしたのだろう。

私は彼女を見失わないよう、同じ店へ入った。

受付で部屋番号を確認し、観察しやすいブースを選んで入る。

薄いパーテーション越しに、夏美の小さな独り言が聞こえてきた。


「夢だったり…しないかな…。手首…。痛いな…。」


声からして、かなり気が滅入っていることが分かる。

そしてタイピングやクリックする音が響いてきた。

どうやらパソコンを操作しているようだ。

しばらくして、また独り言が聞こえてくる。


「つまり…。私も呪いの対象ってことだよね…

ほんと使えない…。」


どうやらコトリバコについて情報収集をしているようだ。

差し詰め、解呪方法でも探しているのだろう。

無駄だ。コトリバコには解呪方法など存在しない。

もっとも、呪いが私の期待通りの結果をもたらすかどうかは正直、半信半疑だ。

そろそろ、自らの手を汚す準備も必要になるだろう。

そんなことを考えていると、急に夏美の声がはっきり聞こえた。


「う、うん。ちょっと気になることがあってね。

君は?漫画でも読んでるの?」


心臓が跳ねる。私の存在がバレた?

私は息を殺して、パーテーションの向こうの様子をうかがう。


「ひ、秘密だよ。君はお父さんかお母さんと来てるの?」

「そっか、誰かのお迎え?偉いね。その人とは、会えたの?」


どうやら、私に話しかけているようではない。

誰かと話している?話し相手は子供?

電話でもしているのか?それとも誰かがブースに来たのか?


「きゃあああ!!!」


突然の悲鳴。続いて、椅子が倒れる激しい音。

夏美は転げるようにブースから飛び出した。

私は即座に立ち上がり後を追う。


「お客様!?」


店員の声が店内に響く。

どうやら夏美は会計もせずに店を飛び出したらしい。

ここで誰かに邪魔をされる訳にはいかない。


「すみません、私の連れです。

私の分もまとめて払います」


私は財布から一万円札を取り出し、カウンターに置いた。

店員がお釣りを準備し始めたが、そんなものに構っている暇はない。

私は振り返らずに店を出て、夏美の後を追った。


あれからどれほど時間が経ったのか。

気づけば空は暗く沈み、街は深い夜に包まれていた。

夏美は日中よりもひどい状態だった。

足取りはおぼつかず、時折、激しい咳を繰り返す。

公園での話、漫画喫茶での異常な言動、そして今の姿。

どうやらコトリバコの呪いは本物らしい。

最後には内臓が千切れ、絶命に至る…。

その時が近いように感じた。

すると突然、夏美が踵を返して走り出した。

また何かの幻覚を見ているのかもしれない。

私はすぐに後を追う。

夏美が入り込んだのは、細い路地だった。

壁に片手をつき、体を震わせて息を荒げている。

咳はもう止まらず、身体が限界に達しているのが見て取れた。

そして、その瞬間が来た。

夏美の膝が折れ、地面に崩れ落ちると、口から真っ赤な血が溢れ出た。

そのままのたうち回り、地面でもがいている。

私は隠れるのをやめ、ゆっくりと近づく。

夏美は苦痛に歪んだ顔をこちらに向け、目を見開いた。

どうやら最後の最後で私が黒幕だと気付いたらしい。

そして、途切れ途切れに言葉を吐き出した。


「お…前…、ゆる…さ…」


滑稽なことだ。今まで私を迫害してきたくせに、最期に出てくる言葉がそれか。

最期に思うことは自責の念ではなく、私への恨みの念だと。


「お前が私にしてきたことが、自分に返ってきただけだろ?

痛いか?苦しいか?私もそうだった。

最期まで自分が被害者ヅラか?ふざけんなよ」


夏美は私を睨んだまま、動かなかった。


「おい、なんとか言えよ?」


そう口にした瞬間、気付いた。

息をしていない。

もう死んでいる。

私が描いていた最期の光景は、あまりにも呆気ないものだった。

それに、この顔。

人はこんな顔で死ぬものなのか?

完全に死んでいるが、恨みを張りつけたまま時間が止まったような表情だ。

復讐は果たせた。

それなのに、胸の奥に引っかかる違和感。

魚の骨が喉に引っかかっているような、不快な感覚。


「やめよう…。私は自分に正直に行動したんだ。

これからも、やりたいことをして生きていこう」


さて、残りの二人にも復讐を果たすか。

全てが終わったら、誰も私を知らない土地で新しい人生を始めるのも悪くない。

私の未来は明るいんだ。












「終わらせないよ」


今、確かに夏美の声が聞こえた。

反射的に振り返る。

倒れている夏美は、さっきと同じ表情のまま硬直している。

死んでいる。

確かに死んでいる。

なのに聞こえた。

そして、今になって疑問が浮かぶ。

私が小さい頃に母にした問い。


「その後、おばあちゃんたちはどうなったの?」


母は答えてくれなかった。

ただ、私にお守りを渡した後すぐに病死した。

病死?どんな病気だった?思い出せない。

嫌な予感が、じわじわと頭の中を覆い始める。

あのお守りは本当に、私の内なる狂気を抑えるためのものだったのか?

コトリバコが誰かの恨みの力を利用して人を呪う道具だとしたら?

先祖が行った呪いと、その呪いで死んだ者たちの怨念。

お守りは、その怨念から子孫である私たちを守ってくれていた?

お守りを手放したから母は死んだ?

そして、そのお守りはもうどこにも無い。

だとしたら、死んだ夏美の恨みは…。


「呪ってやる…。」



コトリバコ。

誰かを犠牲にして、誰かを呪う道具。

その呪いが利用するのは、犠牲になった誰かの恨みの力だ。

コトリバコの呪いによって死んだ者たちの恨みは。

きっと、呪いをかけた者に返っていくのだろう…。

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コトリバコの呪いと少女の物語 @VIRM_Capsule

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