第3話 開花

私は、どこにでもいる普通の高校生。

強いて言うなら、人見知りで口数が少ないところくらいだ。

中学まではそれでも周囲とうまくやれていた。

このまま静かに、波風立てずに生きていくのだと思っていた。

でも、高校生になってから、私はようやく気付いた。

私のような性格を良しとしない人間が、一定数いるということに。


冬乃ちゃん、今日みんなでカラオケ行くんだけど、一緒に行こうよ!


ああ、私、用事あるから。それじゃ


なんか、そっけないね。あの子、誘うのもうやめよ?


うん、なんか関わって欲しくないのかな?


私が立ち去るほんの直前、わざと聞こえるようにそんな会話が交わされる。

人は期待どおりに動かない人間に、簡単に悪意を向ける。

そんな人たちと関わる意義なんて、どこにもない。

いいからほっといてくれ。心の底からそう願った。

そして、その日を境に私はいじめられるようになった。

最初は軽い嫌味だった。

しかし日を追うごとに、その度合いはじわじわとエスカレートしていった。

そして、そのいじめを扇動しているのが白南風 夏美という女だ。

彼女は学校の人気者で誰からも好かれている。でもそれは表の顔だ。

裏では、私のように気に入らない人間をターゲットにして、楽しそうに弄ぶどうしようもないクズだった。

彼女はいじめの標的を、わざと『親友』と呼んだ。

多分、対外的ないじめのカモフラージュであり、嫌悪する相手を皮肉であえて親友と呼んでいるのだろう。

最初こそ、幼稚ないじめにも耐えられた。でも、私の中で育つ彼女への憎悪は、確実に膨らんでいった。

そして、その憎悪の花は、ある出来事をきっかけに、静かに開花した。


おはよ!冬乃!


うん、おはよう。


今日も相変わらず暗いねえ。何か悪いことでもあったのかな?


友達同士のごく普通の会話にも聞こえるだろう。

コイツは人がいる場所ではあからさまないじめはしない。

それでも節々にトゲのある言葉を混ぜてくる。


いや、別に何もないよ。


いやいや、親友の私がそう思ってるんだもん。絶対何かあったよ!

んー、カバンのお守り?こんなの付けてたっけ?


ふと夏美は私のカバンに付いたお守りに目を落とす。

これは、病気で亡くなった母が最後に残してくれた、形見のようなもの。

夏美はお守りに手を伸ばした。


やめて!これだけは本当に大切なものなの!


口にした途端、後悔が押し寄せた。

弱みを見せてしまった。

夏美はニヤニヤと笑いながら言った。


ああ、そうだったんだねえ。ごめんねえ。


そう言いながら、新しい玩具を見つけた子供のような笑顔を浮かべる。

お守りが標的にされたのだと直感で理解した。

お守りはずっと母を感じられる大切なものだけど、

これからは学校に持ってくるのはやめよう…そう思った。

でも、その日の下校の時。

私がいつもの帰路を歩いていると、後ろから迫ってきた人物にいきなり肩を組まれた。

夏美だった。

その後ろには、いつもの取り巻きの2人。


冬乃!いつも一緒に帰ろうって言ってるじゃん!


逃げたい。でも逃げたら次の日何をされるかわからない。

私は無理に言葉を返す。


ああ、ごめんね。


ところでさあ、みんなと話したの。

そのお守りのことでね。


背筋が凍る。自然と体が震えだす。


結構古いお守りだからさ。みんなで新しいお守り作ったの!

これと交換してあげる!


その声と同時に、取り巻き達が私のカバンを奪い、夏美に渡す。

そして、私は押さえつけられた。


お願い!やめて!お母さんの形見なの!


叫んでも無駄だった。

夏美は取り出したハサミでお守りを切り離した。

私の大切な形見を、何のためらいもなく。

そして、汚いボロ布で作った何かを代わりにカバンへ取り付ける。

目の前が涙で滲んだ。


みんなで一生懸命作ったお守りだよ♡

この古いお守りは捨てておいてあげるね!

じゃあ、また明日!


3人は笑いながら去っていった。

その場にへたり込み、思考が止まった。

そして、自分の中で何かがプツンと切れた。

絶対に許さない。

湧き上がる憎悪。

私は夏美に復讐を誓った。


その夜、私はずっと忘れていた記憶を思い出した。

幼いころ、母が話してくれた、ひとつの昔話。

母の母。つまり私のおばあちゃんの一族は、住んでいた集落で長いあいだ迫害を受けていた。

そして、耐え兼ねた一族は、ある呪いを行った。

それは、コトリバコという呪い。

その呪いによって迫害した者たちは次々と倒れ、

おばあちゃん達はようやく迫害から逃れたのだ、と。

幼かった私は母に尋ねた。


「そのあと、おばあちゃんたちはどうなったの?」


母はその問いには答えてくれなかった。

苦笑いし、私の頭を撫でる。

そして、あのお守りを私にくれた。

それからほどなくして、母は病気で亡くなった。

今なら、あのお守りが何だったのか分かる気がする。

私達の一族には、きっと心の奥に狂気が宿っている。

何を犠牲にしてでも、誰かを呪うような異常な狂気。

その内なる狂気を、母が託してくれたお守りが押しとどめてくれていたのだと。

でも、そのお守りはもうない。

自分の内から湧き上がってくる憎悪を止めるものは、何もない。

狂気に身を任せて夏美に復讐をするだけだ。

私は押し入れの奥に眠っていた母の遺品を引き出した。

コトリバコ。私の復讐劇を彩る為にその呪いが必要だ。

母が幼い私に昔話を語り、お守りを渡したことには意味がある。

きっと、コトリバコについて詳しい情報が母の遺品に残されていると思った。

その読みは当たり、遺品の中からボロボロになった一冊の日記が見つかった。

中を開くと、そこにはコトリバコの呪いに深く関わった、おばあちゃん自身の体験が綴られていた。

迫害の記録。怨嗟の言葉。一族に向けられた理不尽。

そして、日記の内容は様相を変えていく。

一族は迫害を逃れる為、一つの呪いを生み出した。

それがコトリバコだった。

人の子供の指やへその緒。動物の血などを箱に詰め、人を呪うための道具にする方法。

残酷だとは感じなかった。

迫害され続けた一族の気持ちが、痛いほど理解できたからだろう。

そして、その呪いを受けた者たちの末路も事細かに記されていた。

読んでいくうちに胸が高鳴り、自分でも驚くほどの興奮が込み上げてきた。

呪われた者の絶望は、どれほど強烈なのだろう。

私はその光景を想像しながら、静かに決意した。

この呪いを、実行する。

正直、呪いが本当に起きなかったとしても構わない。

恐怖を与えられれば、それでいい。

その後は、私が直接手を汚すだけだ。

私はコトリバコを中心に据え、夏美への復讐計画を進め始めた。


計画を練った私は行動に移った。

まずはコトリバコの作成だ。

問題は材料となる子供の指。

私は隣地区で集めることにし、人通りや下校時間の子供の流れを入念に観察した。

道具を揃えて、決行する日も決めた。

そして、なんの罪もない見知らぬ子供を手に掛けた。

その時の子供の表情や叫び声を目の当たりにして、何も思わなかった訳ではない。

胸の奥が痛んだし、本当に申し訳ないことをしたと思う。

でも、それ以上に。大切な人が喜ぶ顔を想像しながら、プレゼントを準備するときのような。

そんな高揚感が私を満たしていた。

そして、用意した人差し指は計6本。圧巻だった。

本人に開けてもらいたくて、箱は木製のからくり箱にした。

プレゼントを丁寧に梱包するように材料を箱に収め、しっかりと封をする。

上には手紙を張り付け、準備は整った。

あとは届けるだけ。

私は夏美の家と帰宅時間を調べ上げ、夏美の目に留まるよう玄関前へコトリバコを置いた。

そして近くの物陰に身を潜め、夏美が帰ってくるのを待つ。

心境はまるで、大好きな人へサプライズを仕掛ける時と同じだった。

やがて、夏美は帰ってきた。

彼女は箱に気付き、手に取る。首を傾げながらも自分宛の荷物であることを確認し、そのまま家の中に入っていった。

その瞬間、私の口元から笑いが零れ落ちた。

帰路に就こうと歩き出したが、足は自然と速くなり、気付けば駆け出していた。


『やった…! やったあ!!』


これから夏美を襲う惨劇を思い浮かべると、身体の芯から歓喜が湧き上がる。

私は、生まれて初めて味わう愉悦に酔いしれた。

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