鶴の奉納夢

二度 寝猫

第1話 鶴の目覚め


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 なにかを求めるように泣く赤子。


 あやすような、綺麗な鼻歌を歌う母。


 赤子が母を抱いている。赤子は母に抱かれている。

 その情景が視界と耳にいっぱい広がっていた。


 ✙


 意識を取り戻し、目を覚めた。

 視界には橙色と黒色の濁った空。

 体を起こし、見渡す。

 赤い鳥居。お賽銭。古い倉庫。なんだっけ、手を水で清めるあれ。


 立ち上がって服装を確認してみる。

 セーラー服。学生が制服として着る、あの服。


「……」


 そして、自分自身は学生なのだと悟る。



 自分が何故ここに居るのか、どんな目的で訪れたのか分からない。思い出そうとしても、以前の記憶が全くない。

 覚えているのは、自分の名前だけ。


 神社内を見渡し、動いて、手探りをしても、役に立つ物はなかった。けど、目ぼしいのはあった。

 唯一気になるのは、開かずの倉庫だけ。だけど開かなければ使えないも同然。


「……ここから出た方がいいのかな」


 思い浮かんだひとつの疑問を熟考する。けれど、判断ができずにいた。

 目の前にある赤い鳥居を見つめたまま指示を、待っていた。

 僕はその場で腰を下ろし、膝を抱えて一歩も動くことなく静止した。

 どうしていいか、分からなかったから。



『こっちにおいで』

「……なんで??」

『キミの正しいミチ。アタシは知ってるよ』

「……」

『イマ、困ってたよね??大丈夫。アタシがタスケテあげる。こっちに来て』

「……うん」


 赤い鳥居の向こうから聞こえた幼女の声。

 敵意のなさそうな声へと、鳥居へと足を運ぶ。

 人のいない見慣れない町と、橙色と黒色の混ざった空の光景が視界に広がる。


『よくヒトリでここまで来れたね。えらいえらい!!』

「……」


 声に耳を傾ける。足下から声がする。

 目線を下げると、地面にはクマのぬいぐるみが拍手して立っていた。

 茶色の生地に、ツギハギに縫われたクマのぬいぐるみ。黒色目がひとつと、目なのか赤いボタンがひとつ。


『キミの名前を教えてくれるかな??』

「……」

『キオクは??』

「……」

『そっかぁ。キミは、ありとあらゆるものをうばわれちゃったんだね』

「うば、われた??」

『うん!!キミはキオクとなにかをうばわれた。そして、も奪われる』


 突然クマは変異し始め、大きくなった。家三階建て程の大きさ。


『んふふ。大丈夫、これからはアナタが苦しまないよう、アタシがそのミチをうばってあげる!!』


 突然変異したクマ。

 本能が叫ぶ。戦え。


 そう感じているのも束の間。動き出そうとした瞬間、からだがクマの手に握られてしまった。

 足掻いても足掻いてもからだはびくともしない。

 


『その魂とウツワを、アタシにちょうだい!!』


 クマがもう片方の腕を振り上げようとする。

 僕はここで疑問がひとつ生まれた。

 怖くない。死ぬことや、痛みにすら恐怖を感じない。

 だけど死にたくはなかった。だからもがいていた。その時__


「きゅっ!!」


 狐に烏の羽が生えた一匹の動物が、クマに頭突きをした。

 するとクマは徐々に元の姿へと小さくなった。

 着地する。足がピリピリとする。

 クマのぬいぐるみを確認しようとするも、クマはよろけながらガードレールの外へと落ちていった。

 下を覗くと、水が穏やかに流れていた。

 もう姿は見当たらない。クマはそれで逃げたのだろう。


なんじ。平気か!!」

「……うん」

「あの悪党め。人間になんてことを」

「……」 

 動物が言葉を話すわけがない。

 警戒態勢は解かず、狐を睨みつける。狐はそれに察したのか、お尻を地面につけた。


「大丈夫だ。妾はいなり。この世界に移された霊だが、悪意のない霊だ」

「……」

「この世界を熟知しているのだが、ある日を境に悪霊の力が増してしまった。それは汝の存在が関係していると妾は考えた」

 あのクマも悪霊の一種だと示唆し、自分に敵意がないことを僕に教えてくれた。


「汝を最後まで守ることを約束しよう。汝が自分を取り戻し、元の世界へ帰れるよう手伝おう」

「……約束だよ」

「あぁ」

 警戒態勢を解き、狐に背を向ける。

 信じたわけではない。利用できると思ったから。


「ところで汝。名はなんという」

「……鶴雪つるゆき三明みあ


 ✙


 車道、少し廃れたガードレール。その下に生えた雑草を踏みながら、辿りながら山を下っていく。

 隣には、いなりという烏の羽が生えた狐が短い足を動かしている。

 スカートのポケットには、刃物が入っている。


 山を下る前。僕の武器調達をした。どうやら悪霊は疎らに多く居るらしい。


「倉庫から探してみようではないか」

「じゃあ、石で壊してみるね」

「石ころでこの鉄は壊せるのか??」

 返答はせず、大きい石を拾って南京錠に当て続ける。だが、一向に壊れそうになかった。

 腕の限界で、石が地面に転がり落ちた。

 行く手がなく、目線を狐へと向けた。


「ここは妾の力を使う。下がるのだ」

 狐は羽を広げ、軽く飛び上がった。そして、刃のような鋭い羽を振り落として南京錠を壊した。

「目ぼしい物があれば幸運なのだが」

「……」

 扉を開け、手で目の前に舞い上がった空気中のほこりを払いながらなかを歩く。

 薙刀や祓串。瓶子へいじかがり火、白い瓶など複数の道具が置いてあった。

 どれもほこりが被っていて、指の腹で掬うと粉っぽかった。


「よかった。ここにある刀や薙刀なら悪霊を足止めぐらいならできる!!」

「……倒せはしないの??」

「悪霊はそんな簡単には滅せぬ」


 いなりが言うにこの世界では、根源である霊磁力や『生命力』が必要らしい。

 消費して自身の元素を放ち、時に元素反応を利用し、戦って悪霊を滅する。


「ここの悪霊は、強い未練や怒り、後悔、恨みを抱えうろついている。そう簡単ではないのだ」

「……」

「さて、そろそろ決めよう。ここに居座るのもいいが、汝にとってこの世界にずっと居続ければ生死が決まりかねない」

「……うん」

「汝が選ぶのだ」

 ひとつずつ道具を手に取り、馴染みのある手触りな白い瓶を手に取った。


「陶器だと!?それでは駄目だ」

「でも、決めろって……」

「刃物だ。刃物じゃなければ足止めはできぬ」

「……じゃあ、これ」

 次に手に取ったのは何故か手に馴染んだ見知らぬ短剣。直感でこれに決めた。なんとなく。

 そもそも選択するのは苦手だ。いなりが決めてもいいのに。


「よいな。ではまず、この山から下りようではないか」

「……うん」

 短剣をスカートのポケットにしまい、倉庫を後にする。



 自身の感情や記憶の情報源を探すべく、町へと下りる。

 高い所から見渡すと、神社が複数あることに気がついた。数えてみると、四つ。

 違和感はないが、やけに引っかかる。


「……この町は、神社が四つもあるんだね」

「そうだ。この町、渡鳥市わたどりしには四つの神社がある。町のなかでも栄えている町なのだ!!」

「……凄いね」

 念の為、気に留めておこう。

 いなりは神社について語った。

 鬼怒虞きどうぐ神社。喜嬉きう神社。楽舞らくまい神社。哀涙あいるい神社。

 この四つの神社は、全て感情の意味が込められている神社ということ。


「……それって、そこに僕のがあるのかもってこと??」

「可能性は大きいな。だから確かめに、まず近くの鬼怒虞神社を目指そうではないか」


【続く】


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