第7話

鈴の音が聞こえた。


 それは、ずっと自分の首にあった音だった。

 どこかへ行くときも、誰かに会うときも、

 眠る前も、目を覚ますときも。

 小さな体には、少し大きいくらいの音。


 でも、その鈴はもう、揺れていない。


 揺れなくても、不思議と聞こえるようになった。

 風の音の中に混ざって、胸の奥で響くように。


 ──みんな、元気にしているだろうか。


 あの家の女性は、よく笑ってくれた。

 いつも急いで帰ってくる私を抱きとめて、

 あれは危ないよと言いながらも、嬉しそうに目を細めていた。


 通学路で会う男の子は、たくさん話をしてくれた。

 話の半分はわからなかったけれど、声の調子で全部伝わった。

 楽しかった日も、そうじゃない日も、

 彼の隣を歩く時間は、わたしも好きだった。


 花の匂いのするお姉さんは、優しい手のひらだった。

 かがんでくれると、花と同じ匂いがした。

 雨の日に立ち止まったとき、

 濡れた体をそっと包んでくれたことを、よく覚えている。


 白い服の人は、落ち着く静かな声だった。

 胸の内の重さに気づいていたのだろう。

 私が動けない日、そっと近くに座って

 ずっと声をかけていてくれた。


 縁側のおばあちゃんは、あたたかい陽だまりみたいだった。

 座るだけで、体の痛いところが少し軽くなった。

 眠ってしまっても起こさずにいてくれた。

 あそこで眠るのは好きだった。


 ──みんな、私を見つけてくれた。


 体が思うように動かなくなっても、

 息が苦しくても、

 それでも歩いたのは、ただ会いたかったからだ。


 もう、その道を歩く力はないけれど。

 だけど、不思議と怖くはない。

 会えてよかったと思える顔が、

 こんなにたくさん胸の中にあるんだから。


 最後に一度だけ、風が吹いた。

 小さな音が、静かな空気を震わせる。


──鈴の音が聞こえた。


 きっと、みんなにも聞こえている。

 もう揺れていないはずの鈴が、

 そっと一度だけ鳴った。


 ありがとう。

 そう伝えるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鈴の音 nekoneko @yamaha1919

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ