第6話
鈴の音が聞こえた──。
そう思った瞬間、私たちは顔を上げた。
でも、あの子の鈴が鳴るはずはない。
ただ縁側に吊るした風鈴が、弱い風に揺れただけだった。
「……今の、あの子かと思った」
ぽつりと呟いたのは、最初にあの子を迎えた女性だった。
彼女の声は、泣いているわけでもないのにどこか震えていた。
今日は、あの子を知っていた人たちが集まった日だった。
いつもあの子の冒険話を聞いていた女性。
通学路でいつも話しながら歩いた男子高校生。
よく花屋の前に立ち寄っていたあの子を気にかけていたお姉さん。
病院で何度か様子を見ていたスタッフさん。
そして毎日のように縁側に座っていた近所のおばあちゃん。
みんなそれぞれの思い出を胸に、この小さな場所に集まってきていた。
「前みたいに、元気に走らなくなってたんですよ」
病院のスタッフさんが、静かに口を開いた。
「多分、来るたびにしんどさをごまかしてたんだと思います」
男子高校生が、小さくカバンを握る。
「……そういえば、帰り道で話しかけても、前みたいに跳ねてこなくて。
ただ、横をゆっくり歩くだけの日が続いてた」
花屋のお姉さんが手を胸に置き、目を伏せた。
「うちに寄った日もありました。
お花の匂いを嗅いだあと、すぐ座ってしまって……
あれ、疲れてただけじゃなかったんですね」
「うちでもなぁ……」
おばあちゃんが膝の上で手を組んでいた。
「縁側に座るとすぐ眠ってしもうてね。
様子がおかしいとは思ったけど……
なんにもできんかったよ」
「……どこでも、頑張ってたんだね、あの子」
女性が言った。
「みんなに会いたくて、歩いてたんだと思う。
本当はゆっくりしなきゃいけなかったのに」
小さな仏壇の前で、静かな時間が流れた。
悲しいけれど、優しい沈黙だった。
「でもね」
おばあちゃんがそっと顔を上げる。
「あの子は、ほんとに幸せだったと思うよ。
だって、こんなに大勢に想ってもらえるなんて」
その言葉に、みんな微笑んだ。
涙ではなく、ありがとうをかみしめるような笑顔で。
そのとき、また風鈴が鳴った。
さっきよりも、少しだけ澄んだ音で。
誰も言わなかったけれど。
みんな心のどこかで、思った。
──あぁ、今のはきっと。
あの子が、来てくれたんだ。
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