第4話
鈴の音が聞こえた。
顔を上げると、ドアが開き、見慣れた人が姿を見せた。その横に、あの子が抱えられながら連れられてきた。
「こんにちは」
声をかけると、連れてきてくれた人が笑って会釈した。
あの子はそのあと、私のほうをちらりと見上げるようにして、軽く顎を引いた。
最初に来た日も、同じ人の腕の中に抱きかかえられてここへ入ってきた。
初めての場所なのに妙に落ち着いていて、むしろ連れてきた人のほうが緊張していたくらいだ。その堂々とした様子に、新人の私は、救われた気持ちになった。
それからというもの、あの子は来るたびに決まって受付をちらりと見てくる。
まるで
「今日もいるね」
と確認するみたいで、その仕草がなんとも言えず愛らしかった。
ある日、私が先輩に注意されて落ち込んでいたとき。
連れてきてくれた人が待合のいすで呼ばれるのを待っていると、あの子はそのそばからゆっくり立ち上がり、私のほうへ歩いてきた。
そして、ほんの一瞬だけ、私の制服の端にそっと触れた。
引っ張るわけでも、押すわけでもなく、ただ確かめるように触れて、すぐにまた元の場所へ戻っていった。
「……励ましてくれたのかな」
思わずそんなことを口にすると、近くにいた先輩が苦笑しながら
「たまにそういうことするんだよ、あの子」
と言った。
そんな出来事が何度もあった。
診察が終わって帰るとき、抱きかかえられた姿のまま、こちらを見て小さくまばたきをしてくれたり。
待合で不安そうな人のとなりに静かに寄り添っていたり。
あの子は、誰よりも状況を感じ取るのが上手だった。
いまでもふと受付に立っていると、連れの人の影からこちらを探すように顔を向ける――そんな姿を見た気がしてしまうことがある。
もうここにはいないとわかっているのに。
それでも私は、あの子がそっと心を支えてくれたあの瞬間を、今も胸の中に大切にしまっている。
あの子は、新人だった頃の私にとって、小さな指導者みたいな存在だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます