第5話 恋愛相談 2
「最後は私だね」
宮部は意気揚々と立ち上がり、胸の前でガッツポーズまでしてみせた。
いったい自己紹介のどこに、気合を入れる必要があるというのか?
「宮部桜、16歳。誕生日は7月21日。好きな食べ物はハンバーグ、嫌いな食べ物はゴーヤ。趣味はマリモの観察、ついでに直樹くんの観察も。得意なことは我慢すること。お父さんがいたけど、知らない間に居なくなりました。だから、今はお母さんと2人暮らしです。悲しいことに最近までび貧乏でした。それで大変だったけど、なぜか宝くじが当たってお金持ちになりました。おかげでこの学校に来れました。以上」
宮部は最初から最後まで上機嫌で自己紹介をし、満足気に腰を下ろした。いろいろツッコミたい。まず、自己紹介が長すぎる。なぜ、そんなに自己開示したんだよ。この調子だとスリーカップのサイズまで勝手に答えそうで怖い。気にはなるけど。絶対、悠貴よりはあるだろうな。ナニとは言わないけど。
あとマリモのついでに俺の観察をするな。それが好きな相手に対する態度か! 俺の心が少し傷ついたよ!
最後のプライベートなことについては一切触れたくない。俺自身、恵まれた家庭で育っている自覚はあるから、あまり裕福ではない他人の家庭の話に触れづらい。
悠貴も俺と同じように気まずく感じているからか? 目が先ほどから明らかに泳いでいる。コイツを動揺させるとは、宮部はかなりの大物だな。
「アレ? 二人とも黙り込んでどうしたの?」
宮部は小鳥のように首を傾げた。お前の発言のせいだよ。家庭のことについては一切触れずに、別の話題で茶を濁そう。
「なんでお前マリモなんて飼ってんだ。どう考えてもお前みたいな単細胞頭が動かないマリモなんて見てもつまらないだろ? 」
「ほんとうは猫か犬を飼いたかったんだけど、お金がなくて無理だったんだ。そしたらね、お父さんがそのへんで採ってきたマリモをくれんたんだ。その後、すぐにお父さんは蒸発しちゃったからなんでくれたのか分からないけど。初めてくれたプレゼントだから大事に育ててるんだ! へへっ」
俺が話題変えようとしたら無理矢理急回転して戻しやがった!
なんで、マリモの話を聞こうと思ったら、闇深い父親の話がついてくるんだよ。娘にあげる最初で最後のプレゼントが、娘が好きでもないマリモって……。そもそも、そのマリモ本物か? そのへんの苔でも採ってきただけじゃ?
そう思いながらも、満面の笑みで大事な思い出を噛みしめてる宮部にそんな残酷な問いは発せなかった。
グスッと涙ぐむ音が聞こえた。悠貴である。
今の話が琴線に触れたのか、目頭を押さえている。
「山中さん、どうしたの? お腹痛いの? 」
宮部は立ち上がり反対側の席に回り、悠貴の背中をさすり出した。
悲しいかな、その優しさが今は悠貴を苦しめているんだが。
「私たちって汚れてるね」
ぼそっと悠貴が呟いた。
私たちって、しれっと俺まで巻き込むな。
一応、自己紹介が終わった。
ここからは各々が相手に質問したいことを尋ねる時間に切り替わる。
「えーと、各々質問したいこととかあるやつ挙手しろ」
「ハイハイ! あります」
「ハイは一回でよろしい。では、宮部さんどうぞ」
「山中さんはなんで羽生さんのことが好きなんですか?」
その瞬間、俺は冷水でも全身に浴びたかのような錯覚を覚えた。
出会って2日のやつにそんなことよく聞こうと思えたな。
俺にはムリだ。
おそるおそる悠貴の方を覗き見ると、今まで見たことがない顔をしていた。
いつもより鋭い目つきが柔らかくなり、頬にはうっすら赤みを帯びている。口はだらしなくポカンと空いており、まさしく放心状態といった感じ。
悠貴自身、そんなことを聞かれるとは思ってもみなかっただろう。可哀想に。
「いや、コイツこう見えてシャイな部分もあるから恋バナするのはまだ早いじゃないか?」
放心状態の悠貴の代わりに俺が答える。
「そ、そうだよね。まだ、早かったよね。ご、ごめんね。」
「周りよく見てるところ」
悠貴が震える声でつぶやいた。
『えっ』
俺も宮部も答えると思ってなかったから、驚いてしまった。
「ガサツに見えて周りのことよく見て動いてるところはまあ好きかな。顔も悪くないし。もちろん恋愛的な意味じゃないけど」
悠貴はそう言いながら、恥ずかしさからか指で短い髪をくるくる触っている。
長年悠貴と一緒に過ごしてきたがこんなに素直に答えるのは初めて見たぞ。最後にちょっと言い訳はしてたけど。宮部の明るく素直なところに絆されたのか。幼なじみとしては少し悔しいを覚えぞ、宮部。
「素敵だね。相手をそんなふうに思えるの」
「えっ? あ、ありがと」
悠貴はその発言でさらに顔を真っ赤にした。漫画ならフシューと音が出てるところだよ。そのままお互いを見つめ合うこと3分経過した。二人とも、俺の存在忘れてない。
「コホン。俺もここにちゃんと存在していること忘れてないよな?」
「ごめん! 忘れてた」
宮部は目を大きくして元気にそう発言した。
「どこの世界に好きな相手がいること忘れるやつがいるか? お前は倦怠期の夫婦か!」
「ここにいます」
「誇らしげにいうな」
コイツ本当に俺のこと好きなんだよな? 昨日の発言聞いてもまだ怪しいぞ。
「宮部さんってなんでこのアホ好きなの?」
悠貴はいつもの調子を取り戻し、心底謎だと言いたげな呆れた顔をしていた。それは俺も昨日問い詰めた。結局、納得いく答えが出ないまま話は終わったが。
「宮部さんは誰から見ても可愛い女の子って感じだし。それこそ、よりどりみどりでしょ。私と一緒で」
しれっと自分の価値も上げやがったな。そういうところがかわいくない。
「うーん。私ってやっぱり可愛いよね? でも、仲良くしようとするとみんな逃げちゃうんだよね。お母さんが好きだから、みんなに最初はお母さんの自慢をするんだ。そしたらなぜかみんな悲しい顔をして距離取るんだよね。なぜだろう?」
『……』
そりゃ友達できないわ。仮に宮部に恋人ができたとしても、コイツの重たい家庭事情を延々聞かれされたら常人なら気が滅入る。周りの人間からも不幸自慢ばっかりしてるやつ扱いになって距離を取られる。宮部は自分が恵まれてると思い込みたいのか、本心から思って言っているのか俺にはどっちか分からない。ただこれだけは言っとこう。
「家庭の話は仲良くなってからしたほうがいいじゃないか? 初対面で言われると相手が自分も言わなくちゃって思い詰めてしまうだろう? お前は違うだろうが、だいたいの人間はプライベートをさらけ出すは苦手なんだ。だから、お前から逃げるんだ。友達が欲しいなら相手のペースに合わせて自分をさらけ出せ。まあ、お前の家庭の話は誰彼かまわず言わないほうがいいとは思う」
「なんで?」
「お前の家が羨ましくなって母親をとっちゃうかもしれないだろ」
「確かに」
宮部はなんで今までそう思い至らなかったんだと衝撃を受けた顔をしている。このアホな論理で納得してくれるならよかった。これが通用するのはコイツ自身しかいないだろう。
「どうしても親の話がしたいなら俺か悠貴ぐらいにしとけ」
「ハイ」
「山中さん、私は上本さんのこういうところが好きかな」
宮部は悠貴に向かってニコリと微笑んだ。
「ふーん。コイツのいいところではあるかな」
そういいながら、悠貴は机に右肘をついて右手で顔を支えながら俺を見る。
その話まだ続いていたの?
そんで結局、俺のどういうところがいいの?
俺の疑問は解決しなかった。
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