第4話 恋愛相談 1

 今日は悠貴と一緒に登校している。


 家もすぐ近くにあるため、一緒に登校すること自体は難しくない。ただし、「毎日一緒に登校しようね」なんて約束するほど初々しい間柄ではない。


 今日は、たまたま同じ電車の乗り合わせたのでそのまま登校を共にしているだけ。本当にそれだけ。


「ばあちゃんのギックリ腰はどうだった?」

「まぁ、いつも通りだね。心配はなかった」

 悠貴は手に持っていた日傘をクルクル回す。悠貴のばあちゃんのギックリ腰は高頻度で起こるためあまり心配はしてなかった。この会話も予定調和だ。


「そりゃ、よかった」

 悠貴はそんなことよりといった感じで本題に入ろうとしていた。

「そっちは?」

「そっちって?」

「ラブレターの子」

「アイツか。宮部とはまぁ仲良くなれたかも」

 宮部、仲良くはなれたと思いたい。悪いやつではなかった。頭が致命的に足りてなかっただけ。うん、それだけ。…………。


「なんで、知ってんだ」

 どうして悠貴はさも当然のようにラブレターの子イコール宮部だと知っている!


「今まで宮部さんが私たちの後つけてたこと知らなかったの」

「えっ、嘘。ストーキング?」

 ラブレターだけでは飽き足らずストーキングまでしていたとは?

「校内だけね。さすがに登下校もしてたら怖い」

「校内だけでも十分怖いけどな」


「宮部が俺のこと昔から知っていたらしいんだが。お前は高校より前に宮部のこと知っていたか?」

「私は知らないかな」

「お前が知らないなら学校外の知り合いか?」


「なんによ、恋する乙女は強いね」

「お前も恋する乙女とやらに入るのかな?イタッ」

 悠貴の傘に足をグリグリされている。痛いって傘の鋭利な先は凶器だって。

「ギブ。ギブアップ」

 悠貴は渋々といった感じで俺の足から傘を引き抜いた。 


「どうして直樹は余計な一言を口に出すんだろうね」

「そりゃあ、お前と羽生先輩の仲が一向に進展しないから」

 悠貴は俺の言葉を遮るように鷹のように鋭い目つきで俺を睨みつけた。

「べ、別に僕は先輩が好きわけじゃないし。ただ顔とメガネが好みなだけで」

 素の一人称出てるし。メガネが好みって言い訳聞いたことないぞ。


「ふぅん。もし先輩に恋人できたら?」

 悠貴はその言葉を聞いて固まると

「この話は終わり」

 と言うなり俺の足を全力で踏みつけて走り去っていった。話をいくらなんでも強引に終わらせすぎだろ。


「俺の足をもっと労われ」

 俺の大声は虚しく通学路に響き渡った。


 放課後、生徒会室。本日も羽生先輩はお休み。

 部屋には俺、悠貴、宮部の三人だけ。

 しーんと静まりかえった室内。気まずい。今週は特にすることがない。

 さて、どうしたものか?


 悠貴も宮部も自分から積極的に話すタイプじゃない。

 手持ち無沙汰で二人とも机の書類を眺めている。俺がリードしないと。

「えーと。俺たちの親睦を深めるためにも、もっと掘り下げた自己紹介をしよう」

 俺は机に手を大きくついて立ち上がった。最初の自己紹介が肝心だ。

「まずは俺から。上本直樹。趣味は絵を描くこと、楽器演奏。嫌いなものは特になし。生徒会に入ったのは内申点が欲しかったから、以上」

 二人ともポカーンとした顔で俺を見てる。


 もしかして、空回ったか?

 宮部がしばらくたってからパチパチと静かに拍手した。

 コイツにまで気遣われた。虚しい。


「直樹、宮部さんに絵描いて見せたら? 」

 悠貴はイタズラぽっくニヤニヤしながら俺を見ている。

「ふん。宮部はお前と違って、俺の絵の凄さにびっくりするかもしれんぞ!」

「それはないと思うけど」 

 俺は机の引き出しからノートとシャーペンを取り出して、いつも描いているキャラをさっさっと描いて、宮部の方にノートを突き出した。


「これが俺の自信作であるハナブーだ!」

「ハナブー?」

 宮部はなぜか困惑した様子で俺と悠貴を交互に見やる。

「ハナブーだ!」

 俺はもう一度力強く訴え、自信作だと伝える。

「ハナブー……」

 宮部はもう一度呟くと、俺のノートを手に取った。

 そのまま、顔がくっつくほどの距離でじろじろみだした。

「かわいいだろ」

「……かわいい?」


 宮部はノートを俺の机に戻すと、悠貴にうるうるした瞳で不安げに訴えった。

「どう、反応したらいいかな?」

「その反応で正しいと思う」

「そうだよね。私の感性間違ってないよね。これが正しいよね」

 宮部と悠貴は二人だけで何やら通じ合い出して、握手までしあった。

 俺みたいなやつの相手するの疲れるよねとなにやらいいたげな顔をしあって。

 こんちきしょう。


「ちょっと、待て! なんだ、その反応! ダメだったのか、ブタブーだぞ! いや、女の子はブタが好きじゃなかったか? うさぎの方がよかったか?」

「ブタだからダメというより、そもそもブタに見えないのが問題というか」

「じゃあ、何に見えてるんだ?」

「豚のコスプレした人間?」

 悠貴はその通りと言わんばかりに、両手を組みながら深く頷いた。


「なんだソイツは? ただの変態じゃないか?」

「そう、ただの変態だよ。なんか目が死んでるし、全体的にくたびれているし。上半身裸なのに腰掛けだけしてるしで、そのせいで変態感がより増しているよ。総じて、ただの変なおじさんだ。」


「悠貴と全く同じことを言うな!」

「上本さんは、コレをいったいどうしたいの?」

 宮部はとうとう軽蔑した眼差しでコレ呼ばわりし出した。


「生徒会長の権限で、この学校のマスコットキャラクターにしようと思ってだな」

「絶対、ダメだよ! このおじさんを学校のマスコットキャラにしたら、来年からの新入生9割減だよ」

「9割減!」

 嘘だろ。9割減。そんなにだめなのか。俺のマスコットキャラクター化の夢が潰える。ショックで俺は机にうなだれてしまった。 

「ダメですか? 」

 最終手段として、俺は2人の情に訴えかけた。

『ダメ』

 宮部と悠貴が全く同じタイミングで言葉を発した。

 こいつらはどうやら揃って情のカケラもないらしい。

 もう、仲良しかよ。

  


「次は悠貴だ。自己紹介よろしく」

「山中悠貴。趣味は男装。特技はメンコ、けん玉。よろしく」

 俺の時と同様に宮部がパチパチと小さく拍手した。

「男装ってことは山中さんは女の子?」

「アレ、知らなかったのか? 宮部は?」

「男の子の制服着てたし、上本さんといつも一緒にいたから……」

 そこから宮部はひとしきり黙り込み。

 閃いたと言わんばかりに立ち上がると、顔を真っ赤にしてこう言い切った。


「上本さんと山中さんは付き合ってるってこと!!」

『それはない』

 今度は一切の躊躇なく俺と悠貴が同時に否定した。

「すごいキッパリと言い切った」

「俺とコイツは幼なじみで、それ以上でもそれ以下でもない」

「お、幼なじみ! 幼なじみって実在するんだ。いいな、幼なじみって羨ましいな」

 宮部はキラキラした瞳でごくりとつばを飲み込んだ。幼なじみ自体は誰にでもいるだろう。疎遠になるかならないかだけで。


 宮部は発言すると、またしてもそれきり深く黙り込んだ。

 また変なことでも言い出すのか?

「でもでも、幼なじみって言ったら付き合わないといつつ、付き合うのが定番じゃない? それか、どっちかが片思いしている場合もあるよね?」

「……」

 俺は呆れてしまいすぐに言葉が出なかった。


「それは漫画の見すぎだろ。子どもの頃からの付き合いだから、ほとんど、身内みたいなもんだし。友達より兄妹に近い。万に一つも付き合うなんてことはありえないね」

「そうなんだ。現実は違うのか。嬉しいような、悲しいような」

 幼なじみに夢を持ちすぎていてたようで、宮部はしばらくうんうんと両腕を組んで唸っていた。


「近すぎるといいところも悪いところも見えすぎるからね。まあ、幼なじみじゃなくても直樹とは付き合いたくはないかな。うざいし」

「俺もだね。しかも、お前は随分前から羽生先輩と付き合いたかっただろうしね。ってイタッ。やめろ、椅子の先でグリグリするのやめろ! 傘より痛い」

 わざわざ、コイツ立ち上がって自分が使ってた椅子持ち上げて勢いよく俺の足の小指めがけて振り下ろしてきやがった。

「ホント、懲りないよね。直樹は」


「えっ、山中さんは羽生さんが好きなんだ! なんか、意外だね」  

 宮部は今の話で、悠貴に対し親近感を抱いたようだ。

 我が子を見守るような生暖かい視線を悠貴に送っている。


 悠貴はそれに対して微かに苦笑する。

 肯定するべきか否定するべきか悩んでいるようだ。その瞳の奥には俺に対する明確な殺意が潜んでいる。

暴力に訴えられるより静かにブチギレられる方が余程怖い。


「この話は後にしようか? ハハッ」











 

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