第3話 帰り道

 学校から最寄り駅までの20分。

 俺と宮部の二人で並んで帰る。

 女子と二人きりで帰るのは悠貴を除いたら初めてだ。


「上本さんって好きな子いるの?」

 宮部はわたあめみたいに甘い声で俺に問いかける。コイツは顔も声も可愛い。それは俺も認める。100人いたら100人とも可愛いというだろう。

 ただし、俺にとってはラブレターとも言えないゴミを送りつけてきた相手でもある。

 その一点だけでもかなりのマイナス評価だ。加えてなんで俺が好きかよくわからないときた。

 そんな相手の好意を素直に受け取るべきか、俺はまだ悩んでいる。


「いない」

 俺はきっぱり否定する。そもそも好きな相手ができたことがない。いずれできたらいいなとは思っているが……。


「私、かわいいから好きになるよね」

 そう言いながら両手の人差し指でほっぺを突いている。そのあざといポーズやめろ。コイツ、自分の容姿が恵まれていることを確実に自覚してやがる。


「自分で自分のこと可愛いっていうやつは可愛くない」

「小学校の時、可愛いって言われたよ」

 どこのドイツだ。コイツを調子に乗らせたのは? 

 もし、会ったら懲らしめてやる。 


「いつの話だよ」

 へへっと無邪気に笑う宮部。その笑顔にヤバいやつだと分かってはいても、心が揺らぎそうになる。見た目だけはホントにいい。

 それだけに過去の奇行がよりひどく感じる。アレはひどいってレベルじゃないけど。


「上本さんと付き合いたいって言ったら、付き合ってくれるの?」

「さっき付き合いたいわけじゃないって言ってただろ? アレは嘘か」

「ただの確認だよ」

「俺のどこが好きかも答えられないのに、付き合うつもりはない」

 この考え方は気持ち悪いかもしれないが、もし交際することがあったとしても譲れない。

 仮に付き合ったとして、俺よりいいやつなんてこの世にはいくらでもいる。

 なんとなく俺と付き合っていたけど、他に好きな人ができたから別れましょうなんて言われたら立ち直れない。


 俺は異性に人気があるタイプじゃない。なのに宮部は俺が好きという。

 俺はそこが引っかかる。誰もが認める美少女であろうコイツが、なぜ俺を好きになるのか? 交際相手なんて選び放題のやつが?

 まだ、いたずらかなにかかと疑っている自分が少しいる。

 宮部がちょっとしたことでもいいから「こういうところが好き」って伝えてくれたら、俺のこの不安も解消するのに。


「め、女々しいよ。上本さん」

 宮部は引きっつた表情で苦々しく言う。

「女々しくて、結構」

「相手が好きな理由ってそんなに大事?」

 宮部は下から覗き込むように俺に顔を近づけて来た。いい匂いするし、顔が近いし、胸も当たりそうで怖い。1年間ラブレターを送りつけてきた危険人物ではあるのだが、やっぱり可愛い女の子に近づかれるのは照れる。


「大事だろ。俺が付き合うなら相手になんで好きなのか伝えたい。具体的に伝えた方が関係が良好になるだろう」

 俺は会話をしながら自然と宮部と距離を取る。

「上本さんが好きな理由考えたら、喜んでくれる?」

「考えるんじゃなくて、内側から自然と湧き出てくるものなんじゃないか?」

「考え方がピュアだね」

「気持ち悪いこと言ったな。ナシで」

「正直に答えると昔の上本さんとの思い出から、今の上本さんのことを好きだと思ってた。過去の思い出を美化して好きなだけかもね」

「ぶっちゃっけすぎる」

 てか待て。昔会ったことあるって言ったか。


「高校より前に宮部に会ったことあるのか?」

「自分から思い出すまで、教えませーん」

「いじわる」

「いじわるじゃないよ」

 いったい、俺たちはいつ会ったんだ? まさか赤子の時とか言い出さないよな?

「で、高校入学してすぐ上本さんを見つけて、テンション上がってそのまま好きですって書いたのも幼稚だったね。恋に恋して、相手のことを見てなかった。自分に酔っちゃったのかも」


 宮部は話を戻し、冷静に過去の奇行分析し出した。この流れだとこのまま俺に対する気持ちも冷めてくるか? 

 それはそれで正直複雑。

「今日、上本さんと話して思っていたよりカッコよくなかった」

「…………」

 それはそうだよね。カッとしたからといって、例え相手が女の子じゃなくても人に手をあげたらダメだ。


「でも、やっぱりこうして歩いて帰るのは本当に幸せだなって思っている。私、友達付き合いほとんどないから、こんなに長く話したの初めてかも」

 桜の花が咲くような笑顔でこちらに微笑んでくる。

 そんな綺麗な気持ちで向き合われるとどう返したらいいんだ。


「手つなぐか?」

「いいの? 上本さんは私のこと別に好きじゃないよね?」

「手ぐらい友達でもつなぐだろ」

「友達。嬉しい」

「ただし、今日だけな」

「えっ、なんで? ケチだなあ」

「ケチでもヘチマでも俺は別にいい」

 俺の手を宮部の柔らかな手が握り返す。感触が恥ずかしいし、手汗が滲む。

 繋いだ手を直視することもできずに二人とも無言で駅まで歩いた。

 宮部とは路線が違うため改札で別れることになる。


「明日もよろしくな宮部」

 ここまで一緒に歩いた事実が途端に恥ずかしくなり、顔を背けてそう言った。

「うん。明日もよろしく、上本さん。大好き」

 俺のそんな気持ちをはかることなく、宮部は好意を全面に押し出し去っていった。

 軽率に大好きとか大きい声で言うなよ。羞恥心で俺の耳が赤くなる。


 周りにいた人達の注目を集めてしまった。

「熱いカップルだな」「青春だな」そんな声が聞こえてくる。

 できることなら「そういう関係ではありません」と今すぐ訂正したい。


 まだ、会って1日しか経ってないのに。

 はあ、明日からも思いやられる。

 俺はとぼとぼとホームへの階段を登り出した。



 

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