第2話 宮部桜
一大行事が終わった放課後。
俺と悠貴はいつもの部屋に集まっていた。
清潔な白い部屋に口の字に4つ机が並べている。その最奥には生徒会長の机がある。あとは会議用に使うホワイトボード、今までの学校資料が収められた本棚。
とてもシンプルな部屋だ。ここは生徒会室。
今日からは俺がここの主人だ。ワハハ。無論、そんな大層な権限はない。
ただ一度でいいから言ってみたかったんだ。分かるだろ、この気持ち?
部屋にはすでに人がいた。
ドアから向かって左前に男子が、右後ろに女子が座っている。
「今日はお疲れ様!生徒会長、副会長」
立ち上がって、陽気に挨拶してきたのは三年の羽生先輩。メガネが似合う褐色肌のナイスガイだ。年中半袖なのが特徴。風邪、引かないんですか先輩?
「こちらこそお疲れ様です。先輩は、俺が生徒会長で本当に良かったんですか?」
「去年、副会長で参ったからな、本当に……。だから、今年はのんびりしたいのさ」
どこか遠い目をした羽生先輩。去年何があったんだ。俺たちは何も伝えられてないし、よほど個人的な仕事で大変だったのか。
「そういって、サボりたいだけじゃないですか? 本当に忙しかったのかも、定かじゃありませんし」
冷たい目で羽生先輩に当たる悠貴。誰にでも冷たい悠貴だが、羽生先輩には尚のこと冷たい。
「まぁ、それもあるかな」
ガハハハハと大声で豪快に笑う羽生先輩。ほんと、この人は何言われても動じないな。
「別件があるから今週はここに来れない。まあ、その理由は来週には分かる。説明が難しいから今はやめておく。そんな、つまらない話は置いとくとして、新しいメンバーの紹介をしないとな。就任式前にも話はしているだろうけど、一応な」
羽生先輩は席に座っていた女子に目をやる。ちらっと就任式の際に挨拶した程度の仲だ。この女子について詳しいことを俺は何も知らない。その際、悠貴は興味深げに彼女を見ていたのが少し気がかりではあるが。
羽生先輩に応える形で、彼女は俺たちの方を向いて立ち上がった。
「書記の宮部桜、2年生です。よろしくお願いします」
名前の通りの桜色をした腰までかかる長い髪に豊かな体、ぱっちり開いた紫色の瞳。悠貴とは対照的な女性的な可愛らしさが全面に表れた容姿だ。理屈は分からないけど、彼女の周辺からは甘い香りが漂ってる。
なんか途中睨まれた気がしたけど、気のせいだよな。
彼女は自己紹介が終わると、静かに着席した。
新しいメンバーの自己紹介が終わったところで、俺はあと1人メンバーが足りないことに気づいた。その1人は羽生先輩と同学年の女子生徒だったはず?
「アイツはまだ来るのが難しいみたいで、今日もそれで抜けるんだが。今月中には登校できると思う、たぶん」
俺の疑問に応えるように空白の席を見やりながら、羽生先輩が笑顔で付け加えた。笑顔ではあるが、普段の快活なものではく、俺には深い苦悩を隠すために無理矢理作った笑みに見えた。かといって、本人が隠したいのに俺がむやみに掘り下げれるわけにもいかない。
そんな俺の気持ちを悟ったのか、羽生先輩は弱々しく笑いながら、後手に頭を掻いた。
「じゃあ、あとは同学年同士仲良く親睦を深めてくれ」
それだけ言うと羽生先輩は風のように部屋を後にした。
残された俺たちはとりあえず座ることにした。
俺は一番後ろの席ーー生徒会長の席に座る。
悠貴は上村と向かい合った席に座った。
さて、ここから何を話せばいいのか。
正直、今日は顔を合わせぐらいしかすることがない。
「悠貴、何か宮部と話してやれよ。同じ女子だろ」
「女子らしい会話すること、あまりないからわからないよ」
悠貴に宮部への対応を迫ったものの、すぐに拒否される。互いに初対面の人間は不得手である。ここに羽生先輩がいたら、無難に仲をとり持ってくれたのに。
宮部への対応に困っていると、悠貴の電話の着信音がした。
悠貴は急いで鞄からスマホを手に取り通話を始めた。いつもと違い優しい声音で話している。家族からだろうか?
通話を切ると悠貴は「ごめん、ばあちゃんギックリ腰になったみたいで、病院連れて行ってくる。あと、よろしく」と手を振り去ってしまった。
「お、置いてかれた」
あのばあちゃん腰悪いから仕方ないけど、このタイミングでそれはないだろ。
俺は机にうなだれてしまった。
なぜか悪印象を持たれている女子と二人きりはキツイ。しかも、とびきり美少女ときた。同じ部屋で同じ空気を吸ってることさえしんどくなってきた。早く帰りたい。
今すぐ帰りたい。
「上本さん。上本さん」
「ハイ! 何?」
いきなり宮部から話しかけられた。その驚きで俺は飛び上がってしまった。
「今日、仕事ないの?」
「ないな、悪い。俺と居ても楽しくないだろしそろそろ帰るか?」
「そっか。それなら話したいことがあるんだけど、個人的に」
「個人的にって、なんだ? 今日が初対面だろ」
俺はそう答えながら、おずおずと座り直す。
「初対面! 覚えてない私のこと?」
覚えるも何もあの容姿なら一度見たら忘れなそうだが。
というか、あのボリュームの胸を男子なら忘れるはずがない。
「一度も会ったことない。廊下とかで見たことあったかもしれないが。気のせいだろ」
「そっか。そっか……」
宮部の目から光が一瞬消えたような。
「でも、あの手紙は見てるよね。絶対!」
宮部は丸い瞳を極限まで細めて怪しげに尋ねてきた。
「手紙? 手紙って?」
「手紙というかラブレターというか」
宮部は指をもじもじしながら頬を赤らめた。この反応はもしかしなくても、アレか?
「えっ、あのゴミみたいなやつ? お前だったのか」
俺にとっての難題がめでたく解決した。
「ゴミ?」
本日二度目のドスの効いた声で返された。女子、怖い。
「すいません。あの続けて」
「私ってわからなかった? 毎日入れたのに」
「わかるも何も。名前、書いてなかったぞ」
それに加えてただのメモ用紙に乱雑に書かれたスキというラブレター。
それがどうにも目の前の女子と結びつかない。
宮部の見た目だけなら深窓のお嬢様と言っても差し支えない。
両親に人は見かけによらないものだと教えられたが、あれはどうやら正しかったようだ。
「名前って書くもの?」
「書かなきゃ相手がわからないだろうが!」
こんな、当たり前のことを確認し続けるだけの会話に頭が痛くなってくる。
すると、宮部はいきなり雷に打たれたような顔をして絶叫した。
「あぁああ、忘れてた。スキって伝えることだけ集中してたから」
宮部は頭をその小さな手で全力でかきむしって、そのまま机から顔を出さなくなってしまった。そんな、反応されるとは思わなかった。名前書き忘れるってあるか普通? しかも、一年書き続けて気づかないとか。恋は盲目ってヤツか?
違う気もするけど。
「宮部は俺と付き合いたいのか? 」
宮部は俺の問いに頭を上げ、しばらく悩んだ。十分間は経過した。
「付き合いたいわけではないかも」
宮部は難題を解いてスッキリした数学者みたいに、軽やかな笑顔でそう答えた。
俺は盛大に机にズッコケる。
ハッ、どういうことだ? ラブレターって好きな相手に好意を伝えて、交際するところまでがゴールじゃないのか? ラブレターと交際することはセット扱いじゃないのか?
16年生きてきた俺の常識がコイツには全く通用しない。
「じゃあ、なんで俺に好きって伝えたんだ?」
「好きって思ったら相手に伝えるものじゃない?」
全く話が通じない。
「もういい。付き合うかどうかは置いとくとして、なんで好きなんだよ。俺が」
「あれっ、なんでだろ?」
宮部は少しだけ考え込むと、笑顔であっさりそう言った。
その瞬間、俺の中で何かがハジケた。
「ケロッと言うな。アレのせいで一年中悩んだだぞ。イタズラなのかガチなやつなのか? そうか、わかった。お前、ただの嫌がらせでやったんだな? でなきゃ、俺の好きな理由が答えられないわけないだろ」
俺は衝動的に宮部の細い手首を掴んだ。
何か言い返すことがあるか。この野郎!
「ほら、ただの嫌がらせだったからダンマリしているんだろ」
宮部が全身真っ赤に染まって硬直している。まるで好きな相手に触られて照れたみたいな反応だ。
俺と視線が合うと丸い瞳をうるうるさせながら、俺から目をそらした。
もしかして、本当に好きなのか。この俺が?
「ごめん」
俺は宮部からそっと手を離す。女子に手荒な真似をしてしまった。
「あの、大丈夫か」
「ハイ」
宮部はまだのぼせたみたいな表情をしている。
「今日はごめんな。そろそろ帰ろうか。俺が戸締まりするから先に帰っていいぞ」
俺は部屋の鍵をカバンから取り出し、窓の戸締まり確認を始めた。
このまま一緒にいてもいいことはないだろう。明日になれば、今よりはマシになるはず。だと思いたい。
「一瞬に帰ってもいいかな?」
宮部がぼそっと衝撃的な一言をもらした。
俺はフリーズした。生まれて初めて女子から一緒に下校しようと誘われた。もちろん、悠貴は除く。
この時俺は、高校受験の試験より思考を巡らせた。てんぱりながら出した結論は。
「……分かったよ」
あんまりにもアレだったからオッケーしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。